岸波通信その164「ハーメルン」

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Present by 葉羽
「この想いを君に」 by (SARAPURI)
 

岸波通信その164
「ハーメルン」

1 坪川拓史監督と作品

2 ハーメルンの舞台

3 ハーメルン応援団

4 坪川監督の来館

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  Hamelin   (2017.10.22改稿)当初配信:2010.8.20

時の笛が鳴り、人々は記憶の宿るその町を出て行った。」
  ・・・映画「ハーメルン」

 2010年7月中頃のこと。

 岸波通信で「ピカイチな毎日」を連載しているピカイチ君から博物館のデスクに電話がありました。

「突然ですけれど、是非会って欲しい人がいるのです。」

「喜んで!で、どなたと・・・?」

坪川拓史さん

←映画監督兼俳優兼アコーディオン奏者
(※くものすカルテットとして演奏中)

 ・・・紹介された相手というのは、映画監督の坪川拓史さん。

 なんでも、会津を舞台にした映画を撮影したいとのこと。

「構いませんが、それがどうして僕に?」

「博物館を撮影で使わせて欲しいという用向きなんです。」

「ほーぅ・・・どんな映画なんですか。内容に問題なければ協力できると思います。」

「いたってまじめな映画ですよ。で、どうしても博物館のシーンが欠かせないんです。」

「・・・それはまた何故?」

「映画の主人公が、福島県立博物館の学芸員なんです。」

「ええー!!」

 ~ということで今回の通信は、博物館が重要なモチーフとなる映画「ハーメルン」についてご紹介いたします。

 

1 坪川拓史監督と作品

 坪川拓史監督は、1972年に北海道長万部町で生まれた新進気鋭の映画監督・俳優・アコーディオン奏者。

 2005年の長編第一作「美式天然」(うつくしきてんねん)は、第23回トリノ国際映画祭のグランプリと最優秀観客賞をダブル受賞するという日本人初の快挙を成し遂げて一躍有名になりました。

 続く2007年の「アリア」は第2回フランスKINOTAYO映画祭の最優秀観客賞と第4回ユーラシア国際映画祭(カザフスタン)の最優秀作品に選定されました。

美式天然

(C)LaVals FILM

 「美式天然」は、取り壊しが決まった坪川監督の故郷の古い映画館をモチーフとした作品で、現在と過去、過去の映画館で上映されるはずだった「美式天然」という映画の三つのストーリーが並行して描かれます。

 昭和の初めに田舎の映画館で働いている少年。

 人々は無声映画「美式天然」のフィルムが到着するのを首を長くして待っていたが、映画を愛する少年は、その悲しいラストに耐えられずフィルムを砂浜に埋めて失踪します。

 時は流れて現代。

 夫の死後、部屋で花の絵を描き続ける女性とそれを見守る娘。

 そんな二人の元に突然、祖父が転がり込んできて、届けられなかったフィルムを巡って二つの時代の物語が動き出します。

 映画館の弁士を演じたのが小松政夫、現代の祖父の役がムーミンパパの声優にして本作の完成を見れずに亡くなった高木均、未亡人の絵描きが吉田日出子。

 全編、映画への愛とリリシズムに包まれたこの映画、乏しい製作費の中で9年をかけて完成したその制作秘話だけでも一遍の独立した物語になりそうな珠玉の作品です。

アリア

(C)LaVals FILM

 二作目の「アリア」に関しては、奥会津三島町在住の遠藤由美子さん(奥会津書房編集長)が、毎日新聞にハーメルン紹介のために投稿した文章の中に記述があるので引用します。

「・・・(前略)・・・エンディングロールが静かに流れるころ、気がつくと涙が流れていた。

 それはとても不思議な、詩情あふれる美しい映画だった。

 映像は時にモノクロームかと錯覚するような静けさを湛えて、美しいものが必然のように孕む哀しみに裏打ちされて鮮烈だった。

 それは、坪川監督の視座の透明感、対象に向き合う誠実さの証明でもある。

 映画の本当の主人公は、「時間」や「記憶」なのかもしれない。

 周囲が時折イコンのように感じられる不思議な奥行きと独特の様式には、どこかヨーロッパの雰囲気も漂っていた。

 説明的な台詞をギリギリまで省いた勇気は、観客の感性を信じてくれているからなのだろう。

 ロシアの夭折した映画監督アンドレイ・タルコフスキーを思い出していた。

 何年ぶりかで、もしかしたら十何年ぶりかで出会えた、魂を揺さぶられるような静かな感動の余韻は今も続いている。」

 

