岸波通信その139「共に生きるということ」

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岸波通信その139
「共に生きるということ」

1 挑戦された者たち

2 大石邦子さんの話

3 共に生きるということ

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  Challenged People  【2018.1.4改稿】(当初配信:2007.2.4)

「これまで我々が築いてきた物理的な障壁や我々が容認してきた社会的な障壁を取り除かねばならない。 なぜならば、全ての者が共に繁栄することができなければ、その国は決して繁栄している国家とは言えないからであります。」

・・・ジョージ・H・W・ブッシュ

 最近の新登録読者であるshizukaさんから“岸波通信その11「大石邦子さんの話」を是非UPして下さい”というメールをいただきました。

 この話は、今から5年ほど前に「岸波通信」を始めた頃の最も初期の通信です。

 自分の過去の文章を見つめなおすのは、大変恥ずかしいという思いもあったのですが、たってのお願いということなので、リメイクさせていただくことにしました。

 しかし・・・

車椅子バスケットボール

車椅子バスケットボール

 この話は、もともとノーマライゼーションについての話だったのですが、この数年間で障害者をとりまく社会の状況は大きく変化してきたと思います。

 特に昨年は障害者自立支援法が全面施行され、“福祉から就労支援”へと大きな政策転換がなされました。

 そうした状況も踏まえて、今回のアップに当たっては一部加筆をいたしました。

 ということで、今回の通信は、岸波通信その11“大石邦子さんの話”のリニューアル・アップ版です。

 

1 挑戦された者たち

 "Challenged People"と呼ばれる人達がいます。

 かつて僕が情報政策を担当していた時に、東京大学大学院情報学環の須藤教授とお話させていただく機会がありました。

 須藤教授は、米国で“ITを活用して障害者の社会参加を促進する”という運動の中で、心身に障害を持つ人々のことを"Challenged People"と呼んでいるという話をされました。

車椅子バスケットボール

須藤修教授

 キリスト教では、人生の不遇や困難に出会ったとき、それをTrial(神が与えた試練)と捉えます。

 ですから、心身に障害を持つ人々は、神から“困難を克服することができる”と選ばれて試練を課された人々であり、そういう意味で「挑戦された者たち」と呼ぶのでしょう。

 話題の映画、手塚治虫原作の「どろろ」に出てくる百鬼丸は、父親の野望のために、48匹の魔物に四肢や感覚器官など身体48箇所を奪われて生まれてくる究極の障害者です。

 でも彼は、欠けている身体器官の代わりに鋭敏な第六感やテレパシー能力を持っており、自ら生き抜こうとする思いに目覚めます。

 事実、心身に障害を持つ人々が他に抜きん出た能力を持つことはよくあって、眼の不自由な人が聴覚や味覚に敏感であったり、耳の不自由な人が絵画や工芸に秀でていたりするのです。

 "Challenged People"のフォーラムに参加している障害者の中には、コンピュータ・グラッフィックの芸術家やITアプリケーションの優れた技術者が数多くいます。

 聴覚に障害を持った中国の芸術団員による「千手観音」の演技をご存知でしょうか?

 耳の聞こえない21人の男女が神秘的な音楽に合わせて一糸乱れぬ演技を繰り広げる技はまさに圧巻です。


千手観音の演技

(中国残疾人〔障害者〕芸術団)

 先頭で踊る女性団長のタイ・リファさんは、「私たちは耳の代わりに全身で音を感じ、さらに出演者同士が呼吸を合わせることで踊りをまとめます。ここまでやるには、1日に十数時間の猛練習が必要です」と言います。

 その演技の深い精神性は、彼らが障害者であるという事実さえ超越して見る者を感動させずにはおきません。

 さらに言えば、世界の偉大な科学者や文筆家などにも多くの障害者がいます。

 例えば夏目漱石、北杜夫、宮沢賢治、山下清、ドストエフスキー、上田秋成、正岡子規、星野富弘、ラフカディオ・ハーン、三浦綾子、中島梓、水木しげる、ゴッホ、ベートーベン・・・アインシュタインを超えると言われる天才宇宙物理学者ホーキング博士もそうです。

 ベートーベンのように後天的に障害を得た人もいますが、いずれにしても、彼らの偉大な芸術的・科学的業績が成就された背景には、身体的なハンディキャップが原動力になっているのではないかと思います。

 そう・・・彼らもまた"Challenged People"なのです。

スティーブン・ホーキング博士

(宇宙物理学者)

