岸波通信その181「情況の囚人」

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Present by 葉羽
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岸波通信その181
「情況の囚人」

1 スタンフォード監獄実験

2 情況の囚人

3 ポジティブ・チケット

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  The Positive Ticket 【2017.9.2改稿】(当初配信:2015.2.14)

「逃げようなんて思うな。ここは社会から遮断されている。誰も逃げられない。」
  ・・・「ホテル・アルカトラズ」のチェックイン案内

 もう15年ほど昔になる2001年頃の話。業務で情報政策を担当していた折に、先進地の情報収集のためにアメリカの数カ所に赴き、帰りがけにサンフランシスコに寄りました。

 フィッシャーマンズワーフの海岸から沖を見渡すと、そこにあったのはゴツゴツした岩だらけの島。あれはもしや・・・ザ・ロック(監獄島)!?

アルカトラズ島

(ザ・ロック)

 『ザ・ロック』(1996年)と言えば、その数年前に観たショーン・コネリーとニコラス・ケイジの出演作品。そう言えばクリント・イーストウッドの『アルカトラズからの脱出』なんて映画もあったっけ。これがあの舞台かと感無量。

 この島にあったアルカトラズ連邦刑務所は脱出不可能な刑務所として有名で、1906年に設置されてから延べ39人が脱獄を企て、再逮捕26名、射殺7名、溺死1名、行方不明が5名・・・つまり誰も成功していないのです(!)

 行方不明の5名と言うのは、公式には「死亡」ですが遺体は未発見。この行方不明5名の中で、1962年に脱獄を企てた銀行強盗犯2名の事件を映画化したのが『アルカトラズからの脱出』です。

 この脱獄・行方不明事件の直後、時の司法長官(後に暗殺された)ロバート・ケネディがアルカトラズ刑務所の閉鎖を決定し、観光地となっていたのが目の前の島でした。

「そうか、今は何も残っていないんだな…。」 ところがっ!

 それから約10年後(2012年)の事。この監獄がロンドンで『ホテル・アルカトラズ』として復活!?

(期間限定・4部屋(独房)だけですが。)

ホテル・アルカトラズ

 実際にアルカトラズ刑務所で使用されていたベッドや洗面所などの備品を持ち込んで忠実に復元された監獄ホテルの宿泊者を募集したところ、たちまち全日程満室というのですから驚きです。

 「横を向いて背筋を伸ばし、番号を見せろ!」

 宿泊客は完全に囚人のように扱われ、狭い独房でアメニティもない…いったい何がよくてここに泊りに来ようというのでしょうか、全く理解が…ん、待てよ(笑)

 さて、人を惹きつけてやまない監獄ホテル(笑)ですが、『普通の人』が監獄に入るとどんなことが起きるのか?

 これを社会心理学者が実際に行い、世界にセンセーションを巻き起こしたのが悪名高き『スタンフォード監獄実験』でした。

   

 

1 スタンフォード監獄実験

 1971年のこと。スタンフォード大学心理学部のフィリップ・ジンバルドー博士は「普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう」ことを証明するため実験を行いました。

 新聞広告などで集められたのは囚人役10名・看守約11名の被験者たち。彼らは実際の監獄を模した施設の中で二週間にわたりそれぞれの役割をロールプレーイングすることになりました。

映画「es」の一場面から

←監獄実験をもとに映画化。

 囚人役の被験者たちは、囚人としての屈辱を与えるために、実際の警察官やパトカーの協力を得て突然自宅で逮捕され、指紋を採取したのち看守の前で脱衣させられ、虱の駆除剤を頭から散布されます。

(うむぅ、そこまでの必要性があったんだろうか?)

 一方、看守役の被験者には、軍服のような制服と棍棒を与え、個人が識別されないようミラー式のサングラスを着用させました。

 こうして開始された「模擬監獄実験」、どのようなことが起こったのか?

