岸波通信その41「民族の共生と言語」

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Present by 葉羽
「SUMMER IN THE ISLAND」 by Music Material
 

岸波通信その41
「民族の共生と言語」

1 世界標準語は実現するのか?

2 先住民族の尊厳を守るために

3 言語の多様性が人類を豊かにする

4 テクノロジーは言語の壁を超えられるか?

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  The story of Babel 【2018.4.30改稿】(当初配信:2003.1.14)

連帯というのは今ここで私たちがお互いに知り合うことだけではなくて、これからどんな仕事を将来に向かってしていけるのか、そしてお互いの責任をお互いに認めあう、感じあうこと、これが連帯の一つのあり方だと思っています。」
  ・・・リゴベルタ・メンチュウ(ノーベル平和賞受賞者)
 旧約聖書創世記(ジェネシス)第11章にバベルの塔の物語がのっていますが、ルネサンス時代の画家ブリューゲルの絵で有名なこの伝説の塔が実在していたことをご存知でしたか?

 新バビロニア王朝(BC7世紀~BC6世紀)の王ネブカドネザル2世が、チグリス・ユーフラテス川周辺、バグダッドの南約90kmのバビロンの地に建造したジグラートと呼ばれるのががそれで、現在はその基盤跡のみが残されています。

The Tower of Babel

(ピーター・ブリューゲル)

 ヘロドトスの記述によれば、バベルの塔は一辺が185メートルの正方形で、高さも同じ185メートルだったといいます。その最上部は最高神マルドゥークが降臨する神殿でした。

 後に、アレキサンダー大王がバビロンに立ち寄り、この塔を再建しようと計画しましたが、崩壊した塔のれんがを取り除くだけで、1万人の労働者を使って2ヵ月もかかり、結局再建はなりませんでした。

 聖書では、世界の言語がひとつであった昔、人々は天まで届く塔を造り始め、神は、その人間の思い上がりに激怒し、言葉を乱して意志が通じ合わないようにしたため、塔の建設は中止され、人間は世界に分散していったとされています。

 神の怒りに触れた人類は、もはや同じ言葉を話すことはできないのでしょうか?

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1 世界標準語は実現するのか?

 「The Power of Babel(バベルの力:言語の自然史)」を著した米国の言語学者、ジョン・H・マックホーターによれば、地球上には約6000の言語があり、そのうち毎月二つずつの言語が失われているそうです。

 「バベルの塔」の例を待つまでもなく、「言語」はコミュニケーションの最も根幹を為すもので、一つの国家や民族の共通理解を形成する大きな要素です。

 これまで多くの国家が、国の統治に当たって「標準語」という考え方を導入してきたのもこういう認識からであったと思います。

 日本では、いわゆる「東京弁」が共通語とされて久しく、全国津々浦々の地域にまで浸透していますので、もはや日本に生まれて生活し、日本語(共通語)が理解できないという人はいないのではないかと思います。

 日本でこうした「言語」の均質性が確保できたのは、長い歴史の中で民族的にも均質化が進んできたことと、近代以降の放送や報道などマス・コミュニケーションの発達に負うところが大きいのではないでしょうか?

 日本民族は「単一民族」だ、という言い方を敢えてしませんでした。

 沖縄県は、かつて「琉球」という独立王国でしたし、北海道にはアイヌ民族も住んでいました。単一民族という言い方は、大和王朝や武家社会における征服の歴史を、意識の中で軽んじてしまいますし、何と言っても、現代日本には、外国出身の「日本人」がどんどん増えていますからね。

 まあ、「言語の均質性」の話で言えば、「関西弁」をはじめ「方言」もまだまだ元気ですけどね。

 現在、デファクト・スタンダードとして世界標準語に最も近い言語は英語ですね。

(「英語を話せれば10億人と話せる」と言いますね?)

