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「AUTUMN」(Music Material)
by 岸波(葉羽)【配信2021.5.15】
 

◆この記事は作品のストーリーについて触れています。作品を実際に楽しむ前にストーリーを知りたくない方は閲覧をお控えください。

 こんにちは。気付けば人生の傍らには必ず映画があった岸波です。

 運命さえトリック

 Amazonプライムで2007年日本公開のミステリー・ファンタジー・サスペンス映画『プレステージ』を鑑賞いたしました。

初公開時のタイトルは『イリュージョンVS』だったそうです。

 監督はあのクリストファー・ノーラン。2005年の『バットマン ビギンズ』と2008年『ダークナイト』の間で制作された作品。

 これは、僕がこれまで観た中で最も震撼し、筆舌に尽くしがたい恐怖を覚えた記念碑的な映画となりました。

 しかあしっ!!

プレステージ

Kobal/NewmarketFilms/TheKobalCollection/WireImage.com

 一度見ても何が起こっているのかさっぱり分からず、二度目を見ては、途中何度も巻きなおして確認し、ようやく真相が呑み込めた時に、背筋が凍るような恐怖が沸き上がって来たのです。

こりゃあきっとカリスマ彰が観たら酷評されること間違いなしかな(笑)

 ということで、さっそく映画の内容は?

 原作はクリストファー・プリーストが1995年に書いた『奇術師』。映画の舞台は19世紀末のロンドン。

 ハリー・カッター(マイケル・ケイン)という奇術の小道具を制作する師匠の下で互いをライバルとしながら奇術を学ぶ二人の弟子、ロバート・アンジャー(ヒュー・ジャックマン)とアルフレッド・ボーデン(クリスチャン・ベール)。

若き日のアンジャーとボーデン

Kobal/NewmarketFilms/TheKobalCollection/WireImage.com

 しかしある時、アンジャーと妻ジュリア(パイパー・ペラーボ)が得意とする水槽脱出マジックで、会場からのサクラとしてオリヴィアの手足を縛る役を買って出たボーデンは、ちょっとした出来心で解けにくい二重結びをしてしまう。

 ライバルに恥をかかせるだけのつもりだったが結果は重大で、スタッフが大慌てでガラスの水槽を破壊するのが手間取り、ジュリアは水死してしまう。

 この事件以来、妻を殺された(表面上は事故)アンジャーはボーデンを深く憎むようになる。

ジュリアの葬儀でのボーデン

 数年後、今度はボーデンが「銃弾掴み」というマジックで一世を風靡する。

 これは観客から選んだ任意の一人が奇術師に向けて拳銃を掠めて打ち、術師がその銃弾を手掴みするという技だったが、もちろんタネはある。

 ピストルに銃弾を詰めるふりをして弾を手の中に隠し、客が撃った空砲に合わせて掴んだフリをするというもの。

 しかし、その撃ち手に因縁のアンジャーが名乗りを上げる。あらららら・・。

こりゃあ、何か起きない方が不思議だよなぁ・・。

ジュリアを二重結びにするボーデン

Kobal/NewmarketFilms/TheKobalCollection/WireImage.com

 案の定、アンジャーは拳銃に実弾を込めて撃ち、手を出したボーデンは左手の指を二本、失ってしまう。

 この事件で二人の関係は決定的なものとなり、以後、互いの奇術のネタばらしをして相手を笑いものにするなど、憎悪が憎悪を生むスパイラルに突入。

 そんな中で、アンジャーは画期的な奇術を編み出してロンドン中の評判を独り占めにする。

 それは、箱の中に入ったアンジャーが離れたもう一つの箱に瞬間的に移動するという「瞬間移動マジック」。

 しかしボーデンはこの奇術を"風貌が似た相方を使って役割を交代している"と見抜き、ステージに上がってネタばらしをした上、自分が本当の瞬間移動を見せると予告までして去っていく。

人気絶頂だったアンジャー

 そしてボーデンの公演では、同じ手順ながら全く同一人物が箱を移動して見せる。

 これを目の当たりにしたアンジャーは決定的な敗北感にさいなまれる。文字通り"瞬間"で移動するため、トリックを施しようがないように見えたからだ。

 絶望したアンジャーは、マッドサイエンティストと世間から疎んじられながらも不可思議な科学発明を次々に現実のものとしている米国在住のニコラ・テスラ(デヴィッド・ボウイ)に助けを求める。

 ステラは巨額の研究費・報酬を受け取って「瞬間転送装置」を考案し、アンジャーに納品。今度は、アンジャーの瞬間移動公演を観たボーデンが驚愕。

 実はボーデンは助手のファロン(変装している)と一卵性双生児で、それを「瞬間移動」に利用していたのだが、アンジャーにはそんな兄弟が居ない・・。

テスラ研究所での放電実験

 ボーデンは狂おしい気持ちでステージの地下に侵入。自分と同じ方法なら、最初の箱の下に落下口があり、ステージから落ちてくるに違いないと踏んだのだ。

 果たして・・移動開始とともにステージの床が開き、アンジャーが落ちてくる。

 だが!?

