岸波通信その61「山椒魚の真実」

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岸波通信その61
「山椒魚の真実」

1 辻褄の合わない話

2 山椒魚の蛙はメス?

3 山椒魚の真実

4 やさしい人

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  The Salamander, His Untold Truth  【2016.8.14改稿】(当初配信:2003.4.26)

「山椒魚は悲しんだ。」
  ・・・『山椒魚』(井伏鱒二作)より

 こんにちは。昔、この書き出しを見て、そのインパクトにひっくり返った葉羽です。

 だって、すごい書き出しでしょうコレ…井伏鱒二の「山椒魚」。

 小説や文学は、最初のツカミが大事だとよく言われますけれど、このインパクトを越える作品には、ちょっとお目にかかったことがないような気がします。

 いったい何が悲しいのか、山椒魚が悲しむことなんてあるのか、思わずぐいぐい引き込まれてしまいます。

和名:オオサンショウウオ

学名:Andrias japonicus
英名:Japanese Giant Salamander
科名: オオサンショウウオ科
英科名: Cryptobranchidae

 山椒魚は英名で「サラマンダー」。世界最大の両生類で、大きなものは1.5mほどにまで成長するそうです。

 夜行性で生命力がきわめて強く、小型の種類のものは「精力をつける」ということで食材としても珍重され、福島県の桧枝岐では、山椒魚のテンプラを銘酒「花泉」とともに食べられる宿もあります。

⇒尾瀬桧枝岐温泉「丸屋新館」 http://www.naf.co.jp/maruyashinkan/food.stm

 でも、オオサンショウウオは、別名「ハンザキ」とも呼ばれる国の「特別天然記念物」。決して食べてはいけません。

 しかもオオサンショウウオは、現在は河川の護岸工事などで産卵巣を作れなくなって、どんどん数が減少しているのです。

 一方で「特別天然記念物」と言っておきながら、その保護の仕方も分からないこの国…悲しい限りです。

 さて、前回の通信その60「サヨナラだけが人生だ」では、さだまさしさん(→以下「まっさん」)と井伏鱒二先生の対談について触れました。

 今回の通信では、その対談の中で明かされた井伏先生の出世作「山椒魚」に関する“驚くべき真実”をお伝えしたいと思います。

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1 辻褄の合わない話

 井伏先生の書く作品には「辻褄(つじつま)の合わない話」がよく出てまいります。

 前回、ご紹介しました「厄除け詩集」には、有名な「春暁」など“超訳”漢詩のほか、井伏オリジナルの珠玉の名編が散りばめられています。

 その中でも支持者の多い作品に次の「逸題」があります。

  「逸 題」 (作:井伏鱒二)

 今宵は仲秋明月
 初恋を偲ぶ夜
 われら万障くりあはせ
 よしの屋で独り酒をのむ

 春さん蛸のぶつ切りをくれえ
 それも塩でくれえ
 酒はあついのがよい
 それから枝豆を一皿

 ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
 われら先づ腰かけに坐りなほし
 静かに酒をつぐ
 枝豆から湯気が立つ

 今宵は仲秋明月
 初恋を偲ぶ夜
 われら万障くりあはせ
 よしの屋で独り酒をのむ

 ど~です。いいでしょう、この気分! およそ“詩”の概念を飛び越えてしまったかのような「自由な言葉」。

 なんの「気負い」も「飾り」もない素直な表現。「井伏先生の人柄」が分りますね?

 多分、飲んでるのは「安い酒」とか「焼酎」、「よしの屋」はきっと場末の安酒場。「春さん」も多分、若くてきれいな女性とかじゃなくて、やや小太りのオバサン(←だと思う)。

 それでもって「初恋を偲ぶ夜」ですよ、アナタ! …ああ、古きよき時代。

 男はみんな「バンカラ」で、みな勢いだけはいいが、女性に関しては純情そのもの。きっと、想いなんか打ち明けられず、いつしか消えてしまう“淡雪”のような青春の恋心…。

 でも、なんか変じゃないですか?

「われら万障くりあはせ」て集まったのに「独り酒を飲む」!?

 もしかすると、みんな集まってはみたものの、それぞれ初恋のモノ思いにふけって、しんみり「独り酒」になったのか? 

 それにしては「蛸のぶつ切り」を春さんに注文する時、やけに盛り上がっている…なんでかな?

