岸波通信その46手話で心をつながせて

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Present by 葉羽
「November Girl」 by Blue Piano Man
 

岸波通信その46
「手話で心をつながせて」

1 アオテアロアの黄昏

2 アイデンティティを奪われるということ

3 禁じられた手話

4 手話で心をつながせて

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  Making through heart with sign language 【2018.4.15改稿】(当初配信:2003.2.6)

同じく長い間、手話なども禁じられていて、聾の方は口話方法を使わせられました。  このせいで自分のアイデンティティを失った聾の方は多くいたと思います。
  ・・・クリス=リン・マクファーソン

 ニュージーランドのべジマイトを食べて絶句しました。

 べジマイトは、パンに付けるジャムのようなもので、福島県国際交流グループの国際交流員ニコラ・ブラゼンデールさん(通称“ニコちゃん”)の大好物。

 一見、岩海苔のような妖しい見掛けからして、既にただものではありません。

 ニコちゃんに言われるまま口にすると、これが何とも表現しようのない不思議な味覚・・・表現しようもないので、これ以上は言いません。あっはっは!

オークランド

←ニュージーランド(北島)最大の都市。
ランドマークのスカイ・タワーが見える。

 ニュージーランドでは、このベジマイトは無くてはならない郷土の味。日本で入手するのは困難なそうで、来日の際に、たくさん持ち込む人も多いそうです。ま、日本人にとっての味噌や醤油のようなものでしょうか。

 ところで、ニュージーランドがこうした独特な食文化を発達させてきたのは、長い年月をかけた先住民マオリ族との葛藤と融合の歴史があったからこそでしょう。

 二つの民族が理解し合うまでの道のりは決して平坦なものでなく、そこには多くの血が流されてきました。

 ということで、今回の通信は「コミュニケーション」を考える第三弾。

 ニュージーランドが二つの文化を融合させた歴史を振り返りながら、“手話が拓く可能性”について考えます。

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1 アオテアロアの黄昏

 南半球の日出(いずる)国ニュージーランドは面積が日本の約4分の3。北島と南島エリアに分かれて380万人が暮らす人口の約一割が先住民のマオリ族です。

 ワールドカップ初代世界チャンピオンであるオールブラックスが試合の前に踊る「ハカ」はマオリの伝統舞踏の一つで、彼らはニコちゃんがデスクトップを立ち上げるとブラウザで踊っていたりします。

 この地に最初に住み着いたのはポリネシアから移住したモア・ハンターという種族で、8世紀頃のことであったと言われています。

(もちろん、巨鳥モアを狩猟する民族という意味です。)

 しかし、このモア・ハンターは、ある時代から歴史上突然姿を消し、13世紀頃、東ポリネシアからマオリ族がカヌーでやって来た時には既に存在していませんでした。

マウント・クック

アオテアロア(ニュージーランド)最高峰

 マオリ族は各地に部族国家を形成し、この地を「アオテアロア(Ao Te Aroa:白い雲のたなびく国)」と呼んで独自の文化を育んでいましたが、1642年にオランダ人の探検家アベル・タスマンがやって来たことで、その平穏が破られます。

 タスマンは、この島を故郷オランダのゼーランドにちなんでノヴァ・ゼーランド(ニュージーランドの語源)と名づけ、上陸しようとしたところでマオリ族と争いになり、4人の船員を失って引き上げました。

 そして1769年。タスマンの情報に基づいて、今度はイギリス人ジェームズ・クックがやって来ました。

 クックが上陸に成功し、全島の地図を完成させたことで、イギリスからの入植が活発化し、同時に土地の領有をめぐる長い争いの火蓋が切って落とされたのです。

 近代的な武器を手にしたイギリス人に対し、マオリ族は自分の身を楯に自分の手を武器にする“徒手空拳”の戦いでしたから、マオリ族の数の優位はじりじりと崩れ去り、1840年の「ワイタンギ条約」によって、ニュージーランドは正式に女王陛下が統治する植民地となりました。

 こうして1850年代の後半、イギリス系住民の数はマオリ族を上回るまでに増加し、両者は再び土地の領有をめぐって「12年戦争」に突入します。

 この戦いもイギリスの完全勝利に終わり、今度は、先住民マオリ族に対する徹底的な弾圧が始まりました。

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2 アイデンティティを奪われるということ

 この戦いに勝利したイギリスが進めたのは、マオリ族の“民族同化政策”でした。

 “文明の遅れたマオリを開化する”という言葉をスローガンに、マオリ語を話すことや民族の習慣を禁止し、同時に、マオリからの土地の収奪を強化して、その生活基盤とアイデンティティを奪っていったのです。

