岸波通信その44「あさきゆめみし」

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岸波通信その44
「あさきゆめみし」

1 源氏物語絵巻

2 自分の志を騙すことはできまへんのや

3 もっともっと美しいものが…

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  Artisan Eyes 2 【2018.4.30改稿】(当初配信:2003.1.27)

「自分で自分の志を騙すことはできまへんのや。」
  ・・・山口伊太郎(102歳)

 昨日、2004年5月の22日の夜のこと・・・茶道御家元の千宗守宗匠をお招きし、今秋、会津で開催する武者小路千家全国茶会に向けた役員会の場で、隣に座った代表教授の廉子(れんこ)さんがこんなことをおっしゃる。

簾子 RENKO「岸波さん、伝統の“統”の字は、元々は“燈”だったんですってよ。」

「・・・・・!」daddy

不徹斎 千 宗守

不徹斎 千 宗守

(武者小路千家 第14代家元)

簾子「不徹斎宗匠(※家元の斎号)は、伝統というものは、オリンピックの聖火リレーのように、赤々とした灯火を手渡して行くようなものだと言っているのよ。」

daddy「ふーむ。“無機質な形”を伝えるのではなく、“燃える情熱”“熱い心”を手渡していくということをおっしゃてるのかも知れませんね・・・。」

 そういえば、利休は「“改革する心”そのものを千家の伝統とせよ」と言い残したと言われている。

 そうだよなぁ・・・

 時代と共に、“もてなしの心”や“侘びの心”でさえ深化し続けることが大切なのだろう。

 そういえば昔、こんな話を聞いたっけ。

 作家の童門冬二氏が話されたこと  (「地方分権フォーラム in 会津」1997年)

 山形に行ったときに「この地方の誇りといったら何でしょうね?」と聞きましたら、

 「それなら、紅花と漆塗り、おだかポッポにさくらんぼでしょう」と言うのです。

 でも、それらはみな、江戸時代に上杉庸山がこの地に導入した商品作物や工芸品ばかりなんですね。

 ですから私は、庸山が「常に新しいものを取り入れ、創り出して、たゆまぬ改革をしていかなければならない」と言ったのに、あなた方は、その一番大切な“庸山の精神”を忘れているのではないですか、と申し上げたのです。

 国際化が進展する21世紀。

 私たちが、日本の芸術文化について語るとき、どうしても古来から受け継がれた伝統文化に思いを馳せ、その長い歴史そのものを賞賛する傾向が強いのではないかと思う。

 “先人の智恵”を民族がどのように発展させ、深化させてきたかということこそ誇るべきなのではないだろうか。

 ということで、今回の通信は『職人の目線』シリーズの第二話、齢100歳にしてなお“改革の志”を失わない名工の話をお伝えします。

 

 

1 源氏物語絵巻

 読者のJackさんからBBSに情報を寄せていただいたように、「冬ソナ」や話題の小説「世界の中心で、愛をさけぶ」など、昨今の日本では“純愛”が注目されているようだ。

 「マトリックス」のような華々しいアクションSF路線、流行を敏感に取り入れたトレンディ・ドラマが下火になる一方で、人間の素朴な感情を見つめなおす方向に回帰しているのかも知れない・・・。

 翻ってみると、我が国初めてのラブ・ストーリーといえば、紫式部の「源氏物語」だろう。

 400人を超える登場人物と全54帖に及ぶこの物語は、悠久の時を超えてなお人々に愛され続けている。

源氏物語絵巻展のポスター

源氏物語絵巻展

 「源氏」が日本の代表的古典の地位を獲得できたのは、この作品が海外に広く紹介され、外国の文学研究家に評価される中で、その評判が逆輸入されたものだという。

 だからこそ近代以降になってから、与謝野晶子、谷崎潤一郎、瀬戸内寂聴、田辺聖子など多くの一流作家に訳本されることになり、その時代ごとの感性で新しい命を注ぎ込まれてきたのだ。

 そして、現在の30代から40代の女性にとっての身近な「源氏」と言えば、コミック作家大和和紀氏の名著「あさきゆめみし」なのではなかろうか。

 「あさきゆめみし」は、コミックとしては異例の大判豪華イラスト集も発売され、宝塚花組のロングラン公演や映画「千年の恋」の原作の一つになるなど数々の話題をさらってきた作品だ。

 だが、大和和紀氏が名作「あさきゆめみし」でモチーフとしたのが、「国宝源氏物語絵巻」だったことは、皆さんご存知だったろうか?

daddy(柏木二、鈴虫二、夕霧、橋姫、東屋一の五箇所で参考にされています。)

「あさきゆめみし」

(大和和紀:著)

 「源氏物語絵巻」は、「源氏」が書かれてから150年後、平安時代末期の12世紀に誕生した日本最古の絵巻だ。

 誤解を恐れずに言うならば“日本最古のコミック”と呼べるかもしれない。

 絵を描いたのは宮廷画家であった藤原隆能だと伝えられるところから「隆能源氏」とも呼ばれている。

 ところがっ!