2 ハーメルンの舞台

 今回の映画「ハーメルン」は、「美式天然」と「アリア」に続く三部作の最終作品という位置づけになっています。

 ストーリーが織り成す舞台は、現実の街や村が登場するワケではありません。

 もちろん、主人公も“福島県立博物館の学芸員”という実在施設の肩書きではありません。

 ただ、その重要なモチーフとなるのは二つの場所です。

 その一つが北海道に実在する「海辺の鉄橋」、そしてもう一つが奥会津昭和村にある「喰丸小学校」です。

喰丸小学校

(C)昭和村役場

 昭和村は福島県大沼郡にある山里で、高齢化率が55%(全国第二位)に達する限界集落。

 本州では唯一、古代の織物と言われる苧麻(ちょま、カラムシ)の上布「からむし織」を伝統技能として受け継いでおり、その織り子を全国から募集した「織姫の里」としても有名になりました。

 しかし、人口流出と高齢化によって、昭和村の喰丸小学校は昭和55年に廃校となり、旧校舎は取り壊されることが決まっています。(※その後、保存が決定しました。)

 坪川監督は、自身の三部作の集大成「ハーメルン」の舞台として相応しい場所を捜し歩くうち、この廃校にたどり着いたのです。

 その校庭には、昭和村の子どもたちを見守り続けてきた大きな銀杏の木があり、映画の中でも重要なシンボルとして登場するはずです。

 それでは、どのようなストーリーなのか?

 「ハーメルン」の公式サイトに掲載されているストーリーを引用します。

映画「ハーメルン」ストーリー紹介 (※公式サイトより引用)

 その町の入り口には、大きな鉄橋が架かっていた。

 町を出入りする列車は、その鉄橋を渡るたび、淋しげな汽笛を鳴らす。

 ドイツの伝承話「ハーメルンの笛吹き男」に登場する怪しげな楽師が吹いているかのような、その淋しげな汽笛が響くたび、今日も、町には誰かがやって来て、そして誰かが去っていく。

 子供の頃からこの汽笛の音が嫌いで、町を出て行った男が、父の死を契機に都会から帰郷する。

 廃校になった校舎に住む元校長、その校長が組織する音楽隊、縄文遺跡の研究チーム、閉鎖が決まっている老人ホームの残りわずかな入居者達。

 彼らと過ごすうち、男は嫌っていた町に少しずつ馴染んでいく。

 そんなある日、廃校に、怪しげな“自称卒業生”の男が現れ、「かつて、卒業式に校庭の木の下に埋めたタイムカプセル」を、こっそり掘り出したいと言い出す…


映画「ハーメルン」

(C)LaVals FILM


 

3 ハーメルン応援団

 現在、僕が聞いている話ですと、廃校になった小学校に住む元校長先生の役が倍賞千恵子さん、ほかに西島秀俊さん、佐野浅夫さんらが出演予定とのこと。

 西島秀俊さんと言えば、テレビの「チーム・バチスタ2~ジェネラル・ルージュの凱旋~」でジェネラル・ルージュ速水晃一役を演じたほか、これまで第9回と15回の二度にわたり「日本映画プロフェッショナル大賞」の主演男優賞を受賞している確かな演技派。

西島秀俊

(C)LaVals FILM

 この喰丸小学校(※映画の中では架空の小学校)で倍賞千恵子校長先生の教え子であった西島秀俊さんが、実父の死を契機に地元の博物館の学芸員として帰ってくるのです。

 彼は考古分野の学芸員・・・ということで、その研究に関連するシーンを我が博物館で撮影することになります。

 そのほか、映画の殆どのシーンは昭和村の中で撮影されるということで、昭和村の馬場村長が応援団長として応援チラシに言葉を寄せています。

映画「ハーメルン」を応援します。福島県大沼郡昭和村村長馬場孝允 (※応援チラシより)

 過日、映画監督の坪川拓史氏が我が昭和村を訪ねてきました。

 お話しを伺うと、彼の長編三作目となる映画『ハーメルン』のロケを昭和村でおこないたいとのこと。彼は「映画の約8割は昭和村が舞台。廃校になった喰丸小学校を中心に物語が展開される。自分としては単なる舞台ではなく、昭和村の美しい景色、そして喰丸小学校を映画の主人公の一人として考えている」と熱く語りました。

 昭和村は人口1,500人の小さな村です。喰丸小学校は明治22年開校し、昭和55年廃校となりましたが、昭和12年建築の現在の木造校舎は築72年の間、村と会津、そして福島と日本を見守ってきました。

 しかし、その校舎は取り壊しが予定されています。老朽化により、維持と保存が年々困難になってきたのです。そうした折、村民の想い出と重なる小学校が、映画『ハーメルン』によって命の輝きを取り戻し、映像の中に半ば恒久的に生き続けると云うことは、私のみならず村民にとっても誠に喜ばしいことです。

 映画を完成させるまでには大変な苦労があると推察しています。私はそれらを乗り越えようとする若き坪川拓史映画監督の情熱を高く評価し、応援しています。また私はこの映画を通して、昭和村の未来のひとつを築けたならばと希望しております。

 皆様方にも多大なるご支援を切にお願いするとともに、映画『ハーメルン』が完成し、世に送り出されることを強く祈念しております。

平成21年10月吉日

 ここまで来れば「岸波通信」の読者の方はもうお気づきと思いますが、そもそもピカイチ君が何故この話の仲立ちをして来たのか?

