岸波通信その182「幻惑迷彩」

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岸波通信その182
「幻惑迷彩」

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  Dazzle camouflage 【2017.9.1改稿】(当初配信:2016.1.10)

「この方式の第一目的は、すでに雷撃位置についた敵の攻撃を失敗させることよりも、艦船が最初に発見されたときに、どの位置から攻撃をかけるか判断を誤らせることだ。」
  ・・・イギリス人海軍画家ノーマン・ウィルキンソン

 1014年6月、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者であったフランツ・フェルディナントが銃撃を受けたサラエボ事件は、ドイツ・オーストリア・オスマン帝国・ブルガリアの同盟国と、イギリス・フランス・ロシアを中心とする連合国陣営が激突する第一次世界大戦へと発展しました。

岸波(後に日本、イタリア、アメリカ合衆国も連合国側で参戦。)

 「クリスマスまでには終結する」という大方の予想に反し、大幅に戦争が長期化することとなったのは、機関銃の組織的運用による戦闘形態が導入され、これを避けるために塹壕を掘りながら前進する「塹壕戦」を余儀なくされたためです。

塹壕戦

(第一次世界大戦)

 こうした陸上戦の膠着に対処するため、1916年も終りにさしかかる頃、イギリス軍部に設立されたのが陸上使用のための迷彩研究機関です。

 草地や荒れ地に模した戦闘服をデザインすることによって、地上兵が敵の目から隠れやすくするよう考案されたのです。

(現代の迷彩服)

 一方、海では、ドイツの無制限潜水艦戦によって、商船に対しても無差別攻撃が開始されたことにより甚大な被害が生じていました。

 このため、艦船に関しても「迷彩」が利用できないかと考えたのが、当時イギリス海軍の巡視艇佐官であったノーマン・ウィルキンソンでした。

(ノーマン・ウィルキンソン)

 海軍画家でもあったウィルキンソンが考案したのは、「隠れる」ためでなく「幻惑する」ための迷彩手法。いったいどのように「幻惑」するのか?

 それは、船体にマルチカラーの不規則なストライプなどを描いて艦船の大きさや形、進行方向などを分からなくするやり方で、「ダスル迷彩」(幻惑迷彩)と名付けられました。

ダズル迷彩(USSウェストマホメット号)

 これを実験的に施したのが、商船インダストリー号。同船の画像はありませんが、同様にダズル迷彩を行った上の「USSウェストマホメット号」でも分かる通り、一見、船の形を認識できず混乱は必定。

 当時、潜水艦が敵艦を発見した時に距離を測る光学測距儀は、二つのレンズから入射した画像を調整して一枚に合わせることで測定を行っていましたが、この「ダズル迷彩」を施しますと、画像を一致させた瞬間でも乱れて見えるのでした。

 距離が測れなければ船体の大きさも分からず、さらに距離ばかりでなく艦首の向きも認識しずらいことから、いったいどの方向にどのくらいの速度で航行しているか悩ませるのです。

岸波(ニセの艦首波が描かれることもある。)

 ま、奇妙キテレツなこの理論。実戦的効果は未知数でしたが、意外な副作用が。この鮮烈なデザインを見た乗組員、そして民衆までもが拍手喝采し、戦意高揚に大いに貢献したのです。

 ということで、イギリス海軍本部は「ダズル迷彩」そのものの有効性には判断を控えながらも乗組員の士気向上効果は認めざるを得ず、アラン・ライン北大西洋航路定期客船であったアルセイシャンを皮切りに正式採用されることになりました。

 さて以下は、その後にイギリスを超えて各国に採用されていった「ダズル迷彩」の艦船画像。

 まずは、ギリシャ神話から名前を取ったオリンピック号。

RMSオリンピック(イギリス)

 このRMSオリンピック号は、1912年に沈没したタイタニック号の姉妹船である客船。

 ホワイト・スターライン社がタイタニック、ブリタニックと共に建造した姉妹3船の一隻で、アイルランドなどヨーロッパ各地とアメリカ東海岸の航路に就航していた。

 大戦時、イギリス海軍省に徴用されて砲や機銃を装着し、「ダズル迷彩」が施されてカナダ政府の元、カナダからイギリスへの部隊輸送の任務に就いた。

 逆に敵軍艦を沈めるなどの活躍ぶりから「Old Reliable(頼もしいおばあちゃん)」の愛称で呼ばれるように。

 同じくイギリスの装甲巡洋艦USSリバイアサン。

USSリバイアサン(イギリス)

 ドレイク級装甲巡洋艦の4番艦として1903年に竣工。同級は速度・武装に優れた強力な艦として知られています。

 第一次大戦に参加した後、1920年に退役。

 イギリス海軍空母アーガス。

HMS アーガス

(イギリス)