  「井伏先生の人柄」(※石寒太さんのエッセイ「丸顔の鱒二はじらふ山椒魚」より引用。)

 短編『山椒魚』を書いた井伏鱒二が丸顔だったことは写真を見ればわかる。そして、含羞の人だったかどうかは、『山椒魚』の文体から想像がつく。

 日本語という言語には含羞の機能が働く伝統があり、その機能がうまく働いた文章はすぐれた文学作品になるのである。

 井伏鱒二は、俳句はつくらなかったが、俳人の雰囲気をたたえた作家で、少なくとも山椒魚を季語とする俳句に関しては俳人たちに大きな影響を与えた。

 昭和四年、同人雑誌に短編小説『山椒魚』が発表されて、井伏鱒二の文名があがっていなければ、もしかすると山椒魚はいまだに俳句の季語として認められていないかもしれないのである。

 文体を見るだけで「含羞の人」…スルドイ分析ですね。それにしても、俳句の季語にまでなってしまった「山椒魚」、井伏先生の影響って凄いです。

 出版社の「カセット文庫企画」で、井伏先生の「厄除け詩集」の朗読を担当することになったまっさんが、先生の「蛙」という詩について聞いたそうです。

 この詩は、口の中に煙草のヤニを放り込まれた蛙が、あわてて田んぼの中に飛び出していって、胃袋を取り出して洗濯してるっていう話です。

「先生、あの詩はどういう発想から生まれたんですか?」 …そうしたら、

「あれはねー、見たんですよー」…って。

「そんなぁ、蛙が胃袋を取り出して洗ったって言うんですかぁ?」

「胃袋かなんかわらないけど、洗ってたんですよー」って言って、「洗ってた、洗ってた」を繰り返しながら、5分くらい一人でカラカラ笑い転げてたそうです。

 …どうも、世の中には、井伏先生にしか見えない「隠された謎」があるようです。

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2 山椒魚の蛙はメス?

 ところで、本題の「山椒魚」ですが、僕がこの話に触れたのは、多分、小学校高学年か中学校の頃だったと思います。

 この作品は、井伏先生の処女作と言われていますが、その有名な書き出し…冒頭に述べたアレです。

「山椒魚は悲しんだ」…いきなりこう来るんですね。

「自分は女に飢えている」って、武者小路実篤の「お目出度き人」の出だしも凄いですが、「そっから入るか!」という実に骨太の文章です。

「山椒魚」

(著:井伏鱒二

 山椒魚がどうして悲しいのかというと、彼はある日、「岩屋」と言うのでしょうか、岩の中にあいた「空洞」に迷い込むのです。

 でも、これが意外と住み心地がいい…その感じ、よく分りますよね?

 皆さんの子供の頃を思い出してください。友達の広い家の中でかくれんぼをしていて、子供が考える隠れ場所ってのは、だいたい「押入れ」が多かったでしょう?

 その狭い空間の蒲団の中に隠れていると、ほかのドジな子がカーテンの中とかソファーの後ろなんかにいて次々と見つかっているのに、なかなか自分の所まで“オニ”がやって来ない。

 そのうち、眠たくなってしまうワケです…自分の体温であったまって。「ま、いーか」みたいな感じで寝てしまう。

 山椒魚も「ま、いーか」みたいな気持ちで二年も岩屋に住んでしまう。でも彼は「成長の真っ盛り」…やはり、頭が出口にひっかかって出られなくなってしまうんですね。

 そりゃあ、悲しみますよ。最初は「あっ、いけねー」くらいの気持ちから、だんだん「ひょっとしたら、エライことになっちゃったんじゃないかっ!」ってね。

◆葉羽の思い出の映画レビュー

  「ひょっとしたら、エライことになっちゃったんじゃないかっ!」という話」

 アーサーペン監督の「ボニーとクライド」(邦題:俺たちに明日はない)の主人公二人もそんな感じでした。最初は何て事のない出来心のかっぱらいが銀行強盗になって、マスコミに取り上げられて有名人に。

 そのうち、彼らの名前を騙る偽者も現れ、二人が知らないうちに彼らは「極悪非道」のお尋ね者に。

 バンジョーのメロディーに乗った軽いギャング・コメディーが次第にシリアス・ドラマになっていく。

 気がついた時には、もう「抜き差しなら無い状況」になっていて、最後には、待ち伏せした警官隊に狙われ、「ハチの巣」のように弾丸を撃ち込まれて、二人は無残な最期を遂げる。

 …人生って、えてしてそんなもんですかね!