 でも、華僑を含めれば「地球人の約1/4」は中国人だと言いますから、今後、中国の50以上の民族に標準語(北京語)が浸透すれば、こちらの方がデファクトになっていくのかも知れません。

喜びの北京市民

←2008年オリンピック開催が決定した直後の
北京天安門広場前。

 かつて、「人工的」に世界標準語をつくろうとする運動があり、2002年には福島市で、その全国大会が開催されました。

 その言葉は、エスペラント語です。

 しかし、この運動は「大きなうねり」になっているとまでは思えません。日本の学生の第二外国語を見ても、やはり、英語、フランス語、中国語あたりがオーソドックスなところで、エスペラント語という専攻は少ないように思います。

 ちなみに、国連公用語はというと、英語、フランス語、スペイン語、中国語、ロシア語、アラビア語の6言語とされていて、国際機関の職員の資質として、これらのうち「2ヶ国語に堪能」であることが求められるそうです。

 2000年当時、日本では小渕首相の私的諮問機関「二十一世紀日本の構想」懇談会の最終報告で「英語を日本の第二公用語に」という提言がなされたことがありました。

 しかし、この提言には、「時期尚早」との反論が相次ぎ、たちまちのうちに議論は消滅して行きました。

 そして、4年が経過し、グローバル化があらゆる分野で急速に進展する現在、果たして英語は『世界標準語』への道を歩んで行くのでしょうか?

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2 先住民族の尊厳を守るために

 ところで、皆さんはNHK教育テレビで放送されている「未来への教室」をご覧になったことがあるでしょうか?

 13歳でソマリアの遊牧民の家庭から家出をし、世界のトップモデルとなったワリス・ディリー、科学と芸術の融合を目指し、アリゾナの死火山の噴火口を利用して宇宙と一体となる芸術装置を作り上げたジェームズ・タレルなど様々な分野の第一人者が、毎回10数人の民族の異なる子供たちに人類の課題についてのレクチャーを行っています2000年4月からのシリーズ企画です。

 2003年1月11日の放送は、1992年にノーベル平和賞を受賞したグァテマラ共和国のマヤ族の人権活動家リゴベルタ・メンチュウさんの教室の再放送でした。

リゴベルタ・メンチュウ

(ノーベル平和賞受賞者)

 中南米のグァテマラ共和国は、人口が約1,200万人。16世紀にスペインによる征服を受け、1821年にスペインから独立して1838年に共和国となりましたが、以後も長く軍政が敷かれ、1960年の軍事クーデター以降1996年までの内戦で多くの人命が失われました。

 グァテマラの先住民族は、先年以上もの長い伝統を持ったマヤ族でしたが、スペインによる征服以降、長い迫害の歴史にあえいで来ました。

 マヤ族の多くはとても貧しく、ほとんどの子供は学校に行けませんし、学校に行っても、授業ではマヤの文化は教えてくれません。

 以下は、メンチュウさんの言葉です。

 今の学校教育ではスペイン語で少数者の考えが押しつけられているのです。

 民族衣装は禁じられ、人権差別的教育を受けることで劣等感を持たされ、先祖を恥じ入るようになります。

 政府は先住民族の歴史を隠し、闇に葬ります。

 先住民族が読み書きを覚えれば、法律を知り、他国の人権状況を知るようになることを恐れているのです。

 私たち民族の言葉は公用語として認められず、文化や歴史への貢献も評価されないまま、本来の姿を奪われ、押しつけられた構造の最底辺に組み込まれてしまうのです。

〔リゴベルタ・メンチュウ〕

 役人の不正を政府に訴え出たメンチュウさんの両親と弟は、軍に捉えられ、激しい拷問の末に殺されました。その後、身の危険を感じたメンチュウさんは、命がけでグァテマラを脱出し、世界中の人々に先住民の人権を訴えて行脚しました。

