岸波通信その162「ミヒャエル・エンデの真実」

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岸波通信その162
「ミヒャエル・エンデの真実」

1 ネバーエンディング・ストーリー

2 エンデの遺言

3 マイナス金利~老朽化する貨幣~

4「地域通過」のその後

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  Money to become obsolete  (2016.11.28改稿)当初配信:2010.3.3

「本当の物語は、みんなそれぞれにはてしない物語なんだよ」
  ・・・ミヒャエル・エンデ

 映画「ネバーエンディング・ストーリー」の原作は、ドイツの児童文学作家エンデの『はてしない物語』です。

 いじめられってこの少年バスチアンは、読んだ者を、本当にストーリー世界に引き込んでしまうという不思議な本に出合います。

映画「ネバーエンディング・ストーリー」

(勇者アトレイユと龍のファルコン)

 バスチアンがストーリー世界の勇者アトレイユとシンクロして大活躍する壮大なファンタジーは、時の少年少女たちの心を虜にしました。

 ある意味、この設定は、現在大ヒット上映中の3D映画「アバター」の原型と言えるかもしれません。

 でも、そのエンデが経済について深い洞察を持っていたことはあまり知られていないのではないかと思います。

 ということで、今回の通信はミヒャエル・エンデの驚くべき経済哲学についてのお話です。

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1 ネバーエンディング・ストーリー

 1929年にドイツのバイエルン州で生まれたエンデは、決して幸福な生い立ちではありませんでした。

 ナチスが台頭を始めたこの時代にシュールレアリスムの画家であった父エドガー・エンデは“退廃芸術家”の烙印を押されます。

 さらに戦争が始まると、年端もいかない14歳からの少年たちが徴兵され、たった一日の訓練を施されただけで前線に送り込まれたのです。

 前線に送られてたった一日で学友3人が命を落とし、恐ろしくなったエンデは召集令状を破り捨てて逃亡しました。

ミヒャエル・エンデ

 彼が20代半ばになった時、父エドガーは自分と同じ年代の愛人を作って同棲。

 エンデは、絶望した母を支えながら童話を書いて苦しい生計を立てることになりました。

 やがて、彼の名を一躍世に知らしめることとなる『モモ』を出版。

 その後に書かれた『はてしない物語』で、彼の名声は不動のものとなりました。

 そんなエンデですが、実は日本との深い繋がりがあるのです。

 1977年に初めて日本を訪れたエンデは、能や歌舞伎を鑑賞して感動し、禅寺を訪ねては日本の精神文化にも深い興味を示しました。

 そして、彼の奥さんは日本人(!)

 『はてしない物語』を日本に紹介した翻訳者の日本人女性と結ばれたのです。

はてしない物語

(ミヒャエル・エンデ)

 また、『ネバーエンディング・ストーリー』を映画化する際に、”監督は黒澤明、ファンタジアの御姫様役は白装束を着せた日本人の少女”でと要求したのも有名な話。

 しかし…

 彼の要求が入れられることはありませんでした。

 そればかりか、製作会社はエンディングを正反対の結果に改変し、意見の合わないエンデが撮影現場に立ち入ることさえ拒んだのでした。

 何故そんなことに?

