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  BGM "夢日和" by My WORLD

 

 
今回登場するメンバー
岸波岸波アニキヒロユキトモアキケイコケイコdaddydaddy
 

Our Way of Ra-a-men 37Rio

岸波岸波 皆さん、今日もおいしいラーメン喰ってますか~!

 退かぬ!! 媚びぬ!! 省みぬ!!

 “愛ゆえにラーメンを捨てられない男”が、またやって参りました。

 青春時代に食べたラーメンというのは何物にも代えがたい思い出ですね。

 高校の頃を思い出すと、いつも腹を空かせていたような気がいたします。

 そんな時代、我らの強い味方は、いつでも安くてウマいラーメンでありました。

 目を閉じてば浮かんでくるあの店、このオヤジ・・・(ハラハラと目に涙)

味噌ラーメン&塩タンメン

味噌ラーメン&塩タンメン

(らーめん石狩)

 しかし、そんな思い出の店たちは次々と閉店し、いつしか記憶の彼方へと去っていったのでありました。

 そして月日は流れ、昨年の暮れに街中をふらふらと歩いておりましたらば・・・

 な、な、なぁーんと!

 とっくの昔、閉店したはずのラーメン屋の看板を発見!

 その名も“らーめん石狩”。

岸波たしか、あそこのアニキは病気で死んだはずでは? (うむぅ・・)

 という面妖な事態なれば、是非ともコトの真偽を確かめなくてはなりますまい。

 さぁ~て、それではラーメン道、行ってみましょう!!

ということで、ラーメン道、もういっちょー!!

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1 青春の思い出 Rio

 僕らが通っていた福島高校は、旧市街地北部にある信夫山のふもと。

 昼休みは40分で、昼食はこの間、思い思いの弁当を食べたり、校内で売っているパンを食べたり。

 当時の昼休みは校外への外出禁止。(今もかな?)

 ところが、どうしてもラーメンを食べたいという欲求を抑えきれない不届きモノが何人かいたのです。

←(おおよそ見当は付くが・・・。)daddydaddy

 しかも、そのラーメンというのは普通のラーメンではない。

 僕らが高校の頃というのは、ちょうど“サッポロラーメン”が全国にブレイクしたばかり。

 今では当たり前のことですが、当時はミソ味のラーメンがとても珍しくて、その目新しい美味しさに魅了されまくっていたのです。

福島高校名物・梅苑祭

福島高校名物・梅苑祭

 福島市内で、このサッポロ・ラーメンのさきがけとなったのが、旧バスターミナル前にあった「大王」と電力ビル前の「五右衛門」、そして陣場町の「石狩らーめん」の3軒。

 僕らは、この「石狩らーめん」にはまって、下校時によく仲間達と食べに行っていたのでした。

 ところが、あるお昼休み・・・

ヒロユキ おいキシナミ、お昼にも石狩らーめんを食べに行かないか?

岸波おいおい、そりゃあ食べたいけど、時間がなさすぎるだろ。

トモアキ 速攻で行けばなんとか間に合うんじゃないか。

岸波うむむむむ・・・。

 ~という悪だくみをして、熟考20秒。 ←(おい!)

 われらワルガキ三人組みは、直ちに自転車に飛び乗って一目散に陣場町へと・・。

 ま、それが最初で、以後お昼休みといえば石狩へと日参するのがルーチン・ワークとなったのであります。

 しかし、本当にたいへんなワケですよ。午後の授業までに戻るのは。

 何せ、40分しかないんですから・・・。

 行って10分、“味噌らーめん・大盛”を注文してできるまで10分、食べるのに10分、帰りが10分。

 普通の日ならまだいいんです。

 雪が降ろうが、雨が降ろうが強行するわけですから。

 でも、一番たいへんなのは真夏の猛暑日。

 当時は十分な冷房なんか無かったですから、アツアツの味噌らーめんを団扇で扇ぎながら、それこそ汗だくになってかっ込むのです。10分で。

 そして、石狩から学校までの道を超特急で自転車をこぐのです。

 そうやって、午後の授業へ約15秒前に滑り込み。

 当然、息は上がるわ、目はかすむわ、全身汗びっしょり。

 冗談でなく机の足元に水溜りができるくらい!

 あーっはっはっは、若気のいたりというヤツですかね。 ←(笑ってる場合じゃない)

 そんなことが毎日なわけですから、店のアニキと僕らは大の仲良し。

 僕らの事情を分かってますので、店の表でキキーッという自転車の音が聞こえるや否や、速攻で味噌らーめんの大盛り三人前を作ってくれたのです。

←(どうせ注文は聞かなくても分かるしね。)daddydaddy

 そう、僕らの青春は、この「石狩らーめん」と共にあったのです・・・。

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2 アニキ死す! Rio

 それから、長い時が流れました。

 僕ら三人は福島を旅立って、それぞれの道へと進み、石狩らーめんからも足が遠のいたのです。

 そしてある日・・・

おいキシナミ、何でもあの石狩らーめんのアニキ、亡くなったそうだぞ。

岸波ええー! ほんとか。

 石狩らーめんは兄弟二人での営業。

 どちらがアニキだったのかは、定かではありません。

 そしてもう一人、オクサンが手伝っていました。

 そのオクサンに、ある日、息子が生まれたということで写真を見せてもらった事もありました。

 とてもかわいい男の子であったような気がします。

 その話を聞いて、一人の時に昔の場所を尋ねてみたところ、そこにはあの「石狩らーめん」は存在せず、中華料理屋に衣替えした「石狩」の看板が・・。

立て看板

立て看板

(らーめん石狩)

 もう、何年も経っていたので、気恥ずかしい思いになり、昔の常連であったことを隠したまま、そっと店の隅に腰掛けて、あの青春の“味噌らーめん”を注文いたしました。

 しかしっ!

