岸波通信その160「手塚治虫“スリル博士”の真実」新版をアップ。 http://www.geocities.jp/habane8/y/160/f.htm
---1959年4月3日、“漫画の神様”会津若松に降臨。---
20世紀の日本に生まれた一人の大天才、手塚治虫が漫画家としてデビューしたのは戦後間もない1946年のことでした。
翌1947年に発表した「新宝島」が大ベストセラーとなって世の注目を浴び、「ロストワールド」、「ジャングル大帝」と次々にヒットを飛ばし、やがて1952年・・・
もはや“伝説”と呼んでもいい日本漫画の金字塔「鉄腕アトム」が月刊『少年』誌上に連載開始。
さらに翌1953年、畳みかけるように、月刊『少女クラブ』に「リボンの騎士」を連載。
この二作で、時の少年少女のハートを鷲づかみにして、手塚治虫の人気は不動のものとなるのです。
以後、その生涯をかけて15万ページを超える膨大な作品群を残した“漫画の神様”手塚治虫。
「日本に漫画があるのは、手塚治虫がいたからだ。」とさえ言われます。
でも、そんな彼が“会津”と深い関わりを持っていたことはあまり知られていません。
とうことで今回の通信は、偉大なる“漫画の神様”と“会津”の知られざる関係についてご紹介いたします。(以下、本編で)
南風亭有情「筍のみそ焼き」をアップしました。 http://www.geocities.jp/habane8/Nan/f08.htm
Web小説「この歌を永遠に!!」のsoul-77をアップしました。 http://sky.geocities.jp/natsui_01/A/77f.htm
さて今日は、白河市の文化財館まほろんへ視察出張です。忙しいなぁ、もうっ! |