こんにちは。気付けば人生の傍らには必ず映画があった岸波です。
人類は、宇宙の真実と接触する。
今週は劇場へ足を運びませんでした。ということで、いつものようにAmazonプライムの提供ナンバーをザッピングし、選んだのがコレ。
かの名作『2001年宇宙の旅』の続編で、ピーター・ハイアムズ監督の1984年公開『2010年』(原作アーサー・C・クラーク『2010年宇宙の旅』)。
謎ばかりで「意味が良く分からない」と言われたり「いいや、そこが芸術的だ」と言われながら、既に伝説となったキューブリック作品の解決編。
厳密にはその後『2061年宇宙の旅』・『3001年終局への旅』と四部作担ったので解決編ではないが。
そう言えば、『2001年』が公開された1968年の暮れに有人で初めてアポロ8号が月の裏側まで周回し、その船長の名がフランク・ボーマンで、偶然、映画の登場人物フランク・プールとデヴィッド・ボーマンを混ぜたような名前だったことも話題になりましたっけ。
それはさておき、今作の『2010年』の内容は?
いま、なにか素晴らしい事が起きようとしている!
映画の冒頭、暗闇の中で『2001年宇宙の旅』のボーマン船長の声が流れる・・「すごい 降るような星だ!」。
そして「背景となる状況」として、『2001年宇宙の旅』で起こった様々な出来事が説明される。
月面で発見された謎のモノリスが木星に向けて巨大な通信を発射し、高性能コンピュータHAL9000を搭載した宇宙船ディスカバリーが真相解明のため木星に派遣される。
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ディスカバリー号は航行の途中、HAL9000の反乱によって3名科学者は冷凍睡眠装置の中で凍死。プール副船長も船外で殺害。
一人生き残ったボーマン船長はHALの電源を切り木星へ向けて航行。途中、衛星イオとエウロパの中間点で巨大モノリスを発見。
巨大モノリス
調査のため船外に出たボーマン船長は、冒頭の謎の通信を地球に向けて発信した後、消息不明となる。
その解説部が終わると、あの名曲『ツァラトゥストラはかく語りき』が大音量で流れる! をを~やっぱり『2001年宇宙の旅』の続編だぁ!!
今回の旅はその9年後、ソ連の宇宙船レオーノフ号にアメリカの前回作戦の責任者フロイド博士とディスカバリー号の設計者、HALの設計者が乗り組んでの米ソ共同作戦。
だがしかし・・
彼らが木星に向かう途中、地球ではアメリカの海上封鎖により米ソ関係が一触即発の状態となり、共同作戦に暗雲が立ち込める。
さて、レオーノフ号に乗り組んだ合同チームは、無事任務を遂行することができるのか? そして衛星イオの軌道上に滞空するディスカバリー号にはどのような秘密が眠っているのか? はたまた米ソ対立による地球の運命や如何に!?
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1964年に公開された『博士の異常な愛情』をヒットさせたキューブリックは、”宇宙におけるヒトの位置を描く映画”を構想し、SF界の大御所アーサー・C・クラークに共同脚本と科学交渉を持ち掛けました。
さらに美術担当を手塚治虫に打診するも、手塚は当時、多くの漫画連載やアニメ制作に関わっており、「何せ(虫プロ)200人もの人間を喰わせなければならないので不可能」と返信。
キューブリックは「200人も家族が居るのか!」と驚いたと言う。
この時のキューブリックの封筒写真が手塚のエッセイに収録されている。
手塚治虫
一方、アーサー・C・クラークの方は原案を諒承し、それに基づいてキューブリックと共に脚本化作業に入るが、ここで二人の考え方が正面からぶつかり合う。
科学的知見に基づく作話のリアリティを論理的に伝えたいクラークは、冒頭に人類の進化に関するインタビュー場面を入れ、作品全編にわたってナレーションによる状況解説を挿入することを主張したが、キューブリックはこれを拒否。
最終的に映画では、台詞が無く映像とクラッシックBGMのみが延々と流れるシーンなど観客に解釈を任せる手法が取られたが、哲学的なエンディングシーンと相俟って「難解だ」とする評価と「芸術的・思索的だ」と賛否両論が。
アーサー・C・クラーク
特に、エンディングについては論理的思考を放棄したかのよう内容で、クラークは何度も原作の書き直しを迫られる事になる。
結果、「難解な」キューブリックの作品は、世界的に大きなセンセーションを巻き起こし、アカデミー賞視覚賞のほか数々の映画賞を総なめにし、同作は”これまで作られた映画の中で最も偉大で最も影響力のある作品の一つ”として米国議会図書館によってアメリカ国立フィルム登録簿に保存されることになる。