 それは、ピカイチ君自身が昭和村の応援団の一人だからです。

 彼が昭和村の子供たちを相手に講演をしたり、シンガーソングライターとして子供たちを励ます曲を作り、演奏活動を行った様子は彼のコーナーでもご紹介しています。

 

4 坪川監督の来館

 その後、坪川監督本人と連絡を取り合い、7月に博物館へ来ていただきました。

 赤坂憲男館長も在館日であったその日、館を訪れたのは坪川監督と映画のスタッフではなく楽隊のメンバー(!)、そして上でも紹介した奥会津書房の遠藤由美子女史でした。

 実はこの日彼らは、昭和村で自身がメンバーである「くものすカルテット(通称:くもカル)」の演奏会があり、そのついでということで、僕が無理を言って立ち寄ってもらったのです。

喰丸廃校

(大沼郡昭和村)

 「ハーメルン」についての想い、くもカルの活動などについてお話をいただいた中で驚いたのは、これだけの国際的評価と実績を持っている監督が、いわゆるスポンサーを持たずに、募金などで製作資金を集めているとのこと。

 「美式天然」も「アリア」も評価の高い名作でありながら、“国内未公開作品”であるために、興行収入を得ていないのです。

 うーむ・・・たしかに遠藤由美子さんの新聞投稿にもありました。

『ここを撮影地と決めて1年余りが過ぎた。坪川監督の作品ならと出演を快諾してくれている倍賞千恵子さん、西島秀俊さん、佐野浅夫さんら俳優さんたちは、資金難を厳しい状況を察知してか、予定を空けて待っていることを言葉にしない。』

 赤坂館長から核心を突く質問が・・

「資金の見通しはどうなんですか?」

 僕はドキッとして監督の表情を窺ったのですが、坪川監督はしばらく言葉を選びながら・・

「できる・・と考えています。これまでも、そういう中で製作をして来ましたから。」

喰丸廃校の大銀杏

(C)昭和村役場

 その誠実な言葉の選び方、穏やかで真摯な表情に胸を打たれました。

 軽口でもなければ虚勢でもない・・・かみ締めるような落ち着いた物言いに坪川監督の人間性、そして、彼を信じて待つ俳優さんたちの信頼の意味を理解したような気がしました。

 そして、同行してきた遠藤由美子さんが口を開く。

「きっとあの喰丸小学校が実現させてくれますよ。大丈夫。」

 うん、きっとそうに違いない。

 それを聞いて、彼女が投稿の中で書いていた言葉を思い出しました。

「ハーメルン」に関する新聞投稿より (奥会津書房編集長:遠藤由美子)

 おそらく喰丸小学校は、時の笛が鳴り、激しく移り変わる日々の中で失われゆくものを、最後まで見つめ記憶にしてほしいという願いを坪川監督に託したのだ。

 (中略)

 過疎や高齢化という言葉を冠され続けてきた昭和村は、今、目に見えない大切な心を伝える場所として、世界にその存在が発信されようとしている。

 この映画を完成させたい。

 10数年前・・・会津に勤務して、昭和村の織姫事業の立ち上げに関与し、昭和村の人々と共に日本でもう一箇所のからむし織産地、沖縄県石垣島を尋ねた僕も改めて思います。

 “この映画を完成させたい”

 皆様の心からの応援をお待ちしています。

 

/// end of the “その164 「ハーメルン」” ///

 

《追伸》

会談後の館内での後日談・・・

「坪川さん・・どうでした?」

「実に好青年ですね。」

「今どき、あんな真っ直ぐな青年が居るんですね。日本も捨てたもんじゃない。」

 ・・・という話になるくらい、実にすがすがしい印象の人物でした。

 でも、まだ坪川監督に話していないことがあるのですよ。

 それはっ!

 この「ハーメルン」の主人公さながらの人物が実際にいるのです。

 それは、昨年まで県立博物館の学芸員であったSさん。

 彼は退職して昭和村の喰丸廃校近くの自宅へと戻り、ひとり民俗学の研究を続けているのです。

 まさに事実は小説より奇なり。

 坪川監督がたまたま廃校と大銀杏の風景に惹かれて撮影場所と決定したその土地に、映画の主人公と同じ境遇の人物が実在していたのですから!

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

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To be continued⇒“165”coming soon!

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