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| ◆ 残留して事務長に (前回の続き)年が明けると、JGC(日揮)とのネゴがトントン拍子に進み、アルンLPGプロジェクトの土建工事の受注が決定し、すぐに前渡金も振り込まれました。 ロクスマウェの海岸の製油所から、内陸部のガス田まで広範囲の施設の基礎部分を建設する工事で、日本の本社からも土木、建築の技術職が8名乗り込んできて、完成したばかりのジャカルタ・グロドックショッピングセンターからも作業所長と若手建築職2名と東海大学・工学部卒の中国系インドネシア人(日本語ペラペラでした)も加わって、現地法人スミコンウタマの社運を賭けたプロジェクトがスタートしました。
ちなみに当時のアルン液化天然ガス製油所は世界最大級の生産量を誇っていましたが、その後ガスの埋蔵量が枯渇し、2014年に輸出ターミナルは閉鎖され、2015年からは逆に海外からの輸入ターミナルとして使用されているそうです。 ぼくも結局、日本帰国は延期して事務長として勤務することになり、1987年1月、現地調査と宿舎などの手配の為、ほぼ4年ぶりにアルンに乗り込みました。
まず建築資材などのサプライヤーを決めましたが、前回の駐在時、ゲートでよそ者がプロジェクト内に入所するのを脅しあげて妨害していて、その後千代田化工建設のガードマンとなった、ぼくが結婚式に参列してきたヤンキーのあんちゃんが社長をしていたのには驚きました。 実権は切れ者の副社長が握っていて、同業者などににらみをきかすためのお飾りの社長だったようですが。
一週間ほどでジャカルタに戻り、後任の事務職に引継をしてまたアルンに行き、2週間間隔で行ったり来たりして、2月にはパラダイスの送別コンペからの送別会もしてもらい、長女の日本人幼稚園卒園式の翌日、3月11日、太太と3人の子供たち、加えてメイドさん二人と猫も連れてアルンへ旅立ったのでした。
◆ 現在/青天の霹靂 なんと6月15日からまたカンボジアに長期出張することになりました。 工事が完成に近づき、最長で来年3月迄の間応援にきてほしいとのこと。よもやよもやの駐在員生活再開です。 GW10連休は、太太と草加、船橋、川崎と孫巡りをして過ごしましたが、7日土曜日は豊洲市場へ行ってきました。 有楽町線豊洲駅。 ゆりかもめ市場前駅。
帰りはゆりかもめで新橋まで。
市場内の大和寿司へ。
おまかせで1貫ずつ出てくるので、待つ間お酒がすすんでしまう・・・
明治31年創業の「茂助だんご」で甘味も堪能。
我が家のバラたちもほぼ満開。 東京ラーメンストリート、「佐野ラーメン ようすけ」の塩ラーメン(背脂入り)。 (先月血液検査をした時に、内臓脂肪の数値がかなり高かったのですこし節制しないといけないのですが・・・) というわけで、またカンボジアに行くことになりました。 5月21、22あたり福島に帰ろうと思いますが、 忙しいようだから今回はパスでもいいよ。 ( 8月に一度休暇で帰る予定だし。) (2022.5.8up) ええええ~ まさに青天の霹靂だな。だけど求められて活躍できるんだからいいじゃないか。一寸先は・・光や! んで、5月下旬の件は直前まで見通せない。もしOKになったら連絡するよ。 |
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