岸波通信その177「書評◆モノレールねこ」

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岸波通信その177
「書評◆モノレールねこ」

1 書評の掟

2 加納朋子とモノレールねこ

3 シムタイム・ネクストイヤー

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  Book review of "モノレールねこ"  【2017.9.2改稿】(当初配信:2012.6.4)

「冗談じゃない。今、この家を狙うなんて、冗談じゃない。頼むから、やめてくれ。」
  ・・・加納朋子「モノレールねこ」から“バルタン最後の日”より

 通信で書評じみたものを書くのは久しぶりです。

 岸波通信初期の段階で、海外ミステリーの名作「ギムレットには早すぎる」と「死にゆく者への祈り」を採り上げて以来でしょうか。

 (厳密には二つとも「書評」ではありません。)

 ところが一年ほど前から、再び“本の虫”が騒ぎ始めたのです…。

The Long Goodbye

(レイモンド・チャンドラー)

←「ギムレットには早すぎる」の名文句が。

 と、いうことで、今回の通信は、久しぶりの書評を書くに至りました。

 たくさん読みすぎていて、どれにしようか迷ったのですが、加納朋子さんの「モノレールねこ」を採り上げます。

 でも、その前に…。

 

1 書評の掟

 実はこれまでも映画を観る本数以上、ラーメンを食べる回数未満は読書の虫だったのです。

 しかし、通信で採り上げるには至りませんでした。というか、通信で書くのは難しいと考えていたのです。

 というのも、「cinemaアラカルト」であれば、映画が作られた経緯や俳優の演技、撮影の裏話などストーリー以外にも書くことはたくさんあるのですが、こと「本」の場合、特に僕の好きなミステリーやストーリーものの場合は、ちょっと感想を書いただけで“肝心な部分”がネタバレしてしまう恐れがあるからです。

 実際、これには、僕自身が何度も痛い目に遭っておりまして、例えばクリスティの『アクロイド殺し』の場合、たまたま目にしてしまった書評で“アンフェア”という一言があっただけで、読む前から犯人像が浮かび、それが的中してしまったのです。

アクロイド殺し

(アガサ・クリスティー)

 予見無しに読んだとすれば、あっと驚くどんでん返しに喝采を叫んでいたのに違いありません。ああ、それなのにそれなのに…。

 人間、一生のうちに読む本で、本当に出合えてよかったと思える本はそんなに多くはありません。そうした本を読み終える喜びを、一つ台無しにしてしまった思いでした。

 こういう反省に立ち、これから「通信」で採り上げる本については、『ストーリーに触れつつも肝心な部分はネタバレしないように書く』、『(ついついネタバレを示唆してしまう可能性があるので)あまり長く書かない』を掟といたします。

 では、そういう前置きで、第一回は「モノレール猫」から。

 以下、本編。

 

2 作者加納朋子とモノレールねこ

 作者の加納朋子さんは、北九州市出身の推理小説家。

 1992年にデビュー作『ななつのこ』で第3回鮎川哲也賞を受賞し、以後、日本推理作家協会賞など数多くの賞を受賞しています。

 推理小説と言っても、彼女の場合、血なまぐさい殺人事件が起きるわけでもなく、ごく普通の日常の中にある“不思議な出来事”がモチーフとなることが多いのです。

 2009年6月に文春文庫から発売された『モノレールねこ』は、表題作の「モノレールねこ」をはじめ「マイ・フーリッシュ・アンクル」や「バルタン最後の日」など8つの掌編をまとめた短編集。

 有名ブロガーのきっこさんが絶賛していたのを目にして、“これは是非読んでみたい”と考え、早速、書店に注文して入手しました。

モノレールねこ

(加納朋子)

 第一編目のタイトル「モノレールねこ」というのは、主人公の少年(後に青年)の家に勝手に上がりこんできたデブデブの野良猫のことで、塀の上で、お腹の肉を両側に垂れ下げながら日向ぼっこする姿が、まるでモノレールみたいだということで少年が名付けたのです。

 最後の八つ目の「バルタン最後の日」のバルタンは、お人よしの少年が川で釣ってきたザリガニのことで、その一家に起きる様々な事件をザリガニであるバルタンの視点から書いたもの。

 いずれも日常のさりげない風景が舞台で、誰一人、悪人がいない登場人物たちが不思議な出来事に巻き込まれ、最後にその謎が解決するまでを綴っています。

 この“誰一人、悪人がいない”というのが彼女の小説の特徴で、それでいながら、登場人物たちは人生の哀しみ、苦しみを背負っているのです。

 そしてどのストーリーも、読み終わったあとに温かな気持ちになり、しみじみとした感傷に浸れる作品ばかり。

 そんな中で、僕がここで採り上げたいのは5番目の「セイムタイム・ネクストイヤー」です。

 