 この「隆能源氏」は、ばらばらに分解された状態で民間に流出してしまい、現在では全10巻のうち4巻分だけが五島美術館、徳川美術館に分収されているのみ。

 しかも残された絵巻は、画材の劣化などで退色・剥落し、もはや美術品というよりも“歴史的資料”としての価値を保っている状態だ・・・。

国宝「源氏物語絵巻」

国宝「源氏物語絵巻」

←劣化してしまった「隆能源氏」

 だがここに、「隆能源氏」を驚くべき手法で復活させようとしている人物がいる。

 伝統工芸「京都西陣織」の技法で絵巻の大和絵の再現に取り組む山口伊太郎さん・・・当年とって102歳がその人だ。

 

 

2 自分の志を騙すことはできまへんのや

 私自身、その作品をこの眼で見てみたかったんです  (山口伊太郎)

 「隆能源氏」に出会って、これに挑戦しようと思ったのは今から30年ほど前、70歳のときでした。

 無茶やという人もいましたけど、挑戦するには不足の無い相手でした。

 西陣織でここまでやれるのや、という到達点を作って、それを後世のために残したい。

 果たしてどんな織物ができるのか、私自身、その作品をこの眼で見てみたかったんです。

 かつて、日本人にとって当たり前の装いであった着物は、明治維新後「欧化政策」を標榜する政府が“公式の場では洋服を着用せよ”とする「服装改正令」を布告したことによって洋装にとって代わられた。

 着物が復活したのは戦後になってから、そして、再び脚光を浴びたのは高度成長期に入ってからのことだ。

 着物は、女性があらたまったセレモニーやお正月に身に着ける「晴れ着」として、ようやく大衆化したのだ。

西陣織

西陣織

←西陣に織機の音が蘇ったのは
戦後、昭和47年のことだった。

 こうした“着物の大衆化”は、京都西陣に再び活気を取り戻すきっかけとなったが、一方では、高まる需要に従来の手仕事では追いつかず、自動化された「力織機」が導入されることになった。

 その結果、「技」を継承する職人の数は、今や“風前の灯火”のような状態だという。

 誰にもでけへん仕事をしたいんです  (山口伊太郎)

 着物は将来どうなるんやろう 残るんやろうか。

 身近な存在として着物がなくなった今、当然のように帯は売れません。これではあきまへんな。

 私らは、織物の技術を後世に伝えなければならんのです。何よりも織りが好きなんですわ。

 そのためには、経済活動のための織りではなく、誰もが納得する美術品としての織物を作らなければあかんと思いました。

 誰にもまねの出来ない、私だけの技術を駆使した新しい作品を残そうと思ったんです。

 ただ、古いものを写すような仕事はしたくない。そんなこと誰にでもできる。

 私は誰にもでけへん仕事をしたいんです。

 その頃私は、西陣に発達してきた数々の高等技術が、今まさに滅びようとしていることを実感していました。

 何とか残したい。

 それは西陣に生まれ、西陣の織物に携わってきた者として課せられた使命ではないだろうかと考えていました。

 こうして、伊太郎さんの源氏物語絵巻再現への挑戦が始まった。

 まさにそれは、齢70歳にして西陣織の将来と自分の意地を賭けた「不退転の決心」だったろう。

 “凄い”と思う。

 そのバイタリティ、彼を駆り立てるとめどない情熱、そして“技”を継承する者としての責任感・・・。

 しかし、この挑戦は、やがていくつもの障害に出会うことになる。

山口伊太郎(102歳)

山口伊太郎(102歳)

←注ぐ眼差しと気迫は真剣そのもの。

 まずは、原画の再生作業

 そして、隆能源氏の二の轍を踏まぬよう新たな彩色技術の開発

 さらに困難だったのが、織機に指示する膨大な「紋紙」の製作とその保全だ。

 帯一本を織るのに必要な紋紙は少なくて1千枚、凝ったもので2万枚を超えるという。

 今回のように、さらに複雑で高度な織物では、第1巻の9メートル分だけで30坪の倉庫が一杯に埋まる上、材質保全のために湿度の管理が怠れない。

 「織り」の本番に入る前にこの状態・・・。

 80歳までに四巻を完成させようと始めた作業が10年間でやっと1巻・・・全く予想外の進捗だ。

 自分の志を騙すことはできまへんのや  (山口伊太郎)

 そやけど、乗りかけた船。やれるだけやるよりしょうがない。

 今まで私は、ぎょうさん着物をこしらえてきました。

 西陣織としては最高の商品を作ってきた自負があります。

 けどね、商品というものは納期や価格があるから、どうしても妥協点が出てきますわ。

 ところが、作品は売り物とは違います。自分が満足するまで良しとしない。

 自分で自分の志を騙すことはできまへんのや。


 

 

3 もっともっと美しいものが・・・

 不退転の姿勢が次々と難問をクリアさせて行く。

 千年先でも色褪せないための特殊染色の開発、風化にも耐えるプラチナ箔の開発、そして、膨大な紋紙を処理するために、三巻目からはコンピュータを導入した。

 だが、第三巻に着手すると、思いもかけない難問が立ちはだかった。

 次元の違う問題  (山口伊太郎)