スタンリー・キューブリック
この『2001年宇宙の旅』でキューブリックの名声は不動のものとなったが、原作であるはずのクラークの小説版刊行は映画の公開に一年遅れることになった。
この件に関し、同じくSF界の巨匠であるレイ・ブラッドベリは「クラークはクーブリックにレイプされたんだ」と評した。
それを聞いたクラークは、自分とキューブリックは「お互い様」だったと述べた・・悔しかったのだと思う(笑)
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さて今回の『2010年』(※クラークの小説版で『2010年宇宙の旅』)は、キューブリックが放りだした様々な伏線をピーター・ハイアムズ監督が回収することになる。
HAL9000は何故、人類に対して反乱を起こさなければならなかったか。モノリスの存在の意味は。ボーマン船長はどうなったのか。そして、生命と人類誕生の起源とは?
モノリスと類人猿
クラークはこの続編で、ストーリーを論理的解決に結び付ける答えを提示した訳だが、成り行き上、キューブリックに対して映画化を打診する。だが彼はその提案に興味を示さず、代わりにピーター・ハイアムズが名乗りを上げる。
当時のハイアムズ監督
キューブリックに私淑していた彼は自分が映画化することを恩師に連絡すると、キューブリックに「恐れてはいけない。自分の映画を撮れ。」とアドバイスされたと言う。
僕は、1985年に日本公開されたこの映画を40年ぶりに再視聴し、初見では『2001年』のイメージと余りにかけ離れた作り方に違和感だけだったのが、非常によく作り込まれた作品であることを再認識させられました。
『2001年宇宙の旅』
言ってみれば『2001年』がファンタジーであったのに対し『2010年』は非常にリアリティのあるサスペンス・ドラマ。
例えば、衛星イオの上空にいるディスカバリー号に接近するため、逆噴射では貴重な燃料を消費するため、木星の大気中をスウィングバイして減速するエアロ・キャプチャー方式が採られたこと。(合理性がある。)
フロイド博士
効果的ではあるが危険を伴うこの飛行で船体が大揺れとなり、怯えるソ連の女性飛行士をフロイド博士が庇いながら恐怖に耐えるシーン。
ケレン味のある演出ではなく、役者の内面の演技力によってリアルな恐怖を伝えるやり方が素晴らしい。
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そしてディスカバリー号に到達し乗り移ったクルーは、宇宙船の機能が生きていることを確認するとともにHALL9000のプログラミングを再点検。そこで重大な事実・・「故障の原因」が突き止められる。
月のモノリスの存在はHALLには秘密にされていたが、アメリカ政府がその情報を極秘入力。結果、HALLはクルーに対して「嘘」をつかねばならず、思考回路が自己崩壊していたのだ。
HALLを修理するクルー
突き止めた技術者は矛盾する指令を消去して再起動。これでHALLも復活し、航行可能な状態に。
一方レオーノフ号は、衛星イオに探査艇を放ち「葉緑素」が存在するという驚きの事実を突き止める。しかしその瞬間、イオから放たれた電磁波によって探査艇が破壊される。
モノリスとレオーノフ号
また、木星とイオのラングランジュ点(重力均衡点)に滞空する巨大モノリスに有人の探査ポッドを向かわせるが、これもモノリスから放たれた電磁波により破壊されるという大惨事に。
この電磁波の正体は、エネルギー生命体となって「創造者」と一体となったボーマン船長。
折も折、地球では米ソが戦争状態に突入し、レオーノフ号の米国人クルーはディスカバリー号への退去を命じられる。
そして、進退窮まったディスカバリー号のフロイド博士の前に実体化したボーマン船長が現れ、こう忠告する・・「2日以内にここを立ち去れ」と。
実体化したボーマン船長
様々なクライシスが重なる中、今度はモノリスが消滅すると共に木星に謎の黒点が出現し、木星そのものを「喰い」始める。
黒点の正体は、指数関数的に増殖を始めたモノリス群。
ボーマン船長の忠告が真実であることを悟ったフロイド博士は、即時脱出を図るが地球との距離が離れている現在、燃料が不足している。そしてそれはレオーノフ号も同じ。
増殖する木星の黒点
そこで一計を案じ、レオーノフ号船長に提案する・・ディスカバリー号とドッキングし、ディスカバリー号をブースターとして発射し、燃料が尽きたところで切り離してレオーノフ号で帰還することを。
しかあしっ!! ここで最大の問題が出て来る・・この作戦を実現するためには、HALL9000に「自死」を説得しなければならない!!!
