こんにちは。気付けば人生の傍らには必ず映画があった岸波です。
きみがくれた情熱
今、きみのために戦う
さて、引き続き『ちはやふる -下の句-』のレビューでございます。
『上の句』で脚本や監督をベタ褒めしてしまったのですが、調べてみるとこの二つは同じ人物が担当していました。
その人物とは…?
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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株式会社ロボット映画部所属の小泉徳宏監督。1980年生まれという事ですから御年とって36歳。脂ののっている盛りでありましょう。
幼少期は海外で生活していた帰国子女。高校在学中に映画に興味を抱き、慶應義塾大学法学部に在学中から水戸短編映画祭をはじめ数々の映画祭で入賞。2006年に最初の長編『タイヨウのうた』でデビュー。2013年に佐藤健クンが主演した『彼女は嘘を愛しすぎている』(略称:カノ嘘)でブレイクしました。
この『カノ嘘』も第59回小学館漫画賞(少女向け部門)を受賞した青木琴美原作の漫画作品ですから、その延長上で『ちはやふる』の脚本・監督に抜擢された…というところでしょうか。
所属している「株式会社ロボット」…というのはまた珍妙な名前ですが、テレビCMやアニメ、CG、ゲーム(鬼武者3)などの制作会社で、『踊る大捜査線 THE MOVIE』や『ALWAYS 三丁目の夕日』などの成功により、映画製作会社としても知られるに至りました。
なお、日本作品としてはじめてアカデミー賞・短編アニメーション賞を受賞した『つみきのいえ』(2008)年も同社の作品。
さて『上の句』のラストシーンでは、過去の過ちを詫びようと連絡を入れた太一に対し、新の返した言葉は「オレ……カルタはもうやらん」。
いったい新に何が起こったのか?
それでは『下の句』のレビューでございます。
後編の冒頭、新の真意を確認しなくてはと、電車で福井へ向かう千早と太一。座席で白目を剥いている異様な千早の姿に気づいてギョッとする車掌さん。
(死んでいる!!!?)
「大丈夫です、寝ているだけですから」(太一)
あいかわらず笑かしてくれます、すずちゃん。
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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福井に降り立ち、二人が新の住む家に向かう道すがら、会うべきか・このまま引き返すか逡巡を繰り返す千早。ここまで来て煮え切らない千早の態度に「オレはどっちでもいい」と突き放す太一。
その時、自転車で追い越す少年の姿が。千早…「新!?」
驚いて振り返りざま、田んぼへと落下する新。駆け寄ろうとして自分も落ちてしまう千早。
気づいてみれば、覆いかぶさるようにしながらじっと千早の眼を見つめる新の姿が。そんな二人を見て声を失う太一。(う~ん、セイシュンだねぇ)
新の家で泥だらけになった服を乾かしている千早に、新は…
「服が乾いたら帰ってくれ。オレはもうカルタはやらん。」
ふと気づけば、新の視線には名人であった祖父の遺影が。
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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実は、小学校卒業の時に新が福井に帰ってしまったのは、新にカルタを教えてくれた祖父が身体を悪くしたので、空気のいいところで介護をするため。
その容体が悪化した時に新のカルタの試合の予定があり、自分のことは心配するなという祖父の言葉に押されて出場したものの、その間に祖父は亡くなってしまったのです。
「カルタさえやらなければ…」自分を責める新。彼が大好きだったカルタを封印しようと決めたのは、そういう事件があったからでした。…しかし新は二人に対し、その理由について口を閉ざしたまま。
誤解が誤解を生み、傷心のまま帰路につく二人。
やがて千早は、女子個人戦で不敗を誇る名人・クイーン若宮詩暢(松岡茉優)の存在を知ることになります。
クイーンを倒すことを目標にしよう。そうやってカルタを続けていれば、いつか必ず新とカルタができる日がやってくる…
遂に、千早の最強のライバル、クイーンの登場です!