 時間が経つにつれて看守役は暴力的になり、真夜中に囚人役を叩き起こして腕立て伏せを命じたり、素手でトイレを掃除させたり、頭から袋を被せて行進させたりということが勝手に行われるようになったのです。

 反抗した囚人には消火器を噴射して静止し、反攻した囚人の代表格は独房に見立てた倉庫に監禁され、そのグループは罰としてバケツに排便するよう強要されます。

 耐えかねた囚人の一人は実験の中止を求めますが、実験にリアリティを求めるジンバルドー博士はこれを却下。

 やがて看守たちは禁止事項とされていた暴力をふるいはじめ、囚人の一人が錯乱して離脱。さらに、精神的に追い詰められたもう一人の囚人を独房(倉庫)へ移し、さらに、他の囚人にこの囚人への非難を強制したことにより、彼も錯乱して離脱・・もうとんでもない情況になって行きます。

映画「es」の一場面から

←監獄実験をもとに映画化。

 しかし、実験は突然に終止符を打たれます。

 ジンバルドーから実験の評価を依頼されてやって来た牧師が、この惨状を見て家族らに連絡を取ったのです。家族らの猛烈な抗議により、二週間の予定であった実験はわずか6日で中止されることになりました。

 ”看守”らが「約束が違う」と実験継続を主張したにも関わらず…。

 さて、この実験で、いったい何が明らかになったのか?

   

 

2 情況の囚人

 とんだ結果となった『スタンフォード監獄実験』ですが、ジンバルドー博士らは、この実験から以下のように結論を導きました。

 “人は、ある集団や環境・社会的情況下において、驚くべき速さで適応しようとし~あたかも情況の囚人として~その役割を自ら演じてしまう”と。

 今ふうに言えば“情況にマインドコントロールされてしまう"という事でしょうか。そしてその典型が、監獄における「看守と囚人」の立場なのでしょう。

フィリップ・ジンバルドー博士

 日本でも、刑務所において看守が服役囚を虐待する事件が繰り返し起きています。また、2004年にイラクで起こったアブグレイブ刑務所でのイラク人収容者虐待事件は、その異常性から世界的なニュースとなりました。

 こうした“情況の囚人”現象が起きてしまうのは、『外界からの隔離』(あるいは密室)という条件があると思います。

 例えば、家庭内におけるDVや子供の虐待なども“情況の囚人”現象の一つだと思いますし、権力関係の下での会社内のパワハラ、学院内のアカハラも~知っていても誰も口を挟まない場合~どんどんエスカレートして行きます。

 「あさま山荘」を引き起こした連合赤軍メンバー同士のリンチ殺人事件、狂信的な信者たちを殺人者に仕立て上げたオウム真理教事件など、閉鎖的な集団の内部で起きた現象も同じでしょう。

連合赤軍あさま山荘事件

 他者の眼の届かない場所での権力関係は“暴走”するのです。

 そう考えてみると、歴史上多くの国で経験した独裁政権も“情況の囚人”と同根と言えるかもしれません。他者が意見しようと、独裁者が聴く耳を持たなければ同じことに陥ります。

 国際社会が形成され、マス・コミュニケーションやインターネットによってたちまちのうちに情報が拡散する現代においてさえ、報道の自由を認めずネットの検閲を行う国家があるのですから…。

 ジンバルドー博士は監獄実験後の会見で「自分自身がその状況に飲まれてしまい、危険な状態であると認識できなかった」と説明しています。

 システムをコントロールしている者(独裁者)当の本人でさえ、“情況の囚人”に陥ってしまうのです。

 昨年(2014年)の5月、ハーバード・ビジネス・レビューに経営戦略アドバイザーのグレッグ・マキューン氏による『「スタンフォード監獄実験」の逆は実行できるか』という記事が掲載されました。

 マキューン氏は、アップルやGoogle、FacebbbokなどのIT有名企業に経営戦略のアドバイスを行っているTHIS社のCEOで、2012年には世界経済フォーラムによる「ヤング・グローバル・リーダー」に選出された人物。

グレッグ・マキューン氏と
著書「エッセンシャル思考」

 彼は、アメリカ心理学会の元会長であったジンバルドー博士と昼食をともにし、その本人に対して質問したのです。

「スタンフォード監獄実験の逆を行うことは可能でしょうか?」と。

   

 

3 ポジティブ・チケット

 “スタンフォード監獄実験の逆”とはどういう意味か?