 “民族の共生編”のリゴベルタ・メンチュウさんの話で紹介したグァテマラ共和国のマヤ族の悲劇がこの地にも起こったのです。

 近代史を紐解いてみれば、いかに多くの地域で同様な悲劇が起こったことか。そして、民族の文明を否定し、そのプライドごと根こそぎにする手段のなんと残酷なことか・・・。

マオリ族の伝統工芸

マオリ族の伝統工芸

 ニコちゃんの先任の交流員であるクリスリンさんは、通信その41「民族の共生と言語コミュニケーション」に対するレスの中で、マオリの言葉について次のように言っています。

 ニュージーランドでは、昔、マオリ語を喋ってはいけないことになっていました。

 喋ったら恥を感じるという考え方があって、長い間マオリ語を聞いたりすることは出来なかったのです。

 しかし、言葉は民族の文化の中の本当に大事なものだと思います。言葉を失うと文化も失う恐れもあります。ニュージーランド人(マオリ人、ヨーロッパ系などを含め)は現在マオリ語を大事にしたがっています。

 やはり、ニュージーランドでしか使わない言葉なんだけれども、ニュージーランドでしか使わない言葉だからこそ、ニュージーランドという国が独特な文化や歴史を持つことができるし、持っているから大事にしなければなりません。

〔クリスリンさんの言葉〕

 しかし、こうした政策は、ニュージーランドの国家としての成熟とともに変化が現れてきます。

 12年戦争後のニュージーランドは、農業や牧畜など生産基盤の確立に力を入れ、それが成就すると、福祉国家の建設に着手しました。

 1893年の世界初の女性参政権、1898年の年金制度導入、第二次世界大戦後にイギリスからの完全独立を勝ち取ると、民族共存へと大きく舵を切ったのです。

 1975年にワイタンギ審判所が設立されると、マオリ族の主張に基づいて、収奪した土地の返還が始められました。

 さらに英語だけであった公用語に、マオリ語も加えられることになりました。

 こうしてニュージーランドは、2世紀以上の時間をかけ、ようやく過去の桎梏を乗り越えて世界有数の福祉国家、そして「一国二文化」の民族共生国家を実現したのです。

 ところが・・・

 こうした経験を持つニュージーランドにおいてさえ・・・いや、未だ世界の多くの地域でアイデンティティを奪われ続けている人々がいるのです。

 マオリ族以外の“迫害された人々”とはいったいどういう人々だったのでしょう?

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3 禁じられた手話

クリスリンさんは言います。

 同じく長い間、手話なども禁じられていて、聾の方は口話方法を使わせられました。

 このせいで自分のアイデンティティを失った聾の方は多くいたと思います。

 まだまだこれからも頑張って硬い考え方を変えないといけなのですが段々と変わってきているというのは確かです。

 私もできるだけ頑張って少人数グループをサポートしていきたいと思っています。

〔クリスリンさんの言葉〕

 こうした“手話の排斥”が世界的に広く行われて来たことをご存知でしたでしょうか?

 ならば、聴覚障害者は、どのようにコミュニケーションをとればいいのか?・・・それが「読唇術」と「口話法」だとされました。

 つまり、聴覚障害者どうしの自然発生的なボディ・ランゲージである手話コミュニケーションを認めず、健常者と同じように聞こえない言葉を聞き、それを健常者と同じように話すことを強いられたのです。

 しかし、もともと音が聞こえないのですから、自分でも聞こえない声というものを認識すること・・・そこから既に並大抵の苦労ではありません。

 このことは・・・信じられないでしょうが、現代日本でも同様なのです。未だに、聾学校で正式な手話教育は行われていません。

 ただ最近のテレビ・ドラマの影響などで、手話に対する社会の認識が改まりつつあり、使用を“黙認”しているに過ぎないのです。

(ここ数年間のボランティアの頑張りで、急速に市民権を獲得しつつあります。)

 聾学校では、かつて、手話を使えないように障害者の手を縛って教育するということさえ普通に行われていました。

 こうした考え方の源流はアメリカにありました。

 アメリカのアレクサンダー・グラハム・ベルは熱心な手話排斥論者で、「合衆国のような英語を話す国においては、英語が、英語だけがコミュニケーションと教育の手段として用いられるべきである。」と主張し、理論的支柱を与えました。