 ハンディキャップを持つ"Challenged People"は、決して“社会のお荷物”ではありません。

 彼らは、その優れた知見や感性で人類の進歩に大きく貢献して来ましたし、これからもITの活用によって障害者の社会進出はますます加速するでしょう。

 ですから、"Challenged People"と健常者との新しいパートナーシップを築いていく事が急務なのです。

 

2 大石邦子さんの話

 2002年9月のことでした。

 福島県が主催する「人間・人格・人権の尊重」推進懇話会が開催され、僕はカナダから招かれた国際交流員スコット・アルガード氏とともに出席いたしました。

 この懇話会では「人権に関する政策のあり方」について提言を行うために、各専門分野の委員からそれぞれの観点で問題提起がなされました。

 この日は、障害福祉の観点(障害者差別)、医療福祉(HIV差別)の観点、外国人住民との共生がテーマになっていて、障害者差別の観点から、自らも車椅子の障害者である作家の大石邦子さんが登壇されました。

大石邦子さん

(作家・講演家)

 彼女は会津若松市の生まれで、22才の時にバス事故に巻き込まれ、左半身マヒ(第四領域症候群)のために一生の車椅子生活を余儀なくされました。

 1982年に「この命ある限り」、その後「この愛なくば」を発表し、ともにベストセラーとなりましたので、記憶されている方も多いと思います。

 大石さんがバス事故に巻き込まれた1964年というのは、ちょうど東京オリンピックが開催された年でした。

 彼女は、事故遭遇後10数年にわたる療養生活を余儀なくされたのですが、療養後、社会復帰したいという強い願望が湧き上がるようになりました。

 しかし、その時代はまだノーマライゼーションやユニバーサルデザインなど夢のまた夢・・・学校でさえ健常者と障害者が同じ教室で学べない時代なわけですから、街中に車イスで一人で出ることさえ相当の決意が必要です。

 そんな状況の中で、彼女がまず第一の目標にしたこと・・・まだ見ぬ広い世界を見てみたいということでした。

 街中に出ることさえ容易でない時代に、障害者が旅をするということはどのような困難が待ち受けていることか・・。

 各旅行社に問い合わせをしてみると、案の定、全て断られました。

 当時の旅行社のパックツァーは、健常者しか想定されていませんでしたし、まして一人旅の障害者にとっては、移動手段、交通機関、宿泊施設、道路やトイレに至るまで問題が山積していたのです。

ユニバーサル・デザインの改札口

(つくばエクスプレス三郷中央駅)

←左端の幅広い通路は車椅子用。

 そして訪れた1981年・・・。

 国際障害者年のこの年に、「障害者リーダー米国留学派遣事業」という画期的な事業企画が発表されました。

 さて、誰が企画したのでしょう?

 この事業は、皆さんも良くご存じの「ミスタードーナッツ」をチェーン展開するダスキン社が企業メセナ(社会貢献企画)として発表したものなのです。

 一民間企業が発表したこの画期的企画は、その後の社会意識を一変させました。

 次々と旅行社も右ならえし、障害者の旅行というハードルはどんどん低くなりました。

 1994年、遂に大石さんの夢が叶い、車椅子での海外旅行が実現することになります。

 行き先は、ダスキン派遣事業でも留学先となっていたカリフォルニア州立大学のバークレイ校です。

カリフォルニア大学

(バークレイ校)

 バークレイは人口11万人の学生の街・・・会津若松市とほぼ同じくらいの規模です。

 学生数3万1000人、常勤教授数1600人というカリフォルニア大学の凄いところは、学生の中に800人もの重度障害者である学生が含まれていることです。

 バークレイ校のキャンパスには無数のボランティアがいて、車イスを押す者、点滴の瓶を持つ者・・・それが当たり前のこととして行われている光景に大石さんも大きなカルチャー・ショックを受けました。

 また彼女は、あの雄大なグランドキャニオンにも是非立ち寄りたいと考え、現地の旅行社に相談したところ即座に無条件OKを出したそうで、感動を禁じえなかったそうです。

グランドキャニオン

 大石さんに大きな感動をもたらした米国旅行での体験・・・。

 さて、その後の日本の障害者を取り巻く環境は、どこまで成熟したのでしょう?