 この監獄実験では、被験者が「与えられた役割と情況」にマインドコントロールされ、どんどんサディスティックな行為に暴走して行きました。ならば、“良い役割と情況”を与えれば人間は善良になって行くのかと言うのが、質問の真意だったのです。

 これに対し、ジンバルドー博士は「ミルグラム実験の逆は可能だろうか?」と質問に質問を返すという結果だったのですが、実は、マキューンは既に答を知っていたのです。

 それが『ポジティブ・チケット』という社会実験でした。

(ポジティブ・チケットは『第3の案 成功者の選択』(スティーブン・R.コヴィー とブレック・イングランド共著)でも紹介されています。)

「第3の案」

(著:スティーブン・R.コヴィー
&ブレック・イングランド)

 同時多発テロが起こった2011年9月11日の直後にカナダのリッチモンド警察署の署長となったウォード・クラッパムは、再犯率が60%にものぼる青少年犯罪の急増問題に直面します。

 警察の取り締まりが全て“事後対応”であるという制度の根幹にかかわる前提に疑問を投げかけたのです。「最初から罪を犯そうという気にさせない仕組みはつくれるだろうか?」

 彼の考えた結論は、良い行いをしている若者を捕まえて『ポジティブ・チケット(善行切符)』を切るという仰天のシステム。

 自治体や地元企業との協力の下、この切符を貰えば映画館や青少年センターが無料で利用でき、ピザから携帯ミュージックプレーヤーまで、あらゆる景品と引き換えることができるのです。

 このチケットにはこう書いてあります…「あなたは良い行いをしたので逮捕されました!」

 彼が発行したポジティブ・チケットは年間平均で約4万枚。同期間に切られた違反切符の3倍に上ります。この社会実験の結果、青少年犯罪は半減し、再犯率も60%から8%へと劇的に減少しました。

 問題はコスト? …問題ありません。ポジティブ・チケットの発行に要したコストは、従来の司法制度で罰を与えるコストの10分の1に抑えられたのですから。

リッチモンド

(in Canada)

 グレッグ・マキューンがジンバルドー博士に言いたかったこと…「悪い状況を与えれば人間は邪悪になり、良い状況を与えれば善良になる」のです。

 僕は、人間のダークサイドにしか眼を当てていなかった心理学実験は、非常に片手落ちだったように感じます。もちろん若きクラッパム警察署長が発想したのは心理学的命題を証明しようとしたものでは毛頭ありませんが、どちらのアプローチがより社会に役立ったのかは結果を見れば明らかでしょう。

 不良少年だった息子の育ての母親が目に涙を溜めながら語ったエピソードが『第3の選択』に紹介されています。

 息子の部屋の壁にはポジティブ・チケットがピンで留められたままになっていました。何故チケットを使わないのか彼女が尋ねると、こう答えたと言います。

「絶対に使わない。おまわりさんが言ったんだ。君は素晴らしい子だ。何でもなりたいものにきっとなれる、とね。だからチケットはずっととっておく。」

 

/// end of the “その181 「情況の囚人」” ///

 

《追伸》

 第二の人生も軌道に乗って来まして(笑)、先日、another world.の方も二本、新作をアップしました。「通信本編」の方も、長いインターバルを埋めて早く完全復帰しようと「まず一本」を目指した次第。

 スタンフォード監獄実験のジンバルドー博士が、その後、全米心理学会の会長を務めたことは今回、再調査するまで知りませんでした。彼は、監獄実験の終了から約10年間、それぞれの被験者をカウンセリングし続け、後遺症が残っている者がいないことを確認しました。

 社会にセンセーションを巻き起こした実験でしたが、彼自身払った代償も決して小さなものではなかったのです。もしかすると、その手厚いフォローがあったからこそ、学会の会長職に推されたのかも知れないと思いを巡らしています。

 それにしても「ポジティブ・チケット」…こういうことを発想する日本の警察署長は居ないものですかね。あ、法律的に無理か。

 いや、やろうと思えば決してできないとも…誰がやればいいんだ? うむむむむ…。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

チェックイン風景

(ホテル・アルカトラズ)

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To be continued⇒“182”coming soon!

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