Discontinuous personality
こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。
貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。
“何故ここに転送されたかおわかりになりますでしょうか?”
・・・(FF14)モルディオン監獄
古来、SFの世界では“転送”に関する様々なアイディアやモチーフが用いられて来ました。
「スタートレック」シリーズで用いられた転送装置やラリー・ニーブンが「無常の月」で考察したテレポーテーション、果てはワームホールを用いたワープなど。
僕はまだ6歳の時、東宝映画の古いSF映画「電送人間」で、初めて“転送”される人間の映像を見て恐怖したことを覚えています。
今回お届けするのは、ある「思考実験」のお話。
その話の中では、“転送”されることを承諾しただけで100万円の報酬を手にすることができます。
もちろん、報酬を受け取る人間には何のリスクもありません。
承諾すれば、その一瞬後には100万円を手にした自分がいます。
ただし……
1 5億年ボタン
昨年夏ごろに、“5億年ボタン”と呼ばれるものに関してネット上の大論争が起こりました。
この“5億年ボタン”と言うのは、もともと2001年発行の週刊少年ジャンプ増刊号に掲載された菅原そうた氏の作品『BUTTON A PART TIME JOB』に登場するエピソード。
←(後に加筆修正され、同氏が週刊SPA!で連載していた『みんなのトニオちゃんが単行本化された際に収録された。)
主人公が持ち掛けられた奇妙なアルバイトは、目の前の装置のボタンを押すだけで100万円の報酬が与えられるというもの。
ただし、このボタンを押した瞬間、本人は何もない異空間に飛ばされ、たった一人で5億年間を過ごさねばならない。
その空間では、肉体的な衰えは完全に抑制され、食事を摂る必要もなく病気にかかる心配もない。ただし寝ることはできず、何もない平坦な地面と何もない空の世界で、たった一人で生きて行かなければなりません。
そして、5億年が経過したのち、ここで過ごした全ての記憶は消去され、元いた時空間(ボタンを押した直後)に引き戻される~というものです。
戻った直後の自分は“気が狂うような5億年の孤独”を覚えていませんから、ボタンを押してすぐ目の前の引き出しが開いて100万円が出て来たような錯覚に陥ります。
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『BUTTON A PART TIME JOB』 |
「こんなに割のいいアルバイトは無い」…誰でもそう思うでしょう。
実際、作中の主人公もそう考え、再び目の前のボタンを“連打”することになるのですが(笑)
“絶対押す派”の理由は「一瞬で100万円手に入るし、デメリットが何もない。」・「記憶を消されるから何も苦痛を感じない。記憶消されること知ってたら怖くはない。」というもの。
対する”絶対押さない派”の理由は「後から記憶が消されるとしても、ボタンを押した自分は実際に“気が狂うような5億年間”を過ごさなくてはならない。」と言う考え。
さて貴方は、どちらの意見に共感しますか?
2 5億年の孤独
さて貴方は「5億年の孤独」というものを実感できるでしょうか。
ガルシア・マルケスの代表作に『百年の孤独』がありますが、そのスケールは段違い。
地球の5億年前と言えば、パンゲアの前の超大陸、ロディニア大陸 (約10億-7億年前)が四部五裂し、ゴンドワナ大陸やロレンシア大陸、シベリア大陸に分かれていた時代。
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5億年前の大陸の様子 |
また、生物相がいっきに多様化する“カンブリア爆発”が起こり、「カンブリア・モンスター」と呼ばれる奇異な姿をした海洋生物たちが海中にひしめいていた時代です。
これらの大陸は、やがてプレート・テクトニクスによって、古生代ペルム紀の終わり~2億5000万年前頃、超大陸パンゲアに再集合し、中生代三畳紀の約2億年前には再び分裂を始めて、現在の大陸配置を形作って行きます。
そう…これが“5億年”という時間。時間に換算すれば4兆3,800時間。
既に人間の時間感覚を超越しています。
『BUTTON A PART TIME JOB』の主人公であるスネ郎は、誘惑にかられて目の前の5億年ボタンを押してしまいます。
最初のうちは現実感がなく、周りをうろついたり、必死に走って出口を探したりしていましたが、三日もたたないうちに現実を受け入れるしかないことに気づきます。
後悔にさいなまれたり、妄想にふけったり。何もすることが無くなってからも、死ぬことも気を失うこともできない絶望感。
そうして100年。
既に、現実世界で生きていた数十倍の人生をたった一人で過ごしてきました。
頑張れスネ郎、あと499,999,900年!