 実は、製作側で自由にストーリーを改変できる条件は契約書に書いてあったのですが、エンデがそれを見落としたのでした。

 エンデは裁判に訴えますけれど、契約書が根拠となって敗訴。

 映画のオープニングに原作者エンデの名前が出てこないのは、そのようなワケがあったのです。

 ところで…

 ここでご紹介したいのは、エンデのファンタジー著作についてではなく、彼が晩年に心血を注いだ思想についてのこと。

 その思想こそ、彼の生涯をかけた研究“新たなる経済哲学”に関するものでした。

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2 エンデの遺言

 1995年に胃癌で亡くなる前の年、ミヒャエル・エンデは日本を訪れました。

 彼はNHKを訪問し、一つの企画番組の提案を行っています。

 テーマは「根源からお金を問う」こと。

 環境、貧困、戦争、精神の荒廃など、現代の様々な問題にはお金のあり方が絡んでいると言います。

エンデの遺言

~根源からお金を問う~

←NHK・BS第一放送より。

「そこで私が考えるのは、もう一度貨幣を実際になされた仕事や物の実態に対応する価値として位置づけるべきだということです。」・・・エンデ

 本来、貨幣システムは、社会的分業が進む過程で、互いに必要なものを交換しやすくするために生まれたもの。

 ところが近・現代…

 “金融”や“株式”という概念が成長すると、マネーゲームを介してお金は「お金を手にいてるための道具」として機能し始めます。

「重要なポイントは、例えばパン屋でパンを買う購入代金としてのお金と株式取引所で扱われる資本としてのお金は、二つのまったくおとなった種類のお金であるという認識です。」・・・エンデ

 エンデが提案した企画は、彼の死から5年後に製作され、NHK・BS1で『エンデの遺言』としてオンエアされました。

 番組では、エンデと交友があったスイスの経済学者ヴィンスバーガーが出演し、経済が自己増殖する宿命を持ったそもそもの元凶は「利子」の存在にあると指摘します。

ウォール街

 さらに『金利ともインフレとも無縁な貨幣』の著者マルグリット・ケネディは…

「利子のシステムから利益を得ているのはほんの一握りで、現代アメリカでは人口の1%がその他の99%よりも多くを所有しています。

 つまり、どんどん貧しくなる国があり自然環境が奪われ続ける一方で、少数の者たちが膨大な利益を吸い上げているのが今の経済システムなのです。」

 ~と主張します。

「古い文化が残る世界のどの町でも、その中心には聖堂や神殿があります。
 そこから秩序の光が発していました。
 今日では大都市の中心には銀行ビルがそびえ立っています。」・・・エンデ

 では、どうすればそのスパイラルから脱出できると言うのでしょうか?

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3 マイナス金利~老朽化する貨幣~

 番組の中で、エンデはこう語ります。

「私が知る限り、それはシルビオ・ゲゼルから始まりました。そのことを真剣に考えた最初の人です。ゲゼルは、『お金は老化しなければならない』とういうテーゼを立てました。

 さらに、『お金は経済活動の最後のところでは、再び消え去るようにしなければならない』とも言っています。

 つまり、例えていうならば、血液は骨髄で作られて循環し、役目を終えれば排泄されます。循環することで肉体が機能し、健康が保たれているのです

 お金も、経済という有機組織を循環する血液のようなものだと主張したのです。」

シルビオ・ゲゼル

 なるほど…しかし、具体的にはどうすればいいのか?

 最初にオーストリアのヴェルグルという町が、「労働証明書」という地域通貨を導入してゲゼル理論の実践に挑戦しました。

 その通貨の裏面には、このように記されています。

「諸君、貯め込まれて循環しない貨幣は世界を大きな危機、そして人類を貧困に陥れた。
 労働すれば、それに見合う価値が与えられなければならない。
 お金を一部の者の独占物にしてはならない。
 この目的のために、ヴェルグルの『労働証明書』は作られた。
 貧困を救い仕事とパンを与えよ」 ・・・「労働証明」の裏面にある言葉

 この地域通貨は、ヴェルグル町の失業問題と経済の活性化に驚くべき効果を発揮しました。

 その成功には、大きな秘密があります。

 実はこの「労働証明書」は、入手から一ヵ月間で利用しスタンプを受けないと1%ずつ価値が減少するのです。

 逆転の発想~マイナス金利!

 持っているだけではどんどん損をしてしまうこの”老朽化する貨幣”はどんどん市中に流通し、消費を押し上げることで町の経済活動を活発化させました。

 このヴェルグルの成功は世界の知るところとなり、1930年代、大恐慌後のアメリカでも数千に及ぶ地域通貨が発行され、地域経済の安定と“地産地消”に貢献しました。

 なんと公務員や企業従業員に対する給与支払い、銀行への支払いまで地域通貨で決済できたのです。

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4 「地域通過」のその後

 1930年代に脚光を浴びた地域通貨は、その後どういう運命をたどったのか?