 さて、この山椒魚が「抜き差しなら無い状況」で狭い出口から表側を見ていると、蛙が嘲笑うようにスイスイ泳いでいるんです。

 悔しいっすよねぇ、こういう時! あんまり悔しいので、つい「見栄」を張ってしまう。

「こういう不自由の中にこそ、本当の自由があるんだ」なんてね…。

 ところがある日、山椒魚の岩屋に一匹のマヌケな蛙が迷い込んで来るんです。

 そこで山椒魚は、どうしたか? 

 彼は、ゆっくりとその大きな身体を入り口に横たえ、穴を塞いでしまう。やはり本当は悔しかったんです。ついつい「意地悪な気持ち」になってやってしまう。

 さあて、最初の問題はココです。井伏先生は「その卵を抱えた彼は…」とこう来る。

 あれれれっ?

 そうすると、小学校の教室の後ろの方から、当時、勉強が良く出来てスタイルもちょっとイカしてる同級生のT子なんかが手を挙げる。

(当時、この子にちょっと憧れてた…。)

「せんせー。卵を抱えた蛙がどうして“彼”なんですかぁ?」

 先生、少しうろたえながら、「コレはだな。“文学的表現”というものだ。」

「ふーん」…T子、先生の言葉に納得する。でも、僕らは何か納得がいかない。

 だけど、先生が答え、優等生のT子が納得すると、どうしても「反論が言えない」雰囲気でいっぱいになる。

 僕ら劣等性は、心に重い「トラウマ」を抱えたまま、仕方なく口を閉ざす…ってこと、ありましたねぇ。

 今なら、もちろん「反論」言えますよ…井伏先生が自分で答えたのを知ってますから。

 井伏先生、これを発表した当時から、たくさんの投書が来て答えに窮していたそうです。

 実は先生、蛙は“雌雄同体”だと思い込んでいたんです!

 別の対談で「最大の失敗は?」と聞かれて白状していました。

「なんとなく引っかかってはいたんだけれども」なんて、井伏先生はお茶目なことを言ってますが、世の教師はそれを“文学的表現”だなどと誤解していた。

 …罪な教師でした。純情な僕らはどれだけ悩んだことか、あ~ぁ!

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3 山椒魚の真実

 このように、「研究者」が勝手に“深読み”をして、珍妙な解釈をする事って意外と多いんじゃないかと思います。

 で、この後山椒魚と蛙は、長いこと睨み合いを続け、やがて蛙の方が力尽きてぐったりとして来ます。

「おい、もう許すから降りてきて出て行けよ」って山椒魚が言っても…

「いや、もうオレは腹が減って動けないんだ。オレはもうダメだ」と蛙が言う。

 慌てますね、山椒魚も!

 ちょっとかまったつもりが、いつの間にか命まで奪おうとしている。そこまでするつもりは無かったんですから…。

 また、長い沈黙が続く…山椒魚は軽率な行動を深く後悔するけれど、最早、取り返しがつかない。

 で、最後に山椒魚がこう聞くんです。

「おい、蛙、いまお前は何を思っているんだ」

  蛙が答える。

「今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ」 …これで終わり。

 とても短い小説です。文庫で10枚ほどの短編。 …この短い話が、僕たちにいろんな事を想像させるんです。

小学館文庫「多甚古村/山椒魚」

(短いので、別の作品「多甚古村」と
一緒にして文庫になっています。)

 たとえばその解釈は、ある評論家(名前は特に秘す)の言によれば、こうです。

【とある「山椒魚」解釈

「『出口なし』の悲劇、よくある話だ。フランスの哲学者サルトルにも同名の戯曲(1944年)があり、一人の男と二人の女が同じ部屋に閉じこめられて、永遠に外へ出られない実存的状況を描いた。

 作者の井伏鱒二は、人間の絶望から悟りへの道程を書こうと意図したのだが、『山椒魚』は“悟りにはいろうとして、はいれなかった”作品である。」

 この評論をはじめ、「山椒魚」に関する評論は星の数ほどあります。みんな、それぞれの想いで解釈をしている。

 しかし、井伏先生は、亡くなる数年前に刊行された「井伏鱒二自選全集」選考の折に、この「山椒魚」の最後のくだりを全部カットしてしまったんです!