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100年目のスネ郎 |
スネ郎が“5億年ボタン”を押して、たった100万円と引き換えに「転送」された絶対孤独の世界。
その絶望感が少しはお解りいただけたでしょうか。
それでも「記憶が消える」から問題ないのか? …もう少し別な観点から考えてみたいと思います。
冒頭で紹介した様々な「転送」システム。近年、一世を風靡した奥浩哉のコミック『GANTZ』にも、“ガンツ”という転送装置が登場します。
『GANTZ』の物語の「転送」には、“5億年ボタン”の「転送」を理解するヒントが隠されているような気がします。
3 GANTZ
“GANTZ”の主人公玄野計は、親友の加藤勝とともに、地下鉄のホームから落ちた酔漢を助けようとして命を落としますが、次の瞬間、見知らぬマンションの一室に転送されていました。
部屋の中央には裸の男が眠るようにして入っている謎の黒い球体(ガンツ)が。そして、部屋に次々と転送されてくる死んだはずの人たち。
彼らはガンツに命じられるまま武器や装備を取り、理由も分からぬまま、地球人に紛れ込んだ「星人」を殺戮するために戦いのフィールドへと転送されて行きます。
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GANTZ |
ガンツの「転送」にはルールがあり、制限時間内に敵の「星人」を全滅させればマンションの部屋に逆転送で引き戻され、失った肉体の一部も再生されて完全体で復活。
逆に、戦いで死んでしまえば、それっきりとなります。
ただし、戦闘ポイントで100点を稼げば、「記憶を消されて元々の生活に戻る」か「より強力な武器を入手して新たな戦いに参戦する」か「戦いで敗れた死亡者リストの中の一人を生き返らせる」ことを選ぶことができます。
つまりガンツは「転送装置」であると同時に「出力装置」でもあり、“記憶を連続させたまま”人間を再生・プリントアウトすることができるのです。
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映画『GANTZ』より |
物語の終盤に入ると、実は世界中におびただしい数のガンツが存在していて、彼らと同様な戦闘訓練がなされていたことが判明し、地球を人類から奪いに来た本命の宇宙人集団とガンツ戦士たちの総力戦が開始されます。
やがて明かされるこの戦いの真実。
ある星系が滅亡に近づきつつあり、その星系の異星人たちは移住先を求めて他の星系を侵略しようとしますが、とある惑星で先進文明を持った「先住者」に敗北。それに代えて地球が次のターゲットとなります。
「先住者」は地球文明に対し、侵略者の接近とそれに対抗するための技術情報を送信し、これを解読したドイツの技術者によって造られたのがガンツだったのです。
“GANTZ”の最終章では「先住者」が主人公たちガンツ戦士の前に姿を現し、ガンツの機能を説く中で「君たちは只の物質でしかない」と言い放ちます。
「違う…人間には…感情がある…」と反論する加藤勝に対し、「感情や思考などは只の微弱電気の流れによる現象でしかない。では、わかりやすく見せてやろう。人間は只のモノに過ぎないことを」と先住者。
次の瞬間、玄野計と加藤勝の目の前に、彼らと共に戦って命を落としたはずの仲間たちが再生されていきます。
目を見張る玄野たち。再生されようとしている人物の中には、何と、玄野の恋人であったレイカも居たのです。
奇跡の再会に感涙の言葉をかけあう二人。しかしその直後…
「証明しよう。人間が只のモノであることを。」
「やめてくれ~!!!」
…再生されたレイカら四人は無残にも、次の瞬間、ただの肉の塊へと姿を変えられるのでした。
ガンツを作った「先住者」のオーバーテクノロジーをもってすれば、物質の形態のみならず材質・命・その記憶も含めて「完全に同じコピー」を作ることができるし、「データ」のみを保管しておくことも可能だったわけです。
4 不連続人格
“GANTZ”の例で分かるように、もっともオーソドックスな「転送」のアイディアは「元の物体をスキャンし、そのデータを送信して、転送先の装置で再構築する」というものです。
←(元の物質を分解して空間を飛ばす『ビーム方式』というのもありますが、そもそも様々な素粒子や磁力線がひしめく空間の影響を全く受けずに伝送することは可能でしょうか?)
