岸波通信その257「喜多方生活の思い出⑤」

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Present by 葉羽
「SUMMER IN THE ISLAND」 by Music Material
 

岸波通信その257
「喜多方生活の思い出⑤」

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◆「人生を振り返って」シリーズ#56喜多方生活の思い出⑤

 喜多方ラーメンの話だが、「坂内食堂」のラーメンの旨さに感激した僕は、その後も運転手のOさんに連れられて御清水東の「まこと食堂」や喜多方ラーメンの元祖という「源来軒」などを食べ歩いた。(いずれも超絶美味しい!)

 また、職場では弁当を持って来る人が少数派で、特に男子は保健所の近くにある「かど屋食堂」や「天龍ラーメン」から出前を取ることが多かった。

現在のかど屋食堂

←澄んだ淡麗なスープが美味しい♪

 僕もご多分に漏れず、この2軒から交互にラーメンの出前を取ることにしたが、午前11時半頃には出前がやって来るのだ。(早!)

 Oさんは「伸びっちまうといけねーがんな」と言って、みんなで休憩室に行って食べ始めたので驚いた。

  ラーメンの出前

 現代だとコンプライアンスうんぬんで問題になるだろうが、おそらく当時の昼飯の出前というのは、(官・民問わず)どこの田舎町でも同じだったのではなかろうか。

 第一、そば屋(ラーメン屋)としては、大忙しとなる12時過ぎには店に居なければならず、その前に配達を終えて戻らなければならなかったからだ。

  急いで店に戻る・・

 ところで当時の喜多方保健所には、僕より2つくらい歳上で同じ高校先輩のヒラタさんと地元出身のミツボシ君、そして、5つくらい歳上の環境衛生技師イチノセさんがいた。

 歳が近かったこともあり、僕ら4人はよく休日に麻雀をして遊んだり、夜は「福満」という安い居酒屋に呑みに行ったものだ。

古い居酒屋「福満」

(生成イメージ)

 福満は既に現存しないようだが、この名前は、柳津の有名な「福満虚空蔵尊圓蔵寺」にゆかりがあったのかも知れない。

  福満虚空蔵尊圓蔵寺(柳津町)

 そこは、かなり年季の入った(というか古びた)店で、最初にヒラタさんに誘われて行ったときには驚くことがあった。

  マグロのブツ切り

 というのも、最初のツマミはマグロのブツが多かったが、親父がテーブルにそれを運んでくると「こうやっと、ンメーのナイ」と言って、醤油皿に「味の素」をたっぷり振り入れたのだ。

 ええええ~! (꒪ꇴ꒪〣

  昔の「味の素」

 確かに旨いような気にもなったが、それよりもカルチャーショックを味わったのが大きかった。(うん、旨いこと言った!)

 カルチャーショックと言えば、ミツボシ君のこれまた古びたアパートで麻雀をすることになった時、一升瓶と4つのコップが出てきたが・・

「あ! ツマミを買うの忘れてた!」と。

  コップ酒(※こんな洒落たコップではない)

 当時はコンビニなどないし、スーパーまでは距離があったので、

「何かねぇのか、なんでもいいぞ」とヒラタさんが言うと、ミツボシ君が

「そうだ!海苔あっつぉ。海苔喰うか?」

 ええええ~ 海苔ぃ~?!ヾ(0 ̄; )

 貧しかった大学時代にも考え付かなかった発想だった。

(ま・・僕らは大人しく大量の焼海苔を齧りながら酒を呑んだのだけれども:笑)

つまみは海苔!

(イメージ)

 話は変わるが、保健所には時々、本庁を始め色々な所から「お客さん」が来ることがあった。

 そうすると、決まってお昼は喜多方でも数少ない「料亭」に行って、刺し身定食・天ぷら定食・箱弁当で会食するのが通例だった。

  刺し身・天ぷら定食

 事務所の中でも「下っ端」の僕は、そこによく「御供」させられたのだが、「かど屋食堂」や「天龍」のラーメンを食べられなくなるのが不満だった。

 そんなある日、遠方から客人が来ることになり、僕は思い切って言ってみた。

「せっかく、喜多方ラーメンという文化があるんだから、お昼はラーメンにしませんか?」と。

 一瞬、部屋の空気が固まったが、(「焼酎の歌」の)T部さんが・・

「だな、それもいーんでねぇの」と。

  まこと食堂(※現在は廃業)

 で、その日は「まこと食堂」の肉そば(チャーシューメン)に案内することになったのだが、これが大成功。

 考えてみれば、料亭の刺し身定食や天ぷら定食など、どこで食べても大差ない。客人らは、とんでもない量のチャーシューに埋め尽くされた肉そばに驚愕の色を隠せなかった。(しかも旨い!)

 以後、「喜多方ラーメン屋」は客人接待の定番となった。

 そんなこんなで半年が過ぎ、いよいよ上司に打ち明ける時が来た。

「こんな若造なのにすいません。学生時代から約束している彼女が居て、そろそろ結婚を考えているのですが・・」

 だが、まだ「勘当」は解けていない。それをどう説明する??

(To be Continued⇒)

 

/// end of the “その257「喜多方生活の思い出⑤」” ///

 

《追伸》

 この時期はまだ、喜多方ラーメンがブレイクする前で、あの「喜多方ラーメンマップ」も構想中の段階でした。

 一度、喜多方を訪れた保健所の賓客は、再来時には、自ら「お昼はラーメンで」とお願いされるほどに。

 また4年後、本庁財政課に転勤した僕は、定例職員旅行の行先に「是非、喜多方のラーメンか宮古の蕎麦を」と提案し、以後、会津方面への旅行が繰り返されることに。

 そうやって喜多方のラーメンや蔵文化などを知った人たちが、どんどんリピーターになったので、僕は「喜多方ラーメン」の「ブレイクの一助」になったと自負しているのであります。

 さて、本編は次号、僕の結婚の話になります。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

「食堂なまえ」の中華そば

(太麺バージョン:僕のイチオシ)

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To be continued⇒“258”coming soon!

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【岸波通信その257「喜多方生活の思い出⑤」】
2026.5.6配信

 

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