12年後、再び町長が会津若松市を訪れた時、そのことを知る者は、既に会津若松市に誰もいなかったのです。
途方に暮れた北原町長は、それでも丸一日を費やしてようやく植樹の場所を探し出し、手入れをして帰って来たのでした。
何ということを…
その落胆はいかばかりであったか。
好意が踏みにじられることほど悲しいことはありません。
一方、町長との面談自体を拒絶された濱須氏は知事の直命を受けているのですから、このままでは帰るに帰れません。
彼もまた途方に暮れながら、とりあえずは保科家菩提寺をお参りし、小彼岸桜の名所である“高遠城址公園”をつぶさに見て廻ることにしました。
いったいどうしたものか…
すると、技師である彼は、この土地の土壌が非常に肥沃であることに気づいたのです。
そうか、この桜が美しい秘密はこの土壌にあったのだ。
彼は立ち止まると、意を決したように…
「まずは鶴ケ城内の植栽予定地を、この城址公園と同等以上の土壌にしてから子彼岸桜をお迎えしなければならない。」
安易に、遠い昔の縁を頼って大切なものを貰い受けようと考えたこと自体、間違いであった。
まず示すべきは心からの誠意。
それが受け入れられるかどうかは、結果論に過ぎない。
濱須氏は、同行してくれた高遠町の職員に自分の考えを伝えました。
まずは、この城址公園の土壌を貰い受けて分析し、その土質と同等以上の土を探し出して、植栽予定地の土壌改良を行いたいと。
すべては、それから… 考えれば、気が遠くなる作業です。
既に終わっている造成工事もやり直さねばなりません。
そんなことが出来るのか…いや、やらねばならない。
濱須氏は、土壌採取の許可をもらうと、城址公園の土を荷物に詰め始めました。
北原町長の無念を思いやりながら、黙々と… そして黙々と…