3 セイムタイム・ネクストイヤー

 「セイムタイム・ネクストイヤー」の主人公の主婦は、5歳になった一人娘を病気で亡くし、生きる希望を失っています。

 ショックを和らげようと考えた夫は彼女を旅に誘いますが、彼女は「それなら一人で行きたいところがあります」と。

 夫は、その言葉を聞いて動揺します。彼女が行きたいと言ったのは、かつて三人で娘の誕生祝をした山奥のホテル、そして、行きたいと言った日は娘の誕生日だったからです。

「幸せな想い出のある場所で死のうとしているのではないか…」

 反対を押し切って想い出のホテルに宿泊した彼女は、その夜、不思議なものを目にしました。何と、亡くなったはずの娘が廊下に現れ、それを追いかけると幻のように消えてしまったのです。

 そう言えば、このホテルで誕生祝をした晩、夫と娘が「幽霊を見たよ」と笑いあっていたことを思い出しました。

「もしかして、今のが幽霊?」

セイムタイム・ネクストイヤー

←こちらはバーナード・スレイドの原作による
同名のミュージカルの公演チラシより。

 不思議な出来事をホテルのバーテンダーに話すと、彼は答えます。

「このホテルでは、一年に一度だけ亡くなった方に出会えるという噂があるのです。生前と同じように笑ったりしゃべったり…そして毎年、成長されるのだそうでございます。」

 彼女は、その言葉に一縷の光を感じ、「また、来年の娘の誕生日にもここへ来よう」と生き続ける決心をするのでした。

 そして二年目、三年目と年を重ねる中で、幽霊と思った自分の娘は確かに自分の目の前に現れて、彼女と一晩を過ごすようになります。でも、朝になると消えてしまうのです。

 それでも彼女はしあわせでした。

 毎年、成長を重ねる娘と、年に一度だけでも出会えることができるのですから。

 しかし、年に一度の幸せなイベントにも終わりがやってきます。

 彼女が重い病に冒され、余命いくばくも無いことが医者に告げられるのです。

 幻の娘にその事を告げなければと決心をして訪れたホテルで、彼女は事実を知ることになるのでした…。

 ~僕は、この主人公の気持ちに感情移入しながら読み進めるうち、胸が締め付けられるような気持ちになりました。

 「親が死に やがて子供死に 孫が死に」というのは、一休宗純和尚が説いた“めでたい話”だそうですが、子供に先発たれた親御さんほど気の毒なものはありません。

 あるいは事故で、あるいは病で、お子さんを亡くされた方が僕の周囲にも何人かいらっしゃいますが、その憔悴たるや見るも無残で、慰めの言葉もかけることができませんでした。

 この話の主人公の境遇は、どこにでもある話で、いつ自分にそんな不幸が訪れるかも知れないのです。大震災を経験した被災三県に住む身であれば、他人事ではありません。

 そういう絶望に沈んだ主人公の身の上に起こった奇跡のような出来事。それなのに、それさえ奪われようとしている。

 この部分がなければ、「セイムタイム・ネクストイヤー」はただのファンタジーになっていたでしょう。

 絶望から立ち直った人間が、さらなる試練を受ける…これもまた現実では、よくある事なのです。

森の風景

(※本文とは特に関係がありません。)

 ただ頭の中で練った薄っぺらなストーリーではなく、作者の加納朋子さんは“現実”にしっかりと足を下ろしていると思います。

 人生というものをよく分かっている…そこが彼女の小説の魅力です。

 ならば、「セイムタイム・ネクストイヤー」は悲劇で幕を閉じるのか?

 いえいえ、まだ肝心の“幽霊ホテル”の謎が解かれていません。そして、愛情深い彼女の夫も、彼女をただ放置しただけなのか。

 最後のページを読み終えたとき、それまで見逃していた伏線がいっきに解かれます。これぞミステリー。

 作者の用意した、この上ない優しいエンディングによって、深い感動に包まれることでしょう。

 「モノレールねこ」の8篇は、いずれも幸せな余韻に浸れる佳作ぞろい。中でも僕のオススメは、この「セイムタイム・ネクストイヤー」と最後の「バルタン最後の日」です。

 まだ、彼女の作品は、この一冊しか読んでいませんが、他の作品も順次読破しようと思っています。

 人生につまづいてた貴方、本当の優しさに触れたい貴方、この作品、必読です。

 

/// end of the “その177 「書評◆モノレールねこ」” ///

 

《追伸》

 加納朋子さんの最新作は『無菌病棟より愛をこめて』。この本の帯には次のように書かれています。

2010年6月、私は急性白血病だと告知された。

愛してくれる人たちがいるから、なるべく死なないように頑張ろう。

たくさんの愛と勇気、あたたかな涙と笑いに満ちた壮絶な闘病記。

 そんな状況にあることを知りませんでした。

 血液の癌と呼ばれる白血病は、5年生存率が3分の1ということですが、僕も同じような宣告を受けた父と暮らす日々であるがゆえに他人事とは思えないショックを受けました。

 少しでも長く命を紡いで、ハートフルな作品制作を続けていただけるよう、心からお祈り申し上げます。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

無菌病棟より愛をこめて

(加納朋子)

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To be continued⇒“179”coming soon!

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