 三巻目は次元の違う織物なんです。

 最初の見込みでは、源氏物語の夏の場面だから衣は薄物だし、前二巻と比べて楽やろうと思った。

 ところがですわ。

 図案をよく見たら、薄物の布地を通して、中の人物の手が透けて見えてるやないですか。

 これは大変なことや。

 大変なことが起きる。

 もしこんな表現ができたら、そんな織物見たこと無い。世界のどこにも無い・・・。

 よし、誰もやれなんだことをやろうやないか。

 試織しては失敗を繰り返し、手のひらほどの面積に一年をかけた。

 ようやく仕上がった第三巻は、御簾越しに透けて見える装束の繊細な襞、さらにその向こうに透ける人物の手や豊かな黒髪の質感など、これまでの織物では不可能だった表現域に到達した。

 結局この間、一、二巻同様に10年の歳月が流れていた・・・。

西陣錦織源氏絵巻 第三巻

西陣錦織源氏絵巻
第三巻

 伊太郎さんは、いくつもの名言を残している。

 いい仕事をするには恋心が大事やね  (山口伊太郎)

 いい仕事をするには恋心が大事やね。

 美しい女性を見て、「この人にはどんな帯が似合うやろか。こんな織物着せたらきれいやろな」とか、あれこれ想像しますのや。

 ものを作る男には色香がないと。 嫁はんのことばっかり気にしているようではあきまへんな。

 

 伝統をなぞるだけでは進歩がない  (山口伊太郎)

 現在の西陣に欠けているのは想像力です。

 いまの教育は受験技術だけ教え込んで、想像力を育まない。

 自分の頭と感性で時代を先取りした新しいものを生み出していかんことには。

 昔ながらの伝統をなぞるだけでは進歩がない。

 第一、そんなの、おもろない。


 ある大学教授が、彼の許を訪れ、こう話したそうだ。

「これだけの作品が織りっぱなしのままとは・・・裏あてをつけたらいかがですか?」

 しかし、伊太郎さんは頑としてこれを拒む。

「これを見て、これ以上のことを若い人たちに一つまた考えてもらいたいんですわ・・・。」

 敢えて見せておく理由は、後に続く人たちが、どういう工程で織ったか見て分かるようにするためだという・・・利休の目線と同じではないか?

 決して、自分の技術が完成された最終形だとは思わない。

 自己満足で技術を秘匿するよりも、後進の手助けとなることこそ、彼の望みなのだ。

 ぐっと来るなぁ・・・こういう言葉を聞くとね。

daddy(技術をブラックボックスにしたがる米国型企業家に聞かせてやりたいよ。)

 また、「錦織絵巻は“美の極み”なんですね?」 という問いに、毅然と言い放つ・・・。

 もっと美しいものが・・・  (山口伊太郎)

 いや、極みやない!

 今以上に美しい織物をこしらえる余地は、まだまだあります。

 インドにガラス玉を織り込んだ面白い技法があるんです。

 細かいビーズを組織に這わせたり、これまでの三巻でやっていないことを最後の四巻にぶつけてみたい。

 「100歳を越えて何考えてんねん。明日にもコロッといくかも分らへんのに」と笑われるでしょうが、命さえあったら、もっとなんぼでもやりたいんや。

・・・・・・・・・・・・

 この世にない織物がまだあるのと違うやろか?

 もっともっと美しいものが・・・

 残るは最後の第四巻。年齢と意地の勝負。

 自由なものづくりを全うするために、国からの人間国宝の指定も断った

 必ずや「あさきゆめみし」の千年の恋を、これから千年先にも色褪せぬ感動とともに伝え、未来の職人たちの羅針盤となる作品を残してくれるに違いない。

 負けるわけにはいかない。

 我々の世代も、決してこの偉大な名工に負けるわけにはいかない。

 いつか誰かが乗り越える~それこそが彼の望みなのだから・・・。

 

/// end of the “その44「あさきゆめみし」” ///

 

《追伸》

 いい話でしょ?

 もともと雑誌「サライ」に掲載されたインタビューをモチーフにして、独自取材でまとめ直したものです。

 僕がサライを読むのは、もっぱら行きつけのアメリカン美容院でのこと。

 サライには、時々こういった感動的な巻頭インタビュー記事が掲載されていて、カットをしてもらいながら、眼がウルウルしてしまうことがあります。

←(アヤシイ親父だなぁ・・・。)daddy

 いつもお世話になっているアメリカン美容院の久保先生、彼女は僕が椅子に掛けると、黙って最新号のサライを僕の席に届けてくれます。

 その久保先生におねだりして、とあるサライのバックナンバーをいただいて来ちゃいました。

 今回、この「職人の目線2」をリメイクしたのは、もちろん、その新しいインタビューをモチーフにした通信を書くため・・・どうぞ、新作にご期待ください。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

西陣織名工 山口伊太郎さん

←西陣織で再現した源氏絵巻を
ていねいにチェックする。

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To be continued⇒“45”coming soon!

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