岸波通信その87「償い」

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Present by 葉羽
古都」 by MusicMaterial
 

岸波通信その87 「償い」

1 三茶駅事件

2 「償い」

3 「償い」の真実

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  Making up for the crime  【2016.12.28改稿】(当初配信:2003.11.11)

「この国の住人は妖精の子孫だ。しかし、この国の製品が欧米を超える頃には、この国の妖精たちは姿を消し、日本人によく似た西洋人ばかりになる。」
  ・・・ラフカディオ・ハーン

 こんにちは。人は幾つになっても感動で涙を流すことが大切だと信じている葉羽です。

 冒頭の言葉は、古き良き日本が大好きだった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)によるもの。

 そうなんですね…確かに日本には古来から山や森や石ころにいたるまで、目に見えない妖精…と言いますか"八百万(やおよろず)の神々”が宿っていたはずでした。

 でも今、その存在を意識できる人がこの日本にどれだけいるでしょう?

アルバム「日本架空説」

(さだまさし)

 最近の世相、暗いですよね。子供が平気で親を殺してみたり、親が子供を虐待してみたり、信じられないほど残酷な事件も起きています。そして、デフレ、リストラ、希薄になる人間関係…。

 もう、日本は妖精の住む国ではなくなってしまったのでしょうか?

 先頃、我らがさだまさしさん(←以下「まっさん」)は、“僕が愛する日本といふ國は果たして本当に存在するのであらうか”というコピーを付けたアルバム日本架空説を発表しました。

 まっさんといえば、美しい日本の風景を愛し、その温かな心を信じ、本当のやさしさを歌い続けてきた人。

 そのまっさんが歌い続けてきた“美しい日本”は、もう架空の物語になってしまったのか?

 …強いメッセージが感じられるアルバムのタイトルです。

 ということで、今回の通信は“まっさん編の第四弾”…まっさんの名曲『償い』に関連するエピソードをご紹介しようと思います。

 

1 三茶駅事件

 2002年2月20日の新聞の片隅に、次のようなニュースが載りました。

さだまさしの曲引用で被告を諭す 三茶駅事件の裁判

 東京・世田谷区の東急田園都市線三軒茶屋駅で昨年4月、銀行員の男性が殴られ死亡した事件で、傷害致死罪に問われた当時18歳の少年2人の判決公判が19日、東京地裁で行われ、山室恵裁判長は求刑通り、それぞれ懲役3年以上5年以下の不定期刑とする実刑判決を言い渡した。

 裁判長は2人に対し、歌手、さだまさし(49)の曲「償い」を引用し、異例の説教。伝え聞いたさだも「法律で心を裁くには限界があるから…」と話した。

 この二人の少年たちは、東急田園都市線の車内で川崎市の銀行員と「足が当たった」と口論になり、三軒茶屋駅のホームに降りてから二人がかりで殴り、気を失って病院に運ばれた銀行員は五日後にくも膜下出血で死亡しました。

 有罪判決を言い渡した後も、この二人の少年には全く反省の色がなかったと言います。

 そこで、その二人の様子を見た山室裁判長は、閉廷前に二人に語りかけました。

「君達は、さだまさしの『償い』という歌を聴いたことがあるだろうか?」

 それでも、うつむいたままの2人に…

「この歌の、せめて歌詞だけでも読めば、なぜ君らの反省の弁が、人の心を打たないかわかるだろう。」~と言ったのです。

アルバム「夢の轍」

←「償い」の初収録アルバム。

 僕はこの話を聞いたとき、魚戸おさむの『家栽の人』という作品を思い出しました。

 その主人公の判事は、家庭裁判所の少年犯罪担当で、「罪を犯した少年たちが再び社会に出るときに、受け入れられるような環境をつくってやるのが自分たちの仕事だ」 という信念を持っています。