 先駆者であったヴェルグルなどオーストリアのケースでは、政府の禁止令によって約1年で姿を消します。

 アメリカでは、連邦政府がニューディール政策によって地域の公共投資や雇用対策に力を注ぐよう転換したため、同様に消えて行きました。

 両者は“飴とムチ”の真逆の対応でしたが、いずれにしても地域の発展それ自体は好ましいことであったにせよ、それが国家の繁栄に繋がらないことを看過するわけにはいかなかったのです。

 エンデは次のように述べています。

「大抵の資本家たちはそんな考えが世間に広まるのを妨げる方向に強く動いたのです。」

彦根市発行の地域通貨

 日本では、どうであったか?

 エンデの番組がオンエアされてから間もなく、日本では地域通貨導入の動きが急速に全国に広まりました。

 しかしすぐに壁に突き当たり、次々に解散して行きます。

 その多くはNPOなどが運営主体となりましたが、エコマネーなど適用範囲が狭かったり、“キモ”であるマイナス金利を設定しなかったために、普通通貨と同じように滞留して意味を持たなくなってしまったのです。

 さらに根本的な問題は、「紙幣類似証券取締法」などの国内法により違法とされる恐れがあったのです。

 エンデが日本社会に提起した“老朽化する貨幣”の実験は、そうした結果に終わりました。

来日時のエンデ夫妻

(C)黒姫童話館

 しかし、エンデが夢見た“老朽化する貨幣”の理想は、そもそもその程度のものだったのでしょうか?

 彼の問題意識の根源は、「利子という仕組みが富の集中と社会的不平等を助長する」というところにあったはずです。

 現に彼の予言は的中し、持てる者と持たざる者の格差は広がり、マネーゲームが横行する世の中になっているのではありますまいか?

 ならば、エンデの真の理想とは…

 もしかすると“老朽化する貨幣”を世界統一通貨とする壮大な夢を描いていたのかもしれません。

 番組の最後を締めくくった彼の言葉です。

「今日のシステムの犠牲者は、第三世界の人々と自然に他なりません。このシステムが自ら機能するために、今後もそれらの人々と自然は容赦なく搾取され続けるでしょう。

 このシステムは、消費し、成長し続けないと機能しないのですから。成長は無から来るのではなく、どこかがその犠牲になっているのです。

 歴史に学ぶものなら誰でもわかるように、理性が人を動かさない場合には、実際の出来事がそれを行うのです。

 私が作家としてこの点でできることは、子孫たちが同じ過ちを冒さないように考えたり、新たな観念を生み出すことなのです。そうすればこの社会は否応なく変わるでしょう。

 世界は必ずしも滅亡するわけではありません。しかし、人類はこの先、何百年も忘れないような後遺症を受けることになるでしょう。

 人々はお金を変えられないと考えていますが、そうではありません。お金は変えられます。人間が作ったのですから。」・・・エンデ

 

/// end of the “その162 「ミヒャエル・エンデの真実~老朽化する貨幣~」” ///

 

《追伸》

 ミヒャエル・エンデの残した言葉には多くのファンがいるようで、ウェブ上の名言サイトにも様々な言葉が登録されています。

 ここで、そのいくつかをご紹介したいと思います。

「始めというものは、いつも暗いのです、バスチアン。」

「千人の苦しみは、一人の苦しみより、大きな苦しみでしょうか?」

「ちいさなモモにできたこと、それはほかでもありません。あいての話を聞くことでした。」

「働くより、何もしないほうが苦しい。」

「何一つ“失われるもの”なんてない。少しづつ変わっていっただけ。」

「わたしはいまの話を、過去に起こったことのように話しましたね。でも、それを将来起こることとしてお話ししてもよかったんですよ。」

 なお、この番組の内容は、一冊の本にまとめて出版されています。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

エンデの遺言

「エンデの遺言」

~根源からお金を問うこと~

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To be continued⇒“163”coming soon!

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