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《Web版》岸波通信 another world. Episode44

海中の太陽


(BGM:「DEEP BLUE」 by Luna Piena
【配信2015.2.7】
   ※背景画像は核融合を行っている太陽)⇒

  The sun in the sea

 こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。

 貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。

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“それは中世に錬金術が追及されたのに似ている。エネルギー研究における究極の目標だ。” ・・・イ・ギョンス(韓国の超伝導核融合研究者)

 1985年11月の曇り空の中、エアフォース・ワンに乗ったてやって来たレーガン大統領は、レマン湖畔にあるジュネーブ・コアントラン空港に降り立ちました。

 ソヴィエト連邦の新たなる指導者ゴルバチョフとの間で、2超大国の肥大した軍備の削減について協議を行うことが訪問の目的でした。

 ところが・・・いきなりソヴィエトの侵略史を論じ始めたレーガンにゴルバチョフは態度を硬化させ、交渉は決裂の危機を迎えたのです。

レーガンとゴルバチョフ

 いつ果てるとも知れない激論が交わされ、翌朝の5時に、確たる公約もないままとりあえずの共同声明を出すことだけは合意に至り、そのの末尾に(ほとんど付け足しのように)、「人類の利益のため新しいエネルギー源を開発する」という一文が加えられました。

 しかし・・・

 その20年後、この合意条項がプロジェクトとして動き出し、2006年11月にITER(国際熱核融合実験炉)を設立するための協定が結ばれることになりました。

 『核融合』……太陽を地上に再現しようとするプロジェクトです。

 

 

1 夢のエネルギー

 太陽の内部で絶え間なく巨大なエネルギーを生成し続ける『核融合反応』は理論の上では“完璧なエネルギー源”と言えるでしょう。

 エネルギーは質量と光速の2乗の積に等しく(E=mc²)、光速は極めて大きいことから、わずかな質量で莫大なエネルギーが生み出されるからです。

超伝導プラズマ閉じ込め装置
LHDの内部

(C)核融合科学研究所

 通常の原理力発電のように、核分裂によってウランからエネルギーを取り出す方法と比較しても、単位質量当たりで約3倍のエネルギーが得られるほか、燃料となる水素自体、ウランよりもずっと入手が容易です。

 それより肝心なことは、核分裂反応のような連鎖反応が起きないので『暴走による炉心溶融リスク』が無いという事。

 加えて、核融合の結果として生ずるヘリウムは放射線を持たないので、廃棄物処理問題が生じない事でしょう。

←(プラズマ対向機器など一部の装置は放射性廃棄物となるが、低放射化材料を炉壁に利用することにより、浅地処分やリサイクリングが可能。)

 国際熱核融合実験炉ITERのが拓く核融合発電のプロジェクトがすべてうまくいけば、人類のエネルギー危機は完全に解決されます。

 ITERは、運転に必要なエネルギーの10倍にあたる約50万-70万kWの出力(熱出力)を、宇宙で最も豊富な元素である水素を使って生み出します。

 人類の旺盛な電力需要に応えて無尽蔵に近いエネルギーを提供する夢の技術の実証実験には米ロ日など6か国とEUが注目し、プロジェクトへの参画を決めました。

 しかし・・・

 計画は遅延につぐ遅延となり、そのたびにコスト見積もりは倍増を繰り返しています。

ITERの炉心モデル

(C)Wikipedia

 ITERが採用した方式は、磁力のカゴの中に水素を閉じ込めて過熱する「トカマク」という方式ですが、核融合で発生する中性子が炉の壁を傷めてしまうため、そうした炉壁材料の開発や磁力の超電導制御技術など予測していなかった技術的困難と予算の巨大化、さらに「資金を出し合って一か所で開発する」方法でなく「装置の各部を各国で開発し、南フランスのITER現場で組み立てる」方式としたため、部品開発を担当する各国の官僚的論争がブレーキをかけているのです。

 しかも、ITERは核融合発電の入り口に過ぎず、商業的核融合を実現するまでには、まだまだ困難なステップが待ち受けているのですから。

 それにもかかわらず、世界の科学者たちは人類のエネルギー需要を満たす唯一の希望が核融合だと純粋に考えています。

Dr. Raymond Orbach

 いったんITERのプロジェクトから離脱し、後に復帰した米国のエネルギー省技監オーバック(Raymond Orbach)は次のように述べています。

『核融合はCO2の排出が無く、燃料は基本的に無尽蔵で環境への影響もない。別の案があるなら教えて欲しい。』

 夢のエネルギー『核融合』は人類の福音となるのか。それとも・・・?

