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東京文化会館で10月25日金曜日14時開演の二期会主催のリヒャルト・シュトラウスのオペラ「影のない女」の公演2日目を鑑賞した。

 なんと言ってもペーター・コンヴィチュニー(1945年生まれ)が演出するというのが今回の最大のセールスポイントだ。

 二期会とペーター・コンヴィチュニーというと、これまで「皇帝ティトの慈悲」「エフゲニー・オネーギン」「サロメ」「マクベス」「魔弾の射手」と5作品を手掛け、今回が6作品目。私は「皇帝ティトの慈悲」と「サロメ」以外は見た。

 まあある程度知名度のある作品を「読み替え演出」して来たわけだが、今回の「影のない女」は以前の5作品に比べると知名度も無いし、他にいくらでもありそうなものだと思う。上演後のアフタートークで、コンヴィチュニーは「今回は二期会からの作品指定。私ならまず選ばない」と爆弾発言。

 あらすじは以下の通り(新国立劇場による)。

◆物語の前に:東方の童話の世界の国。皇帝が捕らえたカモシカが美女に変身する。実は霊界の大王カイコバートの娘であるこの美女を、皇帝は妻にする。しかし、カイコバートの呪いにより、結婚から12ヵ月以内に皇后に影ができなければ、皇帝は石の体と化してしまう。

【第1幕】宮殿。霊界の使者(B)が皇后の乳母(A)に、皇后(S)に影ができたかどうかを訊ねる。皇帝が現れ、乳母に「三日間、狩に行く」と告げ、可愛がっていた鷹を探しに出かける。皇后が現れると居なくなったはずの鷹(S)が現れる。鳥の言葉を解する后は、鷹から「影を得なければ皇帝が石になる」と教えられる。乳母は后に「人間の世界に降りてゆくと影が手に入る」と教える。二人は下界に降り、染物師の妻(S)から影を得ようと画策する。夫の染物師バラク(Br)と彼女の間に子供は居ない。乳母が染物師の妻に話しかけ、妻は影を売ろうかと考え始める。三日間、后と乳母は彼女の召使として働くことになる。そこに帰宅したバラクは、妻の冷たい態度に心を重くする。
【第2幕】バラクと妻の心は噛み合わない。皇帝は鷹に導かれて皇后と乳母を見つけ、后が自分に嘘をついて下界に降りたと気付くが、怒りを抑えてそのまま立ち去る。乳母は、バラクの妻が影を売り払うべく、彼女が夫を見捨てるよう企む。しかし、バラクは妻を見放さない。皇后は、自分のせいで人間を不幸に陥れると悩む。三日間が終わる寸前、感情を昂ぶらせた妻は夫に、「自分は不貞を働き、影を売った」と嘘を言う。バラクは驚き、灯りのなかで妻を見ると確かに影がない。バラクが妻に襲いかかろうとするので、皇后は妻の影を取ることが出来ない。落ち着きを取り戻した妻は、嘘を述べたと夫に白状する。突然、大地が割れ、バラクと妻は別々の深みに落ちてゆく。
【第3幕】地下の霊界。バラクと妻は離れた場所に居て互いに気付かないものの、それぞれ心からの愛情を口にする。皇后と乳母はカイコバートの宮殿の前に辿り着き、父王に訴えに行くべく、后だけが中に入る。乳母は人間界に追いやられてしまう。宮殿の中では、目だけ残して石となってしまった皇帝がいる。皇后は影を得ようとするが、バラク夫妻の苦しみを思いやり、それを果たせない。しかし最後に、彼女の健気な心がカイコバートを動かし、皇帝は人間に戻り、皇后は影を得る。バラク夫妻は再び巡り合い、影が戻った妻と夫が抱きあう。

 実は、私も実演はおろかDVD、CDでも見たり聞いたりしたことがなく2週間ほど必死に予習した(2023年のバーデンバーデン、1995年のマルセイユ)。しかし音楽は魅力的だが、ストーリーが複雑で、とくに皇后が生命の水を飲むのか飲まないのかと苦悶する第3幕はよく分からないし、フィナーレも一体2組の夫婦は結局どうなったわけ?

 今回のコンヴィチュニー演出は、カットありの二部構成にして、第1部の終わりは本来の第3幕のフィナーレ、第2部の終わりは第2幕のフィナーレで、これが高級レストランでの大混乱という仕組み。

 また皇后、バラクの妻は2人とも妊娠して出産するが、その父親がちゃんと判明するのもコンヴィチュニーのクリア演出の特徴で、これはスッキリ謎解きしていて大拍手だ。


カーテンコール。「ブー」があちこちから。

 大団円の大混乱はかなりアナーキーですらある。これがコンヴィチュニーによる原作の女性蔑視を覆すことになるのかどうかは甚だ疑問ではあるが。しかしこれはコンヴィチュニー演出の常套で、「世界の本質は混乱と混沌」という彼の哲学通り。

 さて今回上演のMVPはアレホ・ペレス指揮東京交響楽団だろう。いやあ、東京交響楽団のここ数年の素晴らしいパフォーマンスは知っていたが、これはその頂点かもしれない。大袈裟でなく予習で何度も聞いたキリル・ペトレンコ指揮ベルリン・フィルに優るとも劣らない出来栄え。むしろオペラの伴奏としては上かもしれない。

 昨年1月の新国立劇場の「タンホイザー」も同じコンビで見事だったがさらにその上を行っていた。管弦の絡み具合が絶妙なのだ。そして、その渋い音色!

 このオーケストラに引っ張られて、歌手陣も大熱演。特に女声の3人は文字通り体当たりの歌唱と演技で興奮させられた。


私と同じ1階23列右サイドで上演をチェックしていたペーター・コンヴィチュニー

 この公演は満塁ホームラン級のクオリティだと思うが、観客は50%の入り。平日金曜日だというのに午後2時開演というのが響いたのか。やはり作品の知名度の無さか。コンヴィチュニー演出というのでは日本のオペラファンは動かないのか。じつにもったいないことだ。

 盛大な「ブー」(否定の声)が会場の至る所からあった。「ブラボー」は、私を含めてほんの少し。

 コンヴィチュニーの演出なんだから、カットや曲順変更は当たり前だと思うがなあ。

 音楽評論家も90%は、暴挙だという論評。「コンヴィチュニーよ、お前ホフマンスタール(原作)やリヒャルト・シュトラウスより偉いのか?」なんていうのまであった。意外に保守的で驚いた。

(2024.11.1「岸波通信」配信 by 三浦彰 &葉羽

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