岸波通信その262「大波乱の会津茶会①」

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岸波通信その262
「大波乱の会津茶会①」

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◆「人生を振り返って」シリーズ#61「大波乱の会津茶会

 あれは2004年の事、僕は当時の県林業公社(※現:公益社団法人ふくしま緑の森づくり公社)の事務局長として出向することになった。

 財政課時代にコンビを組んで仕えていた部局長のA氏から直々に内示され、「キシナミ君、今度は課長のポスト職だからしっかりやれよ」とお言葉を頂いた。

福島県自治会館(県庁横)

(この5階が「林業公社」)

 まあ、初めての外郭団体出向だし、少し外部の空気を吸ってくるのも悪くないと気楽な気持ちで迎えた最初の赴任日41日、朝刊の第一面に三段抜きの記事が載って驚愕した。

 それは「県林業公社の借入金250億円!どうやって解消?」といったタイトルだったと思う。

 えええ~お気楽な出向じゃないじゃん!「火中の栗」かよ!!

  火中の栗

 実は、前年から県議会や監査委員で「林業公社の借入金」は問題化し、「巨額の借入金」「返済不能」「事業破綻の可能性」などと取り上げ始められていたのだ。

(このことと自分を結び付けては考えていなかった..orz

 つまり「この問題を解決しないうちは帰って来るな」ということか!?(涙)

  造林・育成事業を行う公社

 ちょっと頭がクラクラしてが、とりあえずそんなこんなで波乱の出向勤務はスタートした。

 だが、この「借入金問題」の顛末はここでは深掘りしない。その秋に起きた「大変な事件」が今シリーズのテーマなのだ。

 ←(「借入金問題」はこれはこれで波乱万丈なのだが、センシティブな内容なのでここまで。結論だけ言えば在職二年間で「道筋」を付けて「成功」した。)

鶴ヶ城での大茶会

(イメージ)

 さて、その秋に何があったかというと、武者小路千家の悲願であった「麟閣」への「扁額奉納」が決定し、これに合わせて『武者小路千家全国大会』が会津若松市で開催されることになったのだ。

  武者小路千家の扁額

 わび茶を完成させた茶聖、千利休が豊臣秀吉に切腹を命じられた後、千家を継いだ娘婿の小庵は「利休七哲」の蒲生氏郷に匿われ会津に蟄居。

 その小庵が若松城内に造らせたのが茶室「麟閣」だ。

  鶴ヶ城内茶室「麟閣」

 小庵はやがて氏郷のとりなしで赦されて京に戻り、息子宗旦を還俗させて後見人となる。

 ←(この時、宗旦は秀吉から利休遺品の数寄道具長櫃3棹を賜った。)

 この宗旦の次男宗守・三男宗左・四男宗室がそれぞれ独立し、武者小路千家官休庵・表千家不審庵・裏千家今日庵の「三千家」となって現代に繋がっているのだ。

三千家の庵

(表・裏・武者小路)

「でね、今年の秋、麟閣に官休庵の扁額奉納が決まって茶会の全国大会が開かれることになったの。だから手伝ってくれない?」とケイ子。

「えええ~ 何で僕が!?」(ホラ、250億、250億・・)

「あなた、会津地方振興局にいて色々知ってるし顔が広いでしょ。それに覚えてる?・・宗匠の若が大学生の時、二人で会津を案内したじゃない」

  茶道の三具足(みつぐそく)

 そうだった! ケイ子が官休庵流の教授だっただけでなく、僕も既にドップリと関わっていたんだっけ。(うむむむむ・・)

 ←あの時の只見川の「川霧」は凄かったなぁ・・(遠い目)

  只見川の川霧

 全国からとなると相当な人数が集まるだろう。まして今回は「扁額奉納」という大イベントがあるタイミング。

 さらに、不哲斎宗匠と若は関西方面からの参加者を引き連れて福島空港に到着するとのこと。

  福島空港発着

 なるほど・・福島空港の空港利活用班長として空港も知りイベント開催のノウハウも知る、振興局の地域振興課長として会津管内の市町村にも知己が多い僕は「今こそ貢献すべき時」かもしれない。

 そんな経過で、あらかじめ茶会前後の休暇も取得し、全面的に協力することと相成りました。

 しかあしっ!!

 まさかそのの当日、あんな事件が立て続けに起ころうとは予想だにしなかったのであります。

(To be Continued⇒)

 

/// end of the “その262「大波乱の会津茶会①」” ///

 

《追伸》

 この日、福島官休会の会津支部で現地責任社となっていた女史が交通事故を起こし途中リタイア、代わってハンドリングをやらざるを得なくなったのが僕ら夫婦。

 すると、鶴ヶ城の茶会イベントと麟閣の準備を依頼していた会社のトラブルで、会場が出来上がらず、おまけに前夜のレセプション最中に起きた新潟中越地震で阿鼻叫喚となる会場。

 そんな危機管理に対処できる人(教授さん方)は誰も居ないので、結局僕が地震後の混乱の中、不眠不休で会場設営の陣頭指揮をすることに。

 当てにしていたユウキは途中ダウン、ケイ子のご母堂は地震で具合が悪くなり途中帰福、最後はケイ子が過労で緊急入院する事態となりました。(それでも「茶会」はやって来る!)

 まるで「横山三国志」最終60刊目の「姜維一人」のような孤立無援状態に。・・うん、この時の自分を褒めてやりたい。(笑)

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

茶の湯

(イメージ)

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To be continued⇒“263”coming soon!

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【岸波通信その262「大波乱の会津茶会①」】
2026.7.15配信

 

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