 実は、この“人類の夢”に対し、思わぬ方向からのアプローチがなされていたのです。

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2 テッポウエビの波動拳

 いったん話は変わりますが、『週刊ヤングジャンプ』に連載されてアニメ化もされている人気漫画『テラフォーマーズ』にテッポウエビの特殊能力が紹介されていました。

 テラフォーマーズの舞台は現代から500年度後の火星。火星を人類が移住できる環境に“テラフォーミング”するため、特殊な苔とゴキブリを大量に放ったのが21世紀の初頭。

 それから500年。送り出した無人機からの通信が絶えたことの原因を探るため、人類が火星を訪れてみると、そこにいたのは人間大に巨大化し知能が異常進化したゴキブリの群れ。

テラフォーマーズ

(第9巻)

 彼らから火星を取り戻すため、『バグズ手術』によって地球上の様々な生物の特殊能力を獲得した国際混成部隊が派遣されるが、その中には裏切り者がいて・・・。

 そんな裏切り者集団の中国班のメンバーに「ジェット」と言う名の隊員がおり、彼の特殊能力が「テッポウエビ」のキャビテーション。

 作品の中では掌から発する波動拳のような『気功』の能力と見えたのですが、よく調べてみると面白いことが解りました。

  テッポウエビ(学名 Alpheus brevicristatus)は、日本を含む東アジア沿岸海域の内湾・浅海の砂泥底に生息するエビで、大型個体は100mmを超えるものもいます。

オニテッポウエビ

(C)市場魚介類図鑑

 その片側の手(第一歩脚)は大きなハサミ状になっており、この『鉗脚』をパチンと鳴らした時の大きな音で周囲のエサを気絶させ捕獲するのです。

 音で気絶する・・・いったいどれほど大きな音なのか?

 このテッポウエビの捕獲行動について、2000年の『Science』に詳細な研究論文が掲載されました。

Science 22 September 2000:Vol. 289. no. 5487, pp. 2114 - 2117
"How Snapping Shrimp Snap: Through Cavitating Bubbles"
M Versluis, B Schmitz, A von der Heydt, D Lohse

 テッポウエビが急激にハサミを閉じると、そこから発生した水流は時速100kmもの猛スピードとなり、流体の圧力が蒸気圧を下回ることによって瞬間沸騰し、キャビテーション(泡)が発生します。

テッポウエビのキャビテーション(動画)

 このキャビテーションは、小さな空間に大きなエネルギーが閉じ込められており、高速回転するスクリューの周りでキャビテーションが発生すると、金属のスクリューに穴を開けることもあります。絶大な威力を持っているのです。

 テッポウエビは時速100kmのキャビテーションを放ち、その衝撃波でエサとなる小動物を気絶させるのです。まさに“波動拳”です。

 しかし、このテッポウエビのキャビテーションは、その後、センセーショナルな話題を提供することになります。

 キャビテーションに潜む謎は、これだけではなかったのです。

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3 バブル核融合

 2001年の10月、同じ研究グループによる新たな論文が『Nature』誌に掲載されました。

 テッポウエビが放つキャビテーションに「光」が観測されたというのです。

Nature 413, 477-478 4 October 2001
"Snapping shrimp make flashing bubbles"
Detlef Lohse, Barbara Schmitz and Michel Versluis

 この発光現象は『ソノルミッセンス』と呼ばれ、高温・高圧下で気体がプラズマ化し光を放つものです。

テッポウエビの
キャビテーション

 気体のプラズマ化に必要な温度は約5000 kelvin、圧力は1000気圧です。5000 kelvinと言えば、太陽の表面温度とほぼ同じ。

 テッポウエビが放つキャビテーションは、瞬間的に1000気圧&太陽の表面温度5000 kelvinまで上昇し、これが時速100kmで獲物に襲いかかっていたのです。

 まさに“波動拳”・・・いや、威力から言えば“元気玉”でしょうか。

 地球上の生物がソノルミッセンスを作り出す・・・まさに驚異の大発見。

 しかし・・・騒動はこれにとどまりませんでした。

 翌2002年3月、アメリカ合衆国オークリッジ国立研究所のルーシ・タリヤーカン(en:Rusi Taleyarkhan)らが科学雑誌『サイエンス』に驚くべき論文を発表しました。

 この“太陽の表面温度まで上昇するキャビテーション”を利用して、核融合を行ったというのです。

核融合反応の模式図

 実験では、重水素を含むアセトンに超音波を当ててキャビテーションを発生させ、生成した泡が壊れた時に飛び出したトリチウムや中性子を捉えたとされています。

 核融合が起きると、これらの物質が生成されることから、「高温・高圧下で重水素どうしの熱核融合が起きた」と報告されました。

 これは『バブル核融合』と呼ばれ、世界の学界は大騒ぎとなります。

 しかし・・・

 再現実験が成功しなかったことから、多くの研究者から厳しい批判が寄せられることになります。反対意見を無視して掲載した『サイエンス』のドナルド・ケネディに対しても非難が集中することに。

 こうしていったんは表舞台から退場することになった『バブル核融合』ですが、2006年1月、ルーシ・タリヤーカン教授は、今度は液の中に入れたウランが出す中性子で泡を作り、核融合で出る中性子を確認したと米の物理学誌に発表しました。