 アーガスはイタリアから発注された客船「コンテ・ロッソ」としてグラスゴーで起工。第一次世界大戦の勃発によりイギリス海軍に買い取られ、航空母艦として建造されたもの。

 見て分かるように、甲板上に艦橋など構造物を設けない形式で、世界で最初の“全通甲板”を持つ航空母艦。

 真横から見ると、その形式がよく分かります。

(HMSアーガス)

 しかし「アーガス」として就役したのは、第一次世界大戦終結直前の1918年9月16日でした。  

 次はフランスの装甲巡洋艦グロワール。

グロワール(フランス)

 グロワール級装甲巡洋艦で1899年にロリアン工廠で起工。1900年4月に竣工。

 うん、これはかなり幻惑させられますね。

 こちらはアメリカの戦艦ネブラスカ。

ネブラスカ(アメリカ)

 ネブラスカはバージニア級戦艦の2番艦で、1907年7月にレジナルド・F・ニコルソン大佐の指揮下で就役。主に商船団の護衛艦として活躍しました。

 このギザギザ模様のダズル迷彩はちょっと変わっていて、ご覧の通り、そもそも「船」に見えないのですから、遭遇した敵潜水艦などはさぞや驚いたことでしょう。

 こちらはアメリカの空母ハンコック。

USS ハンコック

(アメリカ)

 同空母はエセックス級航空母艦で、同級空母としては9番目に就役。艦名はジョン・ハンコックに因みます。

 ハンコックは第二次世界大戦で沖縄を攻撃する第38高速空母機動部隊に合流。飛び立った攻撃機は7機の敵航空機を破壊し、潜水艦母艦、12隻の魚雷艇、4隻の貨物船などの破壊を支援しました。

 最後にもう一つ、現在でも往時の姿を見ることができるイギリス海軍のタウン級軽巡洋艦ベルファスト。

ベルファスト(イギリス)

 ベルファストは第二次世界大戦に就役した軽巡洋艦で、1943年のルウェー沿岸船舶攻撃作戦(リーダー作戦)や北岬沖海戦に参加しました。

 さらに大戦後、朝鮮戦争にも参加した後1963年に退役し、1971年からは海に浮かぶ大英帝国戦争博物館の別館として活用されています。

 このように「ダズル迷彩」は、第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて各国海軍に採用され、活用が広がりましたが、ベルファストのような例外を除いて、その後、姿を消していきます。

 これは、光学測距儀や航空機の進化に伴って次第にその効果が失われたこともありますが、やがて登場する索敵用レーダー技術によって完全に使命を全うすることになったのです。

 一斉を風靡しやがて歴史の中に消えて行った「ダズル迷彩」ですが、現代、その技術は思わぬところに活用され始めてています。

 その一つは「テスト・カー」。

  自動車のメーカーが試作車を社外に出さざるを得ない時、企業秘密である車体デザインを隠すために「ダズル迷彩」を施してライバル社の目を欺くのです。

ダズル迷彩を施したアウディのレーシング・カー

 また、さらに驚きの活用方法も。

 オーストリアでは、自動車速度違反取締装置にダズル迷彩を施して、レーダーの向きを分からないようにしています。

岸波(ドライバーからの発見自体は容易なので、効果は疑問に感じますが。)

自動車速度違反取締装置

(オーストリア)

 20世紀初頭、キュビズム(立体派)の描画手法を創設したパブロ・ピカソは、パリの大通りを牽引されて行くダズル迷彩の大砲を見て…

「これは典型的なキュビズムの技法を用いている。現代の迷彩手法には自分も貢献している。」

 ~と語ったと伝えられています。

(パブロ・ピカソ「泣く女」1937)

 うむぅ…確かに。

 どこか既視感を感じた「ダズル迷彩」ですが、そう言われて見ると、この発想がウィルキンソンの原点だったかもしれませんね。 

 

///end of the “その182 「幻惑迷彩」” ///

 

《追伸》

 気づいてみれば、ほぼ一年ぶりの岸波通信。

 一年前、「ここからはコンスタントに」と考えたことが恥ずかしくなって参ります。

 ま、言い訳は無しにして、できるだけ頑張ります。

 以前、博物館に勤務していた時、仕事がらみの記事をいくつか書きましたが、そういう話もご紹介したいと考えています。

 文化財の発掘って、結構、ロマンのある話があるんですよ。

 最後は、1919年にエドワード・ワズワースが描いた「ダズル迷彩の艦船」。うわぁ、これはダズル迷彩の決定版ですね。絵ですけど(笑)

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

「ダズル迷彩の艦船」

(ワズワース 1919年)

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To be continued⇒“183”coming soon!

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