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いやぁ、この場面が最大の山場でした。もちろん、その後で木星大爆発のスペクタクルシーンがあるのですが、それよりも何よりも「人間同様の思考・感情まで持ち始めたHALL」と人間の対決こそが、この映画の真骨頂でしょう。
説得するチャンドラー博士
さすがサスペンスの名匠ハイアムズ監督。HALLとその設計者チャンドラー博士との静かで論理的会話の積み重ねですが、そこには両者の、互いに相手を思い遣る感情まで表現され、胸アツ必至。
だが、木星は黒点に覆いつくされ、発射のタイムリミットまであと数十秒。果たしてHALLの説得に成功するのか?
ここの手に汗握る緊張感は、是非、体験して貰いたいと思います。うん心から。
/// end of the “cinemaアラカルト378「2010年」”///
(追伸)
岸波
映画の序盤、ホワイトハウスの前でフロイド博士らが語らう場面に感動しました。これは僕が30年前に実際に訪れて立った、まさにその場所。
しかし、問題はそこではありません。この映画のシーンで横のベンチに掛けている男性こそ、アーサー・C・クラークだったのです。
実際のホワイトハウス前
また、宇宙船の中で看護師が読んでいる「タイム誌」には緊迫する米ソ関係の記事が掲載され、その表紙のアメリカ大統領がアーサー・C・クラーク、ソ連の書記長がキューブリック監督。やってくれますね!
この『2010年』について忘れられない疑問がありました。それは、同じ年に公開された小松左京原作の『さよならジュピター』と設定が似かよっていたこと。(もちろんこちらも観た。)
両者のストーリーの核心となるのは「木星太陽化計画」・・太陽系に第二の太陽を作る話です。
いったいコレはどちらのパクリなのか? 長年解けなかった疑問について調べてみました。すると・・
『さよならジュピター』
小松左京は『ジュピター』の映画化に当たり、なんとアーサー・C・クラークに出演を打診し、”自分が考えた『2010年宇宙の旅』のストーリーと余りに似かよっている”という理由で辞退されたとのこと。
全く同じタイミングで、日米二人の天才SF作家が同じインスピレーションを得たというのが真実でした。世の中には不思議なことがあるもんですね。
あ・・『2010年』の木星爆発の意味に触れていなかったですね。
HALLは全ての真実を語ってくれたチャンドラー博士に感謝し、博士の脱出を促すとブースター後に自らを切り離しレオーノフ号が遠ざかって行く。
爆発する木星
そのHALLの前に再びボーマン船長が現れ、地球へ向けて最後のメッセージを送るよう促す・・「これらの世界は全てあなた方のもの。ただしエウロパは除く。エウロパへの着陸を試みてはならない。全ての世界を皆で利用するのだ。平和のうちに利用するのだ。」
メッセージを受け取った米ソは戦争を思いとどまり、その後のエウロパに長い年月をかけて生命が芽吹いて行く情景を写して映画は終わる。
そう・・モノリスは、ボーマンも組み込まれたエネルギー生命体(宇宙意識)が作ったもので、宇宙に「生命を播種」する道具だったのです。あースッキリした!
では、次回の“cinemaアラカルト2”で・・・See you again !
eメールはこちらへ または habane8@yahoo.co.jp まで!
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be continued⇒ “cinemaアラカルト379” coming
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