 その階下には、アンジャーの妻が命を落としたあの「水槽」があり、落ちてきたアンジャーはもがきながら溺死。

 その場にいたボーデンは、アンジャー殺害の容疑者として逮捕され、死刑を宣告される。

 さて、アンジャーは本当に死んでしまったのか? また、アンジャーの瞬間移動のネタはどうなっているのか? はたまたボーデンは、このまま無実の罪で死刑になってしまうのか??

ボーデンとアンジャー

Kobal/NewmarketFilms/TheKobalCollection/WireImage.com

 奇術には三つの段階がある事が、二人のマジシャンの師ハリーによって解説されています。

 第一段階は「確認(プレッジ)」。奇術のネタとなるものを観客に確認させ、そこにタネも仕掛けもない事を確認させる作業。

 第二段階は「展開(ターン)」で、そのタネも仕掛けもない事を確認させたものを用いて驚くべき現象を現出させる。(ここでは消してしまう。)

 そして最終段階が「偉業(プレステージ)」で、消えたものが驚くべき場所から再び現れること。

 この最終段階が無ければ、奇術として成立しない・・これがまさに映画のタイトル『プレステージ』(当初タイトルは「イリュージョンVS」)の由来です。

ハリー(マイケル・ケイン)

 ボーデンを演じたクリスチャン・ベールとその師ハリーを演じたマイケル・ケインは、クリストファー・ノーラン監督の前作『バットマン・ビギンズ』、後作『ダークナイト』共に出演。ノーラン好みの男優なのでしょう。

 マイケル・ケインは英国のアカデミー賞主演男優賞に4回ノミネート(うち1回受賞)、アカデミー賞でも主演男優賞に4回ノミネート、『ハンナとその姉妹』などで助演男優賞を2回受賞したイギリスの名優。

 彼はジェームズ・ボンドを演じたショーン・コネリー、ロジャー・ムーア、ピアース・ブロスナンとそれぞれ共演し、自分が主役を演じたという稀有な経歴があります。

 このため、オスカー授賞式のプレゼンターとして壇上に上がった際、コネリーとムーアも壇上に上げてミニ・トークショーとなり会場を沸かせました。

 また、アンジャーを演じたヒュー・ジャックマンはマーベル・ヒーローのウルヴァリン役などで有名ですが、俳優、映画プロデューサーばかりでなく歌手としても才能高く、トヨタ「クラウン」のCMに起用され『あの素晴しい愛をもう一度』や『キセキ』の英語版を歌ったのも彼でした。

トヨタ「クラウン」CM

 また、瞬間転送装置を考案するなど作中のキーマンとして登場するニコラ・テスラは実在の人物で、セルビアに生まれ米国に渡って交流電気方式、無線操縦、蛍光灯などを発明した天才物理学者。ネオンサインも彼の発明と言われます。

 渡米後、エジソンのチームに加わり、エジソンから直流用に設計された彼の工場を交流で起動させたら5万ドルの褒章を与えると言われ、これをやり遂げるも後にエジソンから「あれは冗談だった」と支払いを拒否されて激怒。

 退社して自分のチームを作り、次々と新発明をモノにして行ったことでエジソン陣営と対立することになります。

 映画の中でもこの背景は取り入れられており、エジソン側のスパイがテスラの発明を盗もうと躍起になっている状況が描かれています。

 テスラはそのほか、自ら発明した巨大テスラコイルを用いて「世界無線システム」構想を立ち上げますが、実現前に亡くなっています。

 彼の発想が常人離れしていることから、フィクションではよくマッドサイエンティストとして描かれますが、『人間を瞬間転送する装置』はもちろん実現していませんから、この映画のテスラは実在の人物ではなくマッドサイエンティストのテスラとして描かれたものという事になります。

テスラ(デビッド・ボウイ)

 映画の中でもう一人のキーマン、ボーデンの妻サラ(レベッカ・ホール)ですが、彼女はボーデンとの幼い娘ジェスを残して自殺してしまいます。

 実はこれには伏線があり、何か秘密を隠しているボーデンに「私にだけは本当のことを話して」と迫るが果たされず、逆上して首を吊るのです。

 映画の終盤、ボーデンと双生児のファロンは時々互いの役割を交代しており、妻サラを共有していたという衝撃の真実が明かされます。(これは酷い・・)

 ボーデンが牢獄の中で一人残される愛娘の行く末を案じている時に、コールドロウ卿という謎の人物から「瞬間移動のネタを渡せば娘ジェスの養育を引き受ける」という申し出が。