 その考え方は長く米国の常識となり、ほんの2、30年前までは“手話根絶運動”さえ行われていたのです。

ルピナスの群生

ルピナスの群生

(ニュージーランドのテカポ湖畔)

 2000年の6月にTV放送されたビートたけしの「アンビリバボー」では、ミス・アメリカに選ばれた女性が実は聾者であったことを紹介していました。

 彼女は、聾者でありながら、健常者と同じようにスラスラとスピーチを行って、観衆を驚かせたのです。

 番組は彼女の努力を絶賛していましたが、彼女もまた小さい時から手話を禁止され、読唇術と口話法を教育されて育った一人だったのです。

 僕は彼女の努力に敬意を表しながらも、胸が痛まずにはいられませんでした。

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4 手話で心をつながせて

 手話は、健常者の話す言語を置き換えた“コード”ではなく、それ自体で自然発生した独立の言語です。

 手話を奪うことは、少数民族の言語を奪うのと同様に、人間としての尊厳を踏みにじる行為ではないでしょうか。

 伝えたい感情を自分の好きな方法で人に伝える・・・そんな当たり前の自由さえ奪ってきた歴史を、我々多くの健常者は知らずにいるのです。

飛べない鳥キウィ

飛べない鳥キウィ

(ニュージーランドの国鳥)

クリスリンさんは、在任中、県立聾学校で子供たちにニュージーランドの文化を教えるかたわら、ニュージーランドの手話を教えていました。

 何故でしょう?

 そこには、手話が持つ素晴らしい可能性があるからです。

クリスリンさんは言います。

 手話は、国によって違いがありますが、自然に発生したランゲージですから、国による文法の違いはとても少ないのです。

 また逆に共通の動きで意味を表す言葉もたくさんあります。

 うれしい時にはうれしい表情、悲しいときには涙を流す動作を手で表現します。

 つまり、言葉の壁はほとんどないのです。

 だから、国の違う聾の子供たちどうしが初めて出会うと、お互いの手話を使って、驚くほど短い時間で意思の疎通ができるようになるのです。

〔クリスリンさんの言葉〕

 このことは、情報化が進む現代社会で、さらに大きな可能性を秘めています。

 社会環境の制約から、これまで家庭に閉じこもることが多かった障害者の人たちですが、インターネットの動画通信で海外と手話でやり取りをすれば、健常者よりも容易に意思疎通ができるようになるのです。

 ニュージーランドの学校との間では、まだ向こう側の動画環境が整備されていないためにビデオレターでのやり取りを行いましたが、今後は、国内も海外もかなりのスピードでブロードバンドが普及していくことでしょう。

 その時には、ハンデはむしろアドバンテージに転化して行くのです。

 手話は、音声言語だけでは伝えきれない想いまで伝えることのできる素敵な言葉だと思います。

 身体全体を使った表現は、時に美しくさえ感じることもあります。

 ネットワークがもたらした福音によって、障害を持った人々が手話で心をつないでいける社会、そういう社会が早くやってくることを念願してやみません。

 

/// end of the “その46 「手話で心をつながせて」” ///

 

《追伸》

 余談ですが、“南半球の日出る国ニュージーランド”の先住民族マオリの言語は、日本語と共通する言葉がたくさんあり、日本民族とマオリ族は言語学的に共通の祖先を持つという説もあります。

 太平洋のポリネシアと海で遠く隔てられた日本との間に、古代、どのような交流があったのでしょうか? 不思議ですね。

 福島県が誇るコンピュータ専門大学会津大学では、障害を持った人々をITで支援する技術に関しても先端的であることはあまり知られていないかもしれません。

 手話通信、点字通信、音声読上げ、高機能電動車椅子、寝たきり用介護者の生体機能遠隔監視、知的障害者用のコミュニケーション・ITツール・・・多くの専門家がこの分野に取り組んでいます。

 また、この通信では手話どうしの国際コミュニケーションを取り上げましたが、既にITは手話を口語に自動翻訳する装置を現実のものにしています。

 発明したのは米国の18才の高校生ライアン君。

 グローブ型の翻訳装置を着けて手話を行うと、コンピュータが手の動きを解析し、口語に変換する仕組みです。

 コミュニケーションの壁がどんどん低くなるといいですね。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

手話翻訳機

手話翻訳機

(手話を口語に変換する手話翻訳グローブ
を着けた発明者の高校生ライアン君)

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To be continued⇒“47”coming soon!

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