岸波通信その101「ヴィーナスの真実2/スミュルナ」
通算100編記念特別編-2

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Present by 葉羽
「夢色の時」 by 新条ゆきの
 

岸波通信その101
「ヴィーナスの真実2/スミュルナ」

1 ミルラ

2 十二夜の愛

3 愛の慟哭

4 風のアドニス

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  Smyrna  【2017.10.20改稿】(当初配信:2004.3.14)

「あの思い上がった娘をお前の矢で射抜いて、父親を恋するようにしておしまい。」
  ・・・アフロディーテの言葉

 “愛の女神”アフロディーテが登場するエピソードを注意深く読めば、彼女は、オリュンポス世界ばかりか人間世界にまで次々と“愛の不幸”をもたらしていることに気付きます。

 しかもその動機は、多くの場合、嫉妬や怒りといった負の感情に突き動かされたものでした。

 その手段は…

 “戦いの神”アレスとの間にもうけた不倫の子エロス(ローマ神話のキューピッドまたはアモール)の“恋の矢”でした。

Venus, Mars and Cupid

(グエルチーノ作)

←Marsはアレスの別名。要するに
不倫現場ですね。(子供いるのに…)

 僕は学生時代に神話を読み漁っていて、こうした行動をとってばかりいるアフロディーテが“愛の女神”と呼ばれることに強い違和感を感じていました。

 この“災いをもたらす女神”アフロディーテの心の闇は、いったいどこから来たのでしょう?

 ということで、今回の通信は、“ヴィーナスの真実”三部作の第二話…パリスとの約束を反故にして、アフロディーテが何をしていたかという謎を追います。

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1 ミルラ

 イエス・キリストが誕生した時、東方の三博士がイエスの元を訪れたのは有名な話。

 彼らは、イエスの誕生を告げる星を見つけ、イエスに会うためにイェルサレムのヘロデ王を訪れます。

 そして、イエスが生まれた場所がベツレヘムであるということを聞き出すと、彼らはその地に赴き、幼子の前にひれ伏して、三つの贈り物を捧げたとされます。

 これら三つの贈り物とは、一つ目は“乳香”、二つ目は“金”、そして三つ目は“没薬”でした。

東方の三博士の礼拝

(ボッティチェリ作)

 “没薬”とはあまり聞き慣れない言葉だと思いますが、これは中東地方に自生するミルラという樹木の精油で、抗菌・鎮静作用があり、麝香のように強い芳醇な芳香を放つもの…クレオパトラが香水として愛用したとも言われています。

 また、ミルラはミイラ造りに欠かせない防腐剤でもあり、“ミイラ”という言葉自体もこのミルラが語源になっています。

 そしてその“ミルラ”…ギリシャ神話では、人間が化身したものだと言います。

daddy「東方の三博士」のエピソードが記された聖書マタイ伝には、この博士たちが三人であるという記述は見られません。また、男性であったという記述もありません。

 単に“マギ(magi :人知を超える知恵者たち)”と記されているのみ。

 つまり、ボッティチェリのように後世の画家たちに描かれた姿が、我々の“先入観”となっているに過ぎません。

 また、同じ聖書のルカ伝には単に“羊飼いが訪れた”と書かれています。

 化身した娘の名は“スミュルナ”…彼女を追い込んだのは、またしてもアフロディーテでした。

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2 十二夜の愛

 スミュルナは、キプロス王キニュラスの王女で、その清楚な美しさは“美の女神”アフロディーテさえ凌ぐという評判でした。

(この時点で既に怪しい気配が…。)

 もちろんこのスミュルナ、自分自身でそんなことを吹聴するような娘ではない。

 それなのに、そうした噂に敏感に反応してしまうのも、やはりアフロディーテの性(サガ)なのでしょう。嫉妬に燃えたアフロディーテの考えた復讐は、世にも恐ろしいものでした。

 アフロディーテは、息子のエロスを呼び寄せて、こう告げます。

「あの思い上がった娘をお前の矢で射抜いて、父親を恋するようにしておしまい。」

(これは酷い。勝手な思い込みなのに…。)

Venus Verticordia.

(ロセッティ作)

 エロスの“恋の矢”に射抜かれたスミュルナは、たちまち父への愛の虜となりました。

 しかし彼女は、もともと良識のある娘。自分自身を突き動かす人道に外れた恥ずべき情動から逃れるため、ついには自殺を試みます。

 これをすんでのところで止めたのが、スミュルナを手塩にかけて育ててきた乳母でした。

 乳母がワケを問いただしますが、スミュルナは号泣するのみ…。やがて重い口を開いたスミュルナから打ち明けられた話は、とうてい信じられないことでした。

 しかし‥‥‥

 スミュルナから苦しい胸の裡を告げられて、ついに心を動かされた乳母は、地獄に落ちる覚悟で禁断の恋を手引きする決心をするのです。

 祭りの夜、乳母は酩酊して寝所に入った王に向かい…

「王様、この娘はワケあって素性は明かせませぬが、是非とも王様の情けをいただきたく参っている者。一夜だけでもその願いを叶えてやってくださいませ。」

 目くるめく夜は過ぎ、二人の情恋の炎は熱く燃え上がる…。

 一夜の約束が二夜、三夜を重ね、やがて十二夜を迎える頃、キニュラス王はどうしても娘の顔が見たくなりました。

(スミュルナの運命や如何に!?)

