古本が好きになったのは、いつの頃からなのだろうか。
きっと、お金はないが暇な時間がいくらでもあった大学生の頃からだろう。
狭い店舗のなかの本棚に雑多に並んだ本。
あるいは、本棚から溢れ、ただ床に積み重ねられたままの本。
そこには気になる作家、国語や歴史の授業で一度は聞いたことのあるタイトルや作家の文庫本が数多く眠っている。
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文庫本 |
普段なら定価で購入することはないだろうと思われる文庫本でも、古本屋で半値以下になっていると試しに買って読んでみようという気になる。
古本屋は、私にとって自分の読書の幅を広げてくれる場所である。
ある時から私は色褪せた背表紙の文庫本が並ぶその本棚に、ある作家のある作品を見出すと、決まってある行為をするようになった。
それは裏表紙を開きその左側の頁を見るという行為。
別にその古本の値段を確かめる訳ではない。
もしかしたら、ここで再会するのではないかと。
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ドゥバヤジットの街とアララト山
(トルコ) |
1997年の夏だった。
イラン国境に近いトルコの街ドゥバヤジットに私はいた。
日本を離れ1年数ヶ月が経過していた。
ヨーロッパから北アフリカへ渡り、中東を抜けトルコに辿り着き、トルコからイラン、パキスタン、インドというルートで東に向かう旅の途中だった。
トルコとイランの国境に横たわるアララット山の雄大な景色が部屋の窓から見渡せる安宿で、私はある日本人の旅人に出会った。
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夜のドゥバヤジット
(トルコ) |
彼はインド、パキスタンを抜け、昨日イラン・トルコ間の国境を越えてこの街までやってきた。
つまり、私と逆のルートである。
私が通過してきた国々の情報を彼に、彼は今まで通過してきた国々の情報を私に、というように情報交換をして私たちは数日を一緒に過ごした。
別れ際に、私は彼と日本語の本を交換した。
日本語の本(文庫本)の交換は日本人の旅人同士ではよくある光景である。
この旅人同士の本の交換もまた読書の幅を広げてくれる。
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旅の空 |
無条件に相手の持っている本と交換するので、たとえその本が本人の興味のない作家であれ嫌いな作家であれ聞いたことのない作家の作品であれ読むこととなる。
相手にとってもそれは同じことである。
また、自分が相手に渡す本自体、既に数人の旅人の手を経ているため、自分の趣味ではないということも往々にしてある。
彼から譲り受けた文庫本は、日本で有名なある作家のある作品だった。
その作家の名前を聞いたことがある程度で、特に興味を示す本ではなかったが、その本の裏表紙を開いた頁に数人の名前や日付、そして地名が手書きで書かれていることに興味を示した。
私はその意味が何であるかを即座に理解した。
その本を読み終わった旅人が、その本に名前と日付、そして場所を記載して他の旅人に手渡しているのである。
そう、私たちも旅人であるが、本もそれを一時的に所有する旅人の意思に委ねられながら旅をしているのである。
私が手にした文庫本は、インド、パキスタン、インド、トルコという旅をしている。
インド・パキスタン間を往復し、イランを経てやっとトルコに辿り着いたその本は、私という旅人の行く先に委ねられ、またイランへと来た道を戻ることとなった。
本を交換したその翌日、私はイランに入った。
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バムの要塞
(イラン) |
そして、イラン南東部のバムという遺跡で有名な街で、パキスタンを越えてイランに入ってきた日本人の旅人に渡した。
裏表紙を開いた頁に「根本謙 イラン・バムにて
1997年8月○○日」と書いて。
ユーラシア大陸を西へ東へ旅する本を手にした彼は、イランからトルコに入り、その後ヨーロッパへ向かうと言っていた。
またその本はトルコへと来た道を戻ることとなるだろう。
あるいは、トルコあたりで中東に下る旅人の手に委ねられるのかも知れない。
その後、私はその本の行方を知らない。
どこかの国のどこかの街の日本人宿の本棚にあるかも知れないし、ある旅人が日本に持ち帰ったかも知れない。
あるいは日本の、とある古本屋の本棚に並んでいるかも知れない。
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ロンドンの書店 |
あれから8年が経っている。
もしかしたら、あの本はこの世に存在しない可能性だってある。
しかし、私は古本屋であの時と同じ文庫本を見かけると、裏表紙を開き、自分の筆跡があるかどうかを確かめる。
この行為は、これからもずっと続けるだろう。
限りなくゼロに近い再会に期待しながら。
《リニューアル配信:2020.2.2》 nemoto
fujiko
エンジェル
今回は、葉羽さんに代わって私から・・。
そんな旅もあったんですね!
本の旅・・最近こちらでも新聞に載っていたのですが・・添付します。
又、森の石松で有名な琴平代参・・・
昔、犬が飼主の代わりに金比羅詣したって話も聞いた事があります。
本、ぬいぐるみ、犬・・それぞれ違っても人が何かに託して 想いが 旅をするって
これも又 夢ですよね・・ 根本様きっと何時か再びその本に
巡り会えますように・!
そして・・こんな話題をリレーしてることも又・・不思議な気がします。
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