 だから、判決後の少年たちの人生を見過ごしにできず、罪を犯した少年一人ひとりを見守っていく…そんな話でした。

 そんな彼に対して、同僚や上司たちは言います。

「そんなに一件一件の少年たちに関わっていちゃあ僕らは身体がいくつあっても足りないんだよ。キミももう少し大人になってくれないとネ…」

 法に基づいて判決を言い渡せば、もう裁判長の仕事はそこまでだと言うのが当たり前の考え方かもしれません…。

 だから、山室裁判長もまた、“分を越えた行動”で上司からの叱責を受けたかもしれません。

 また今回の少年たちが、そのメッセージを真摯に受け止められるかどうか…それも分かりません。でも、いつの日にか必ず気がついてくれる…そう信じたいです。

 

2 「償い」

 僕は、この曲をよく知っていました。

 初めてこの曲を聞いた時に魂が揺さぶられるように感動し、涙が止まらなかった日のことを昨日のことのように覚えています。

 だから、山室裁判長の伝えたい気持ちはよく分かります。

 その少年たちは、これから本当に強くならなきゃ生きていけない…そのくらいの重荷を背負ってしまったのですから。

 その事に気づかずやり過ごしてしまえば、いつか、彼らの為した重い事実は彼らの心を苛む日が来るでしょう。

 だからこそ言わねばならなかった…。

アルバム「帰去来」

 山室裁判長が彼らに贈りたかった『償い』のメッセージはこんな歌詞です。

 少し長いですが、全歌詞を引用したいと思います。

   償い (作詩・作曲:さだまさし)

♪月末になると ゆうちゃんは薄い給料袋の封も切らずに
 必ず横町の角にある郵便局へとび込んでゆくのだった
 仲間はそんな彼をみてみんな貯金が趣味のしみったれた奴だと
 飲んだ勢いで嘲笑っても ゆうちゃんはニコニコ笑うばかり

 僕だけが知っているのだ 彼はここへ来る前にたった一度だけ
 たった一度だけ哀しい誤ちを犯してしまったのだ
 配達帰りの雨の夜 横断歩道の人影に
 ブレーキが間にあわなかった 彼はその日とても疲れてた

 人殺し あんたを許さないと 彼をののしった
 被害者の奥さんの涙の足元で
 彼はひたすら大声で泣き乍ら
 ただ頭を床にこすりつけるだけだった

 それから彼は人が変わった 何もかも
 忘れて 働いて 働いて
 償いきれるはずもないが せめてもと
 毎月あの人に仕送りをしている

 今日ゆうちゃんが僕の部屋へ 泣き乍ら走り込んで来た
 しゃくりあげ乍ら 彼は一通の手紙を抱きしめていた
 それは事件から数えてようやく七年目に初めて
 あの奥さんから初めて彼宛に届いた便り

 「ありがとう あなたの優しい気持ちは とてもよくわかりました
 だから どうぞ送金はやめて下さい あなたの文字を見る度に
 主人を思い出して辛いのです あなたの気持ちはわかるけど
 それよりどうかもう あなたご自身の人生をもとに戻してあげて欲しい」

 手紙の中身はどうでもよかった それよりも
 償いきれるはずもない あの人から
 返事が来たのが ありがたくて ありがたくて
 ありがたくて ありがたくて ありがたくて

 神様って 思わず僕は叫んでいた
 彼は許されたと思っていいのですか
 来月も郵便局へ通うはずの
 やさしい人を許してくれて ありがとう

 人間って哀しいね だってみんなやさしい
 それが傷つけあって かばいあって
 何だかもらい泣きの涙が とまらなくて
 とまらなくて とまらなくて とまらなくて

 どうでしょう、初めて聴く曲でしょうか?