 私たち先住民族の知的遺産とは、科学、技術、生産のリズムや宇宙の時、種についての智恵なのです。

 世界が抱える無数の問題、民族の間の大きな格差に注意を呼びかけ、多くの人びとの良心を目覚めさせなければなりません。

 他の人びとが直面する問題に対する無感覚さを打ち破るためには、子どもたちへの総合的な教育が不可欠です。発展や進歩の概念を根底からとらえ直す世界的規模での教育が必要です。

 私は、多くの人びとが問題に気づき、人権を求める闘いに参加し、連帯を深めてゆくのでなければ、平和賞も国際先住民族年も意味をもたないと考えます。

 連帯というのは今ここで私たちがお互いに知り合うことだけではなくて、これからどんな仕事を将来に向かってしていけるのか、そしてお互いの責任をお互いに認めあう、感じあうこと、これが連帯の一つのあり方だと思っています。

〔リゴベルタ・メンチュウ〕


 こうした彼女の活動に対して、1992年にノーベル平和賞が送られました。

 メンチュウさんは、両親と弟を暴力で失ったばかりでなく、二人目の息子を病気で亡くしています。生まれて僅か20分のとても短い命でした。

 彼女が死んでゆく息子の手を握りながら語りかけたことは、「もしも行ってしまうのなら、おまえのエネルギーを世界中の子どもたちのために置いていきなさい。この世のものは、何一つ持っていかないで!」という悲痛な叫びでした。

(僕は、たまらなかったなぁ。ここのところ・・・。)

 メンチュウさんはきっと、先住民族の尊厳をかけて伝道を続けていく自分の使命と勇気を個人的な悲しみのために見失わないためにこう言ったのでしょう・・・。

花びらの儀式

(グァテマラのマヤ族)

 ところで、メンチュウさんの活動で重要なことがもう一点あります。

 彼女が継承していこうとしているグァテマラの先住民マヤ族は、実は20以上の部族があり、それぞれ別な言語や文化を持っている(!)ということです。

 つまり、彼女の活動は、そうした少数民族の言語や文化の「一つ一つ」を等しく尊重し、後世に伝えて行こうとする活動だということです。

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3 言語の多様性が人類を豊かにする

 僕は、メンチュウさんの「未来への教室」を見て、言語の多様性というものは確かに異文化のコミュニケーションを難しいものにしているけれど、一方では、それがあるからこそ人類の文化が豊かになっていくのではないかと考えるようになりました。

 例えば、エスキモーの言語には、「雪」を表現する言葉が100種類以上もあり、ほかの言語ではせいぜい一桁の表現しかない「白一色の世界」を表す語彙が200種類以上も存在するそうです。

 逆に、四季の変化に恵まれた日本では、風景の「赤い色」を表現するのに『紅(くれない)』、『朱色(あけいろ)』、『茜色(あかねいろ)』等々様々な呼び方で、微妙な色彩の移ろいやニュアンスを表現します。

 このような、それぞれの民族の生活に根ざした繊細な表現を持つ言語は、軽々しく捨て去れるものではない。むしろ、言語学者ソシュールの言うように、言語は単に身の回りの物事を指し示す記号ではなく、言語こそが民族固有の文化を形成していくアイデンティティの根源なのではないかと感じます。

 多様な言語が表現する異質の価値観や世界観を認め合うことが、相互理解の出発点だとも言えるでしょう。

アラスカのオーロラ

(エスキモーの村にて)

 一方、昨今言われる「グローバリズム」というものは、“アメリカ的な価値観を世界に押し付ける考え方”だと批判する論者もいます。

 確かに、「契約文化」を持つアメリカでは、物事の白黒をはっきり割り切る考え方が当たり前ですが、例えば日本では、対立する価値観のバランスを取ることで歴史を発展させて来たのではないでしょうか?