サラ(レベッカ・ホール)

 死刑が迫り進退窮まったボーデンは、その申し出を受け、ジェスを託す書類とネタを書いたメモをコールドロウ卿に渡すのですが、何とコールドロウ卿はメモを読まずに破り捨て、自分は(死んだはずの)アンジャーであることを示唆します。

 娘まで奪われて地団太を踏むボーデン。しかし如何ともし難い状況の中、ボーデンはそのまま死刑になってしまう・・。

 実にやりきれないストーリー。誰も幸せにならない。日本では「イヤミス」(嫌な気持ちにさせるミステリー)という言葉がありますが、まさにコレ。

 「奇術のためなら人生も捨てる」と言い放つアンジャーの行動はまさに狂気の沙汰。しかし、本当の狂気は「その先」にあったのです。

プレステージ

Kobal/NewmarketFilms/TheKobalCollection/WireImage.com

 そもそもここまでのストーリーを注意深く読んでいただければお分かりのように、アンジャーが水槽で溺死した後、舞台の反対側の箱はどうなったのか明らかにされていません。

 実はそこにもアンジャーが出現していたのです。これはいったいどういうことなのか?

 そう・・テスラの「転送装置」には重大なバグがあったのです。「転送」はできるけれども「送り出し機」の方にも実体が残ってしまう。

 つまり「転送」というより「複写」する装置だったのです。これは「科学」としては素晴らしいかもしれないが「マジック」としては致命的。

 これを解決する方法は一つ。アンジャーは転送して送り出すたびに階下の水槽に落ちて自殺し、新しいアンジャーがその死体を処分する・・これを順に繰り返すことで、マジックを完成させていたのです。

 これは、僕が岸波通信another world.Episode43「不連続人格」で書いたパラドックスそのもの。

 転送装置が「元の物体をスキャンし、そのデータを送信して転送先の装置で再構築する」ロジックのものである限り、本来の実体は解体されざるを得ないのです。

 つまり第三者からは同じ人物に見えるが、出現した人間はコピーに過ぎず本来の実体は"殺される"という事にほかなりません。

 背筋が冷たくなるような話です。アンジャーは転送のたびに"自殺"していたのです。「奇跡のためなら人生も捨てる」は、そのままの意味だった訳です。

プレステージ

Kobal/NewmarketFilms/TheKobalCollection/WireImage.com

 自分自身を何十回も殺し続けることでボーデンを悪魔の罠に陥れようとする・・もはや狂気の沙汰としか言いようがありません。

 映画のラストシーンでは戦慄の情景が描かれます。公演の合間にテスラ転送装置を格納している地下倉庫にはおびただしい数の棺桶が。

 そこに新しい一つを加えるボーデン。そのボーデンが何者かに撃ち殺されます。

 いったい誰が!? 皆さん・・もうお判りでしょうか?

 

/// end of the “cinemaアラカルト251「プレステージ”///

 

(追伸)

岸波

 と、謎解きをしましたが、実際の映画ではいつものクリストファー・ノーランのように時系列が入り乱れ、ラストの棺桶シーンも中に何が入っているのかよく分かりません。

 なので、一回、二回、巻き戻し・・と何度も確認しながらようやく真相が見えてきた次第。

 冒頭で「ミステリー・ファンタジー・サスペンス映画」と書きましたが、ミステリーやサスペンスの内容だと思って観ていたら、いきなりテスラの瞬間転送装置が出てきて、実はファンタジーSFであったというヒネリよう。(してやられた!)

 難解なノーラン映画の中でも「メメント」と同じくらい難解な映画でした。

 また途中、ハトを閉じ込めた籠に黒布を被せ、いきなりガシャンと潰したと思ったら術者の懐から登場するというマジックがありました。

 それを見た子供が一言・・「そのハトはさっきのハトの兄弟なの?」と。これも背筋が凍り付く一言。

 実際はケージごとハトを押し潰し、懐に隠した別のハトをプレステージすることで成り立っている残虐なマジックだったのです。

 実際、そういうネタをやっていた時代もあったのでしょうね。を~くわばらくわばら。

 それにしても、下のもう一枚のポスターに『想像を超えるラスト!驚愕のトリックに世界が興奮!!』とありますが、「驚愕のトリック」は本来あり得ない瞬間転送装置だし、結末は「興奮」というより「底知れぬ恐怖」な訳で、かなり観客をミスリードするアオリじゃないかなぁ? うむむむむ・・。

 唯一的確なのは、ノーラン監督自身が言っている「この作品はトリックそのもの。騙されるな。」という事でしょうか。

 

 では、次回の“cinemaアラカルト”で・・・See you again !

プレステージ

Kobal/NewmarketFilms/TheKobalCollection/WireImage.com

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To be continued⇒  “cinemaアラカルト252” coming soon!

 

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