このようにして再構築された転送先の人間は、“外部から見る”と全く同じ人物のように見えますが、実は全くの別個体。むしろ『クローン』に近いものと言えます。
それが証拠に、再構築装置があらゆる場所にあれば、“同じく見える個体”を同時に何人でも作り上げることが可能になるはず。
いえいえ、“GANTZ”のように、同じ再構築装置から、必要な時に必要な人数だけプリント・アウトすることもできるでしょう。
とどのつまり、最初の個体とプリント・アウトされた個体の人格は“不連続”なのです。
そのように考えれば、別に「転送」する際にオリジナルの個体を“消滅”させなくとも、再構築装置でクローンをプリント・アウトするだけでよいはずです。
ここで改めて最初の“5億年ボタン”の話に戻りましょう。
「ボタンを押す自分」と「5億年過ごす自分」と「ミッション・クリア後の自分」はどういう関係になるでしょう?
「ボタンを押す自分」は同じ意識を持ったまま「5億年」過ごさなければなりません。この両者の『人格』や『意識』は繋がっているのです。“狂おしい孤独”を避ける術はありません。
一方、「ミッション・クリア後の自分」は“狂おしい孤独”の記憶を持っていない別の人格と考えた方がいいでしょう。(外部から見て同じ人物に見えるとしても)。
←(『多重人格』のようなケースで「5億年過ごす自分」だけ別人格に負わせられるのならば問題は無いのでしょうが、「ボタンを押す自分」と「5億年過ごす自分」は連続していなければなりません。)
すなわち、「ボタンを押した自分」の人格は、5億年の孤独を味わった後に死んで消滅するのと同じではないでしょうか。
耐え難い苦悩だけを味わって…。
ボタンを押すだけで100万円が手に入るという夢のような“5億年ボタン”のアルバイト。
私がこのように書いても、「押さない理由なんか何もないだろ。連打だ、連打!」という人がきっといるはず。
ならば、今、これを読んでいる貴方、そう、そこのアナタ…
それでも貴方はボタンを押しますか? それとも…?
/// end of the “Episode43「不連続人格」”
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《追伸》
かれこれ2年近くも“another world.”から遠ざかっていました。ようやく帰ってまいりました(苦笑)
今回は「転送」について取り上げましたが、考えてみれば、ドラえもんの『どこでもドア』も一つの転送装置。
学校に遅刻しそうになったのび太は、ドラえもんがポケットから出したドアに飛び込み、学校側に出現したドアから出てきますけれど、あれってホントに同じオリジナルなんでしょうか。
出て来たのがそっくりなコピーで、オリジナルは転送と同時に分解され、消滅させられるとしたらたまりません。
そう言えば『スタートレック』の船医レナード・マッコイは、転送装置を使うのを極度に嫌がっていました。
ストーリー上、時々転送中にノイズが入ったりして不具合が起きていたせいかもしれませんが、もしかするとマッコイだけは「転送」の真実に気づいていたのかもしれませんね。
転送じゃなく時空間の方をねじ曲げる「ワープ」だったらいいんだけどな(笑)
では、また次回のanother
world.で・・・See
you again !
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NASAが公開したワープ航法を実現する宇宙船のデザイン |
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