 おそらくこれは、日本の宗教が多神教、八百万(やおよろず)の神々を信仰してきたことと無縁ではないでしょう。

 また、国際医療支援NGOメドゥサン・デュ・モンドが「アフガニスタンの女性のヴェールを上げる」という写真展を開催し、チャドル(女性のヴェール)を人権抑圧の象徴と見なしたキャンペーンを行いましたが、このことに対して、民族文化を否定されたと感じたイスラム諸国から強い反発を招いたことは記憶に新しい出来事です。

 加えて、グローバリズムを標榜するアメリカ自身が、地球環境問題というグローバルな課題を巡って、自国の国益優先という立場をとり、京都議定書に署名しなかったことに対して、二枚舌と感じたのは、きっと僕ばかりではないでしょう。

 我々は、グローバリズムというものは、決して“特定の国の価値観を世界化する”ことではないということを、改めて肝に命じる必要があるでしょう。

アラスカの「太陽柱」

(水平線に細長い太陽が沈む現象)


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4 テクノロジーは言語の壁を超えられるか?

 さて、言語が淘汰すべきものではないとしても、依然として言語が相互理解の出発点に立ちはだかる大きな壁であることは変わりありません。

 教育によって、多言語文化を理解できる地球市民を作っていくということも、結局は人類全体から見れば、ほんの一握りのエリートにのみ可能なことではないでしょうか?

 言語の多様性を尊重しながら、なおかつ相互理解も深めていく「いい方法」はないのでしょうか?

 実は、世界には既に統一された共通言語が存在しています。TCP/IPです。

 通信の世界では、常に「標準化」というものが大きな課題でしたが、TCP/IPとIPv6の登場によって、世界中のあらゆるコンピュータがシームレスに相互通信できるようになりました。

 話言葉を理解できるコンピュータの技術開発も急速な勢いで進展しています。(←ソニーのアイボもその一つですね。)

 スターウォーズに登場するC3POは、銀河系宇宙の数百万の言語を理解できるというスーパー・ロボットでした。また、米エボリューション・ロボティクス(ER)社は、半自律型ロボットとして注目を集めた『ER1』の後継機『ER2』を公開しました。

 C3PO(右)とR2D2

 さらに、日本のバンダイは、このロボットのライセンス供与を受け、2005年までに『どらえもん』を開発すると発表しました。

 そこで、テクノロジーの未来に期待する僕の夢です。

 ネットワークの中に、多言語音声自動翻訳装置を構築し、異国を旅する人はイヤホーン型の極少ワイヤレス端末を耳に装備する。

 その異国での会話は、瞬時に多言語端末を通して超並列マザー・コンピュータで自動翻訳され、自国語で聞こえる。この端末は日本の携帯電話並みに普及しているので、相手も同じように異国の言葉を理解できる!

 会津大学の加羅先生、どうでしょう、このアイディア? バベルの塔を作るためでなく、人類の相互理解と世界平和のための技術ならば、神の怒りをかうこともないと思うのですが・・・。

 

/// end of the “その41 「民族の共生と言語」” ///

 

《追伸》 2003.1.14

 この通信の当初配信時に書いた「携帯・多言語翻訳装置」が、その後数ヶ月で実現してしまったのには本当に驚きました。しかも方式もここで書いたものと全く同じ。

 どこで実用化されたか、ご存知ない方がいらっしゃるかも知れないので、一応、書いておきますと、イラク戦争の戦後処理で現地に乗り込んだアメリカ兵たちがこれを装備してイラク人と機械通訳で会話したのです。

 会話通訳装置は、言語の記号的発音ばかりでなく、声の抑揚、クセまでも分析する(←つまり、人間の脳と同じ)ファジーな理解機能が必要だから、まだまだだと思っていたのに・・・。

 技術は結局、「軍事用」が最先端で開発されるという「定石」が、ここでも証明されて複雑な気持ちです。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

C3POの足跡

(ロサンゼルスの チャイニーズシアター前)

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To be continued⇒“44”coming soon!

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【岸波通信その41「民族の共生と言語」】2018.4.30UP

 

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