ドナルド・ケネディ

 以前、非難を受けたサイエンスのドナルド・ケネディ編集長も“我が意を得たり”と反撃。掲載を決めた自分の判断は正しかったとし、対立した研究者たちを指弾しました。

 これに対し、掲載の5日後に発行された『ネイチャー』誌には、「再実験しようとした同僚へのデータ提供をタリヤーカン教授が拒み、実験装置も撤去された」と報じます。

 以後は非難の応酬による泥仕合。結局のところ、現在まで、タリヤーカン教授が行った方法による再現実験は成功しておらず発見の真偽は闇の中。

 まるで我が国におけるSTAP細胞の騒動を見る思いです。

 『バブル核融合』は、このまま夢に終わってしまうのでしょうか・・・?

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4 嫦娥プロジェクト

 時は下って2012年5月。東北大学電子光理学研究センター・凝縮系核科学グループは『核融合反応を促進する液体Li 超音波キャビテーション』という報道発表を行いました。

 超音波を作用させた液体金属リチウムに重陽子ビームを照射すると、700万度に及ぶ超高温の重陽子プラズマが生成し、超音波キャビテーションによる高温プラズマ生成の直接的証拠を示したもので、卓上サイズ実験によるプラズマ核融合研究の可能性を開く~とされています。

 ※『核融合反応を促進する液体Li 超音波キャビテーション』>>

 『バブル核融合』への道は、閉ざされてはいなかったのです。

東北大学電子光理学研究センター

 ただし、現実にキャビテーションの中で核融合反応を起こすためにはさらに高いプラズマ温度を実現する必要があります。

 東北大が実験で用いた『D-D反応』(自然界の原子星で起きている反応。重水素二つから三重水素と水素原子核を生成するなど。)は、本来ハードルの高い方式で、ITERが目指す『D-T反応』(重水素と三重水素からヘリウムと中性子を生成。プラズマ温度1億度以上。)の10倍以上の条件整備が求められます。

 実際にはいずれの方式でも既に、核融合の実証は確認されているのですが、エネルギーの投入量を上回るまでの回収量はなく、これを実現するためには、実験施設のより大型化を図らなければなりません。

 “技術的困難性”とは、まさにこの『大型化』に伴う技術的ハードルをクリアしていく部分に存在しているのです。

ITER fusion reactor construction site aerial view

(Photo by ITER)

 さて、人類の将来のエネルギーを担うのは国際プロジェクトITERの重厚長大「トカマク方式」なのか、それとも卓上核融合の「バブル核融合」なのか。

←(この二つを同列に並べると専門家から避難を受けそうですが、そこは「ロマン・サイエンス」ということで。)

 しかし、『D-D反応』・『D-T反応』のほかに有力視されている第三の方法『D-3He反応』が存在します。

 『D-3He反応』は重水素とヘリウム同位体3Heから通常のヘリウム4Heと水素原子核を生成する反応で、『D-T反応』ほどではありませんが比較的起こりやすく、放射性物質が出ないので炉が扱いやすく、エネルギーを直接電力に変換できることで注目されています。

 この方法の唯一の問題点は、地上に材料となるヘリウム同位体(3He)がほとんど存在しない事・・・ところが!

 思わぬところにこのヘリウム3が埋蔵されていたのです。それは・・・月!!

中国の月探査機「嫦娥1号」

 アポロ計画において、月表面には永年吹き付けた太陽風によって大量のヘリウム3が存在することが明らかになっています。

 そして・・・嫦娥計画(じょうがけいかく)によって独自に月探査を進めている中国の目的は、このヘリウム3の発掘とされているのです。

 つまり『月面核融合炉』ということでしょうか。

←(月面開発に直接用いようとしているのか、資源回収だけを狙っているのかは定かでありません。)

 化石燃料の枯渇や地球温暖化の中で人類の未来を担うエネルギー戦略の将来。

 その“夢の果実”を最初に手にするのはいったい誰なのか?

 目が離せません。

 

/// end of theEpisode44「海中の太陽」” ///

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《追伸》

 “テッポウエビの波動拳”だけで十分面白い話だと思ったのですが、調べているうちについつい話が広がってしまいました。

 (だから「海中の太陽」ってタイトルだったのに。あらららら・・。)

 この後、「時を操る話」や「インターステラーに関する話」、「鼻で歩く生物の話」、「超新星の話」など、通信本編では「女性の特攻隊の話」や古代福島に存在した「幻の古霊山の話」などを書いていこうと思っています。

 サイト移転が終わって時間があるって本当にいいですね。(「東欧見聞録」や「早坂智也Web画廊」、「Special Image Archive」、「サイトマップ」とかはまだ復旧していませんが・・。)

 

 では、また次回のanother world.で・・・See you again !

ITERの核融合炉

(Photo by ITER)

 

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To be continued⇒ “Episode45 coming soon!

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