 いったい何故?

 …その謎について、まっさん(さだまさし)は井伏先生に質問をしました。

「先生、どうして『山椒魚』に筆を入れるなんてことをなさったんですか?」

「あれはねぇ、もし許されるのなら全部書き直したいんですよ。」

「どうしてですか?」

 先生はなかなか口を開かない。部屋中に緊張が張りつめて、まっさんもスタッフも息を呑む。だって、うっかりしたことを言うと、これまでの評論が全部、ひっくり返っちゃう。

 みんな息を殺してじっと待っていたんです。

 すると先生、行方不明になった兄弟でも探すような眼でこうおっしゃる。

「だって…あれじゃぁ、出られないもの」

 まっさんは、先生の泣きそうな表情にうろたえ、そして、ワーッと涙があふれ出てしまったそうです。

井伏鱒二


「あれじゃぁ、どうしようもないもの。

 これをこういうテーマで書かないかって言ったのは僕の兄貴でねえ、兄貴は先に死んじまって、やっかいな荷物を僕に押し付けて逝っちゃった。

 若い頃に書いたとはいえ、どうしてこんなひどいことをしたのかなぁ、って思ってね。

 出られないもの。これじゃぁ、どうしようもないもの…」

 その後、「これじゃぁ、どうしようもないもの。出られないもの」って、何度も何度も繰り返したそうです。

 そしてふいに、「だって、あなた、どうやって出すの?」

 まっさんは、言葉を失いました…。

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4 やさしい人

 井伏先生は、兄から言い残されたストーリーを物語にし、その自分で70年前に創作した主人公に、生涯、同情し続けていたのです。

 作品は自分の思惑を離れて世間に評価され、もう、自分ではどうしようもない主人公にした仕打ちを後悔し、十字架を背負い続けて来たのです。

「でも、出ることができない山椒魚に、僕たちはいろんなことを教わってきましたよ」…まっさんは、やっと口を開きました。

「あれは…出られないから『山椒魚』なんじゃないでしょうか?」

 井伏先生は、救われたように語りはじめます。

「そうかね、あれは、出られないから『山椒魚』なのかね。あれは出られなくていいのかねぇ」

 しばらく考え込んでは、また、

「そうかね、あれは、出られなくていいのかねぇ。そうかね、出られなくてもいいのかね…」

 まっさんの言葉に先生が救われたのかどうかは分りません。

 でも、その対談が終わった後、井伏先生が、とっておきのロイヤル・サルートを持ち出し、まっさんが先生の身体を気遣って遠慮すると…

「こういう日は飲まなきゃだめだ」と、さらに、まっさんにお酒を勧め、その日は二人で痛飲したそうです。

佳き酒

 井伏先生が2000年に95歳で亡くなった、その3年前のエピソード~「山椒魚」の真実でした。

 やさしい素敵な人に救いあれ。合掌…。

 

/// end of the“その61「山椒魚の真実」” ///

 

《追伸》 2003.9.23

 さだまさし三部作の完結編「山椒魚の真実」でした。

 これら三編は、僕が入院した折、友人の小柴君からプレゼントされた「絶対温度」に紹介されていたエピソードを中心として僕の想いを書かせていただきました。

 “戦場の医師”柴田先生の実話をもとに、青年海外協力隊に志願する多くの青年たちの心を熱くさせたまっさんの名曲「風に立つライオン」、井伏鱒二先生の自由奔放な漢詩について述べた「サヨナラだけが人生だ」…。

 そして、何物にも捉われない自由奔放な詩人だと勝手に思っていた井伏先生が、実は、心の中に「人に話せない苦しみ」を抱えていた“やさしい人”であったことを示す「山椒魚の真実」のエピソード…。

 それらはまた、まっさんの人間を見る目のやさしさを感じさせ、さらには、当時失意の底にあった僕に、この素敵な本を贈ってくれた小柴君のやさしさを感じさせて、感謝の気持ちでいっぱいです。

 小柴君、どうもありがとう。

 では文学の印象を一変させていただいた井伏先生に感謝して・・・See you again !

当初配信時の背景画像

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To be continued⇒“64”coming soon!

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【岸波通信その61「山椒魚の真実」】2016.8.14改稿

 

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