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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そのクイーン役の松岡茉優さん。いい女優さんですね。すずちゃんとは3つ(学年で4つ)違いのお姉さん。原作では同い年という設定になっているのですが、千早とは性格が真逆。
常にクールでスタイルは守りガルタ。左利きで札を取る時、取り札一枚にだけ触れる美しい取り方が身上。ああ、それなのに、キャラクター・グッズが好きだったりファッションセンスがイマイチのため、千早とは別の意味で「残念な人」と言われています(笑)
若宮詩暢は史上最年少の中学三年の時にクイーンの座についていますが、小学校の時、一度も勝てなかった唯一の人物が新。なので、いつの日か新と再戦して打ち負かすのが彼女の目標です。
素で松岡茉優さんを見るととてもお茶目な女性なのですが、詩暢の役柄は弱い相手を見下すイヤーな性格。これを実に「イヤーな」感じで演じている…演技派と言っていいでしょう。
クイーンが「イヤーな」ヤツで、立ちはだかる壁が厚いほどストーリーが盛り上がるワケですから、彼女が『下の句』の成功に大きく貢献したのは間違いありません。
クイーンとの個人戦を意識するあまり、団体戦を共に戦わなければならないチームメイトとの間に次第に溝ができていきます。
特に、左利きのクイーンを想定した左利き相手の出稽古を繰り返すうち、右利き相手ではミスを連発。勝手な行動をとる千早に対し、遂に部長である太一の感情が爆発してしまいます。
「どうしてもクイーンと戦いたいならチームを抜けろ。俺たちは4人で出場する!」(あらららら…。)
それに対し、一緒にやって来たチームを抜けてまでクイーン戦に拘る千早。チームに入った亀裂はどうしようもないところまで行ってしまいます…。
千早にチームを去られた重大さに気づいた太一ですが後の祭り。4人でも勝利するため(実際可能なのかルールをよく知りませんが)、責任を感じて他流試合に出向く太一。
しかし… 心の迷いが技を鈍らせ、焦りは募るばかり。
そんな時、肉まんくんが遂に太一に異見を唱えます。彼は部員のため単独行動をする太一を非難する …のかと思いきや!
「何で一人で抱え込もうとする!?俺たちはチームじゃないのか。何で俺たちをもっと頼ろうとしないんだ!」
うをををを~ 号泣でございます。
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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一方の千早…。出向いた先は、東京都予選で撃退した因縁の北央高校…そう、あのドS君のところでした。
しかし、スタイルを崩してしまった千早は、ドS君にまったく歯が立ちません。
←(コイツです。)
みじめな結果に終わった千早に対し、ドS君が口撃を開始。そして最後に、チームメイトに対し…
「アレを持ってこい」
「ええ~ アレを!? …ホントにいいんですか?」~って、何のこっちゃ?
一体何が起こるのか戦々恐々としておりましたら、部員が携えてきたのは一冊の分厚いノート。中を開いて驚愕する千早。
そこに書かれていたのは、全国の強豪高校に関する詳細なデータ…北央高校の血と汗と涙で集めた宝物であったのです。
「団体戦で全国を目指さないなんて、フザケるんじゃねえぞ。お前らの後ろには俺たち何百人がいたと思ってるんだ!」
後ろを見れば、敗戦の屈辱を乗り越え瑞沢高校に想いを託した部員たちが。
いい事言う! ただのドS君じゃなかったんだ! 青春だねぇ(うっうっ…)
地区大会最大のライバルに叱咤激励され、千早は目が覚めます。
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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チームに詫びを入れカルタ部に復帰した千早。いよいよ団体戦に全てを賭けるのか…と思いきや、チームメイトたちから今度は逆に「個人戦も頑張れ」と。彼らが千早に用意していたのは、個人戦を勝ち抜くための情報でした。
さあ、チームメイトたちのバックアップを受けてクイーン戦に臨む千早。憎らしいくらい超・強力な詩暢に対してどのように挑むのか?
はたまた団体戦の行方は!?
