風が東から北に向きを変えた頃、キサばあちゃんの具合が急に悪くなった。お医者さんが呼ばれ、親しい者が呼ばれ、そして再び家族だけになった。
ばあちゃんがいなくなったら、誰がブナの話をしてくれるんだろう? 母さんに叱られたとき、どこへ逃げ込んだらいいんだろう?
「ばあちゃん」と私が呼んだ時、サクラが振り向いた。そのサクラの真っ白な唇と赤くなった目にびっくりした。・・・サクラは、最近ずーっと咳をしている。身体から血の色がどんどん無くなっていくように白くなっている。
サクラはいったいどうなるんだろう?
私たちが“舟”で遊んでいたときも、身体の弱いサクラはいつもばあちゃんのそばにいた。
私が長いと思っていた砂嵐の季節より、もっともっと長い間、サクラは、ばあちゃんのそばで、話を聞いてあげてたんじゃなかったかしら・・
「ばあちゃん・・・」
サクラの細い声に、ばあちゃんがゆっくりと目を開けた。
「雪が、見たいねえ・・・」苦しそうな声で、ばあちゃんが言った。
そこにいたみんなは、叶うはずのない願いを持って窓を見上げた。窓には、あい変わらず、赤い砂が降り続けていた。
ふいに、サクラが立ち上がって部屋から出て行った。しばらくして、何かを大事そうに抱えて戻ってくると、その何かをばあちゃんに握らせた。
そしてサクラは、さっきまで座っていた椅子に登って、ばあちゃんの顔の真上にそっと手をかざした。その手から、ひらり、ひらりと白いものがこぼれ始めた。
音も無く舞い降りてきたのは、小さくちぎった真っ白い紙だった。
「“和紙”だぞ! もう二度と作れない和紙だぞ!」・・・父さんが低くうなるのを母さんが止めた。