 

3 共に生きるということ

 厚生労働省が2003年12月に発表したデータを見ると、障害者雇用促進法に基づく民間企業の法定雇用率1.8%に対し実雇用率は1.48%にとどまっており、未達成企業の占める割合は57.5%と半数を超えています。

 自立の基盤となる就労については、まだまだ不十分な状況です。

 こうした状況も踏まえ、2006年10月から障害者自立支援法が全面施行され、“福祉から就労支援へ”という取り組みが本格的にスタートしました。

 ところがこの法律、全国の障害者団体からは、すこぶる評判が悪いのです。

 何故??

車椅子介助

 いわく、「応益負担という考え方が障害者の負担増につながる」、「自治体間のサービス格差がある」等々・・。

 批判する理由は理解できないわけではありません。

 また、社会制度が大きく変化することへの不安、これからの生活への不安も当然でしょう。

 でも、大石さんが話をされた米国の障害者の意識とはずいぶん違うと感じました。

 大石さんが訪れた「CIL(米国の障害者自立支援センター)」は、1972年にカリフォルニア大学を卒業した重度障害者4人によって設立され、ここを拠点にして全米へ拡大して現在では米国の障害者福祉の本拠地となりました。

 米国では“障害者の社会的自立”という運動そのものが障害者自身の手によって育てられたものです。

 また、国の関与も日本とは全く違います。

 米国政府は補助政策に向かうのではなく、社会的自立の障害となっている障害者差別自体を法で禁止する道を選んだのです。

 米国社会における障害者への一切の差別を罰則付きで取り除こうとする「ADA法(障害を持つアメリカ人法)」は、まさに画期的な法律と言えます。

 この法案への大統領署名にあたり、時のブッシュ大統領(父)は、5000人の障害者をホワイトハウスに招き、以下の様な演説を行いました。

「これまで我々が築いてきた物理的な障壁や我々が容認してきた社会的な障壁を取り除かねばならない。

 なぜならば、全ての者が共に繁栄することができなければ、その国は決して繁栄している国家とは言えないからであります。」

ジョージ・H・W・ブッシュ大統領

ジョージ・H・W・ブッシュ大統領

 米国の障害者たちは、まさに"Challenged People"・・・「天は自ら助くる者を助く」とばかりに行動を起こし、政府は「法の下の平等」を具現化しました。

 こうした米国と日本のスタンスの違い・・・日本では、事実上、障害者に対する長い差別の歴史があり、その反動として補助金政策をとってきたことが、逆に障害者自立への妨げになってしまったのではないでしょうか。

 日本では、農政保護政策でも途上国向けの政府開発援助(ODA)でも、とりあえず金銭援助へと向かいがちですが、それがかえって“自立する力”を奪ってしまうことはよく指摘されるところです。

 しかし、「障害者自立支援」やその先にある「ノーマライゼーション」という理念は決して誤りではないと思います。

 そういう意味で、日本はやっと本来の「共に生きる社会」のスタートラインについたのだと考えたいです。

 問題は、“これから”なのです。

 “恋人は見つめあい、夫婦は同じ方向を見つめて生きてゆく”という有名な言葉があります。

 「共に生きる社会」とは、"Challenged People"と健常者…いいえ、そればかりでなく、年齢、性別、国籍、宗教・信条、一人ひとりの個性に至るまで互いの違いを認めあい、同じ方向を見つめて生きていける社会なのではないでしょうか?

 

/// end of the“その139「共に生きるということ」” ///

 

《追伸》

 ノーマライゼーションは、デンマークのバンク・ミケルセンが知的障害者の処遇に関して唱えた考え方で、北欧から世界へ広まった障害者福祉の最も重要な理念です。

 これは、障害者を特別視するのではなく、一般社会の中で普通の生活が送れるような条件を整えるべきであり、共に生きる社会こそノーマルであるという考え方です。

 僕はかつて、ノーマライゼーションの普及を担当する人物を紹介するために、出版物に次のようなコピーを書きました。

「福祉」という言葉が消える。

人と人がいたわりあい、支えあうことが

あまりにも当然のことになり、

誰もそれを「福祉」とは考えない。

・・そんな社会を思い描いている。

 ところが、原稿段階で、その部局の責任者からクレームをいただきました。

 いわく「福祉という言葉は法律だから消えるはずがない」と言うのです。

 侃々諤々の議論をしましたが折り合いがつかず、こちらの上司は僕の判断を支持してくれて見切り発車。

 結果、このコピーは読んだ人々からも支持を受けて大評判となりました。

 でも、そんなにつっかかるところかなぁ・・・貴方、どう思います?

 

 では、また次の通信で・・・・・・See you again !

車椅子ダンス

車椅子ダンス競技大会

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To be continued⇒“140”coming soon!

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