原作のいいとこどりしたストーリー。サプライズに継ぐサプライズ。魅力的な出演者たち。これで面白くないワケがありません。
しかし… 僕がこの『ちはやふる』というストーリーに思い入れを抱くのは、もう一つ別の理由があるのです。
それは、原作者の末次由紀の波乱万丈の人生を知っているからです。
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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福岡県出身の末次由紀は小学校高学年から漫画を描きはじめ、高校一年生で投稿した『太陽のロマンス』が第14回なかよし新人まんが賞佳作を受賞(1992年)したことを契機に、1995年から講談社の『別冊フレンド』などで主力メンバーの一員として漫画家人生をスタートしました。
それから10年後の2005年。順風満帆な作家生活を続けていたかに見えた末次由紀に重大な疑惑が持ち上がります。他の作家作品のトレース疑惑です。
他人の作品の構図をまねるだけでなく、図柄そのものをなぞって盗用し、自分のオリジナルとして発表していたことが露見したのです。
ネットには検証サイトが立ち上がり、多くの検証者が原作と末次由紀のコマを並べて完膚なきまでに『丸写し』であることが示されました。
それなりに有名になった事件でしたから、僕もその検証サイトを見ました。「なに、スラムダンクから盗用!」、「これは酷い」、「まさしくパクリ」…。
言い逃れできないと思ったのか、末次由紀は全面的に盗用を認めて謝罪。講談社は連載中の作品をブッツリと打ち切り。発行されていた単行本はすべて絶版とされ、回収する措置が取られたのです。
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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作家として決して許されない罪を犯してしまった末次由紀。ネットでは執拗に断罪され、おそらく本人も生きているのが嫌になるくらいの事件だったでしょう。普通なら、これで作家生命は終わりです。
しかし… 『それでも漫画が描きたかった』
彼女には「その道」しか見えなかったのでしょう。おそらく誰にも見てもらえぬ漫画をたった一人で書き続けたのだろうと思います。
彼女の罪は重い。それは事実。しかし真摯に反省して立ち直ろうとする努力を惜しまない。その姿は貴いと感じます。きっと講談社も彼女の反省と情熱が本物であることを認めたのだと思います。
事件から4年後。2009年に末次由紀が講談社の『BE・LOVE』に連載した『ちはやふる』が第2会マンガ大賞を受賞。奇跡の復活を果たすのです。
しかし彼女は、関係者に謝辞を表明しつつもその授賞式を欠席。「自分はこのような場に出られる人間ではない。一生懸命マンガを描いていくことでしか恩返しはできない」とのコメントを寄せました。
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ちはやふる -下の句-
(C)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (C)末次由紀/講談社
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だから僕は、『ちはやふる』のネームの一つ一つに末次由紀の人生そのものを感じています。
登場人物たちに若さゆえの過ちや苦悩があっても、彼らは決してあきらめない。自分の目標から逃げない。それが単なるフィクションではなく、確かな人生感に裏打ちされたものだと感じるのです。
『苦労を乗り越えた人間は強い』 …それを地で行く痛快ストーリー。
この素晴らしいストーリーを上下二本にまとめた制作スタッフの構成力も凄いですし、出演者一人一人の熱演も激賞されるべきでしょう。
ああ… ひさしぶりに心から感動できる映画を観た気がします。
/// end of the “cinemaアラカルト175「ちはやふる -下の句-」”///
(追伸)
岸波
4月29日に『ちはやふる -下の句-』の初日舞台あいさつが挙行され、小泉徳宏監督や主演の広瀬すずと共演陣が登壇しました。
ところが挨拶の終盤、原作者の末次由紀氏からの手紙が読み上げられて、まさかの『続編』制作決定!
すずちゃんは、予想外の出来事に呆然自失し、その場で泣き崩れるという大ハプニングが。
いやぁ、彼女の気持ちはよく分かるなぁ…。それほどまでに全身全霊をかけて演技していたのが伝わっていましたから。
全力を尽くした作品だけに「わたしもう千早をできないかも」とポロッ。これを聞いた野村周平(太一役)が「そん時はお姉ちゃん(広瀬アリス)が居る」とナイス突っ込み。すずちゃん慌てて「ヤダ!やる!」と。
すずちゃんのあまりの号泣ぶりに、北島プロデューサーももらい泣きしながら2017年の制作開始を発表。(封切り日は未定)
出演者の年齢を考慮し、次回で完結編となる予定だそうです。楽しみだな。
では、次回の“cinemaアラカルト”で・・・See
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