 実は、まっさんの『償い』は実話に基づいているのです。

 

3 「償い」の真実

 まっさんの知人の女性が交通事故でご主人を亡くされて、その加害者の男性~遠い町に住む男性でしたが、これがとてもまじめな人で、彼女のもとへ毎月少しずつですが律儀に賠償金を郵送して来たのです。

 でも、彼女は、その手書きの文字を見るたびに亡くなったご主人を思い出して辛い想いを感じるようになりました。

 そこで、7年後のある日、彼女は「自分はもう年老いており、茶道や華道の教授を細々とやりながらでも、一人で生活することができるから、もうお金を送って来なくていいですよ」 と、加害者に手紙を書いたのです。

 でも、その男性は、その翌月も翌々月も送金を欠かすことはありませんでした。

 まっさんは、その話を聞いて心を動かされ、この曲に結晶させたのです。

「償い」を熱唱するまっさん


 山室裁判長のエピソードは、その後、テレビでも取り上げられ、インタビューに答えて、まっさんは次のようにコメントしました。

テレビのインタビューに答えたまっさんのコメント

 大事な法廷の場で僕の歌が引用されるなんて本当に驚きました。

 謝罪の意味を本当に理解している人が少ないからこそ、裁判長は若者たちに誠実な謝罪の意味を訴えようと引用したのだと思います。

 人間という生き物は過ちを犯すものだと思います。僕だってこれから何があるか分からない。でも間違ってしまった時に何が出来るかが重要なんですよね。

 そして、このエピソードを知った後、まっさんのコンサートで実際に『償い』を聞いたあるファンが、投稿したコメントを、最後にご紹介したいと思います。

ピーススファイアコンサート「さだまさし日本妖精伝」を聴いて

 さだまさしのライブで受ける感動はいったい何だろう。
 ふと気になった。
 これまで数々のライブを聴いたが、さださんのそれは明らかに異質である。

 今回一番感動した歌は、話題の「償い」だった。
 裁判官が少年に諭したとき引用したというあの曲である。
 聴いていて涙が出た。
 何度も聴いた歌だが、どうしてだろうと考えた。

 ふと思い当たった。
 これは、映画を見たり小説を読んだりしたときの感動に似ている。
「言葉」の感動なのだ。
 話半分、と言われるように、さだまさしライブは話が多い。
 この「話」も感銘を受ける。

 音楽を聴いて心揺さぶられる感動とは違う。
 話や歌詞の「言葉」がダイレクトに心をつかむ。
 さだまさしライブの感動はここにあると思い至った。

 犠牲者の家族の傷が癒されんことを。

 そして、重荷を背負った二人の少年の未来に幸があらんことを。

 

/// end of the“その87「償い」” ///

 

《追伸》

 山室裁判長は、まっさんの「償い」をいつ聴いたのでしょうか?

 「償い」は1982年にリリースされたアルバム「夢の轍」に収録されていますので、古くからこの曲のファンだったのかもしれません。

 また「償い」は昨年(2002年)、まっさんの全国ツアー「さだまさし日本妖精伝」のナンバーにも組み込まれていました。

 もしかすると山室裁判長は、昨年の「妖精伝」のコンサートで「償い」を聴き、特に印象に残っていたのかもしれません。

 もしそうだとすると、絶妙なタイミングで今回の「二少年事件」の裁判を担当したことになります。

絵本「償い」

←「償い」のストーリーが絵本になった!

 そう思わせるのは、"まっさんの曲には『不思議な偶然』が付いて回る”という伝説があるからです。

 以前、まっさんは「喫茶店のテレビでは夏の甲子園 準決勝の熱気が店のクーラーと戦ってる」 ではじまる「甲子園」という曲を歌っていました。

 そして、その曲の最後は、「背番号14の白いユニフォームが 彼の青春の最初で最後の打席に入ったところ」 というフレーズで終わります。

 ところが、この曲が発表された年の夏の甲子園、夏春連覇を成し遂げ当時無敵であった徳島の池田高校が、甲子園の準決勝で大阪・PL学園と当たり、そこで破れてしまいました。

 その池田高校の最後の打者の背番号…これが「14番」だったのです。

 まっさんの曲には、何か“運命的なもの”を感じませんか?

 

《追伸》2016.12.28

 当初書いたこのエピソードはかなりの長文で、テーマと離れた記述も多かったので、『償い』に関するエピソードだけに集約して掘り下げ、全面的に改稿いたしました。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

アルバム「昨日達」

←勿論「帰去来」の パロディですね。

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To be continued⇒“88”coming soon!

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【岸波通信その87「償い」】2016.12.28改稿

 

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