 時の流れとは無情なもの・・・学生時代にあれほど恋焦がれた味なのに、少しも美味しいとは感じなかったのです。

 調理法が変わったのか、はたまた僕の味覚が変化したのか・・・。

 いずれにしても、中華料理屋となった石狩らーめんに足を運んだのは、それが最初で最後でした。

 また何年か経って同じ場所を尋ねると、すでに中華料理屋の石狩は店をたたんでおりました。

 それとともに、僕たちの青春の思い出も静かに幕を閉じたのであります・・・。

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3 ところがっ! Rio

岸波ケイコ、大変だ、大変だっ!

ケイコ どしたの、慌てて。

岸波昔、話してた“石狩らーめん”が復活したらしい。

ケイコ 昔、陣場町にあったという・・?

岸波そうそう。

ケイコ 午後の授業に遅刻して、三人で叱られたっていう・・?

岸波そうそう・・って、余計なこと言わんでよし!

ケイコ どこにあるの?

岸波今度は大町の東邦銀行の裏に。

ケイコ 行ってみようか。

 ~ということで、我らが夫婦、いそいそと出かけていったのでありました。

東邦銀行裏の夜景

東邦銀行裏の夜景

(らーめん石狩)

 この前の飲み会の夜、たしかこの辺で看板を見かけたはず・・・。

 どこだ? どこだ?

 おーっ、ありました!

看板

看板

(らーめん石狩)

 昔はたしか“石狩らーめん”だったはず。

 今の看板には、コレを逆にして“らーめん石狩”とある。

 本当に同じ店なのだろうか・・・。

 だとすると、いったい誰がやっているのだろうか・・・?

 と、考えながら正面に廻り込む。

石狩・前景

石狩・前景

(らーめん石狩)

 間違いない!

 これはきっと、あの石狩らーめんに違いない!!

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4 涙の味噌ラーメン Rio

 おそるおそる店のドアを開けて中に入る僕ら。

 カウンターの向こうには、若夫婦らしき二人が・・・。

岸波あっ!

ケイコ どしたの、アナタ?

岸波もしや・・・あの時の赤ん坊!!

 ・・・聞いてはみませんでしたが、年の頃がピッタリと符合します。

 僕は、胸が熱くなるのを抑えながら、テーブルに着くと、注文したのはもちろん・・・

岸波味噌ラーメン大盛り!

ケイコ 私は塩タンメン・・の普通!

味噌ラーメン大盛

味噌ラーメン大盛り

(らーめん石狩)

 そして、出てまいりました味噌らーめん。

 まごうことなき、あの“青春の味噌ラーメン”であります。

 きっと、一時の中華風テイストを捨て去って、昔の作りに戻したのでありましょう。

 たっぷりのシャキシャキもやしとニラと挽き肉炒めのトッピング、黄色くやや細めのもっちりストレート麺、何もかも昔のまま・・・・むむっ!

ケイコ どしたの?

岸波うまい・・・んだが、しょっぱい。(スープが)

 たしか、昔はもう少し、マイルドなスープではなかったか。

 だけど、懐かしいから許しましょう。

 さて、ケイコの方は・・・?

塩タンメン

塩タンメン

(らーめん石狩)

 こちらは野菜たっぷり。

 湯気に漂う胡麻油の香りが鼻腔をくすぐります。

 どれどれ、一口・・・。

岸波うむっ。コッチの方が旨い!!

 味噌ラーメンに比べれば、こちらのスープの方がちょうどいい具合。

 僕は、ラーメンに入っている野菜は好きな方ではありませんが、どんどん食べられます。

岸波どうだった、ケイコ?

ケイコ 美味しいんだけど、ちょっと胃にもたれる感じかな。

岸波ちょっと胡麻油が多かったか・・。

 あっさりスープにコクを出そうとして、胡麻油が多めに入っていたようです。

 たしかに、ややくどい目のスープでした。

 でもね・・・いいんですよ!

 あの時のアニキの赤ん坊が、こんなに立派に成長して僕の青春のラーメンを継いでくれたのですから。

 かれら夫婦の真摯な表情を見れば分かります。

 これから、まだまだ美味しくなるラーメン屋に違いありません。

 胸とオナカがいっぱいになり、やたら湯気が目にしみる夜でありました。

 頑張れよ!

 そして、いつかアニキを超えて行けよ。(うっうっ・・)

 

/// end of the“その37「我が青春の石狩らーめん」” ///

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《追伸》

 我が青春のサッポロ・ラーメンは、前出の3軒に加えて「どさんこ」(←チェーン店にあらず)がありました。

 最初に閉店したのが、バス・ターミナル(現・テルサ)前の「大王」。

 そして、十年くらい前になりますか、この「石狩ラーメン」。

 さらに、この1~2年で「どさんこ」と「五右衛門」が相次いで閉店し、とても淋しい思いをしておりました。

 その中で、「石狩」の再開は、とてもうれしいニュースです。

←(「どさんこ」は息子夫婦が継いで、庭坂の方で再開したらしいです。)daddydaddy

 最近は多様なダシをとった濃厚なスープが支持されていますが、時々、あの昔ながらのあっさりサッポロラーメンが無性に食べたくなる時があるのです。

 再開した「らーめん石狩」は、世の中の変化に合わせて濃い目の味にしていますが、別にいいんじゃないかな、前のままで。

 というか、前のままをもう一度食べたいな・・・。

 

 では、また次の「新・ラーメン道」で・・・See you again !

チャーハン・セット

チャーハン・セット

(らーめん石狩)

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