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3 愛の慟哭

 その夜、キニュラス王は重大な決意を持って臨んでいました。

「夜毎、寝所を訪れるあの愛しい娘はいったい誰なのだろう?」

 …それが人情というものでしょうね。もはや、王は乳母と交わした約束など眼中に無いほど、盲目の恋に陥ってしまったのでした。

 そして‥‥‥

 十二夜目の秘め事を終えた後、王は娘が寝入ったのを見届けると、部屋の明かりを灯して娘の顔を覗き込みました。

「あっ! お前はスミュルナ!!?」

キプロス島の位置

 逆上した王は、犯した罪の大きさに動転し、やおら剣を取り上げるとスミュルナに向かって振り下ろす!

 その刹那、割って入った乳母が、身を挺してスミュルナを逃がす!

 スミュルナは裸足のまま宮殿を飛び出して夜の闇を彷徨いました。途中、幾度も死のうと考えたが結局死に切れませんでした。

 それから数ヶ月‥‥‥

 キプロスの荒野に身を隠し続けた彼女は重大な身体の異変に気付いて愕然となります。

 スミュルナは妊娠していたのです…。

 やがてアラビアの南、シヴァの地まで辿りついた彼女は精魂尽き果て、一歩も歩けないほどになっていました。

 そして神に祈りました。

「自分は、死を持っても贖えないほどの重い罪を犯しました。
 でも、お腹のこの子には何の罪も無いのです。
 どうか、どうかこの子だけは助けてあげてください。」

 彼女の切なる祈りが神に届いたのか、その肉体はみるみる姿を変え“ミルラ”の木に化身したのです。

ミルラの没薬

 やがて、その木の中から赤ん坊が産声を上げました。

 その子こそ、ギリシャで最も美しい少年と呼ばれるアドニスでした。

(ミルラの木肌から流れ出る樹液は、彼女が流し続ける涙だとも言います。)

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4 風のアドニス

 ミルラの木から生れ落ちたのは、世にも稀な美しい赤ん坊でした。きっと、清楚な美女であった母スミュルナの血を受け継いだのでしょう。

 そして、その赤ん坊を見つけたのは、その母を死に追いやった張本人アフロディーテでした。

 アフロディーテはその子を拾い上げ地獄の王妃ペルセポネのもとに託しまいた。…テイのいい捨て子をしたわけですね。

 しかし、その子はすくすくと成長し、やがて眉目秀麗な美少年となりました。

 こうなると、また波風が立って来ます…成長したアドニスを見たアフロディーテは、この美少年に一目ぼれをしてしまったのです。何と言う理不尽!

(エロスの“恋の矢”がアフロディーテの乳房を傷付けたという説もあります。)

ヴィーナスとアドニス

(カラッチ作)

←左の幼児はエロス。

 恋は盲目‥‥‥

 アフロディーテは、アドニスをペルセポネの許から奪い去り、無理やり愛を遂げようとします。

 しかしアドニスは、アフロディーテの愛を受け入れるには子供過ぎました。アフロディーテの言葉に耳を貸すより、もっぱら自分の好きな狩に没頭していたのです。

 やがて、運命の歯車は再び狂い出す。

 今度は、アドニスを奪われたペルセポネが嫉妬に狂い、愛人のアレスに告げ口をしたのです。

 アレスは逆上し、トラブルの原因となったアドニスの命を無きものにしようと、アドニスが狩をしている最中に猪をけしかけたのです。

(アレスも見下げたヤツ…。)

アドニスの死

(セバスティアーノ・デル・ピオンポ作)

 猪の牙に貫かれたアドニスは息絶え、アネモネの花に姿を変えました。

 一年のうち、ほんの短い期間咲くアネモネは、風(アネモス)が吹けばたちまち花びらを散らしてしまう可憐な花です。

 スミュルナが命がけで守ったアドニスもまた、気まぐれな“愛の女神”によって命を散らしてしまったのです。親子二代に渡る悲惨な運命…。

 “アモール(愛)の闇”は深い…。

 

/// end of the“その101「ヴィーナスの真実2/スミュルナ」” ///

 

《追伸》

 スミュルナは宿命の王女カサンドラと同様、何の罪も無い少女でした。

 いったい、アフロディーテのもたらす災いはどこまで続くのか?

 さて今回は、第三話の完結編も一挙配信です。

 

 では、また三部作の完結編で・・・See you again !

The Birth of Venus

Venus and Adonis

(Sidney Meteyard作)

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To be continued⇒“102”coming soon!

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