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初台の新国立劇場でロッシーニのオペラ「イタリアのトルコ人」(以下「トルコ人」)の公演3日目を鑑賞(10月7日水曜日14時開演)した。

 すでに9月30日(水)にゲネプロを見ているので、余裕を持ってこの傑作オペラを見ることが出来た。素晴らしい演奏、演技、舞台に大満足だった。

 

 この「トルコ人」は1814年にミラノ・スカラ座で初演されたが、その後は次第に忘れ去られたという。1950年にローマのエリゼオ劇場でマリア・カラスを主役に蘇演され、1954年にはやはりカラス主役でミラノ・スカラ座に「里帰り」した。

 このミラノ蘇演の演出はなんとフランコ・ゼッフィレッリだった!ロッシーニの「隠れた名作」なんて言われるが、これは大傑作ではないのだろうか。それを今回の公演は証明していると思う。

 マリア・カラスは20世紀後半の伝説のプリマドンナだが、この「トルコ人」を復活させたプリマドンナとして語り継がれるだろう。

 

 この「トルコ人」にはいろいろと批判がある。ヒロインのフィオリッラは男にだらしなく不倫も平気という気の強い女だが、現代では特に違和感もないが、初演当時はもちろん、演出家はちょっと前まではかなりこのフィオリッラの造型に腐心したのではないか。

 余談だがスキャンダルでも有名だった前出カラスが「トルコ人」を蘇演したというのが面白い。

クラウディア・ムスキオ(フィオリッラ役)

 今回フィオリッラを演じたクラウディア・ムスキオが素晴らしい歌と演技。超高音コロラトゥーラも決まっていた。幕切れの「反省」「改心」が不自然だとよく指摘されるが、どうせまたすぐに元に戻るのは明らかだろう。

 イタリアの映画監督ミケランジェロ・アントニオーニの映画のミューズだったモ二カ・ヴィッティを思い出した。

 このフィオリッラの夫ジェローニオを演じたのがパオロ・ボルドーニャ。これがもうバッソ・ブッフォの典型的な名人。

  パオロ・ボルドーニャ

 早口唱法(レチタティーヴォ・パルランド)の巧さに唖然としたが、吉本のギャグ芸人にも見て欲しいぐらいのギャグ名人でもあり一挙手一投足が笑えるのだ。

 また恐ろしく足が速くて広い舞台を駆け回っていた。とにかく笑わせてくれた。

 トルコ人王子セリム役のビエイティス、詩人プロスドーチモ役のタッディア、フィオリッラの崇拝者というか愛人ナルチーゾ役のガティンの3人も歌唱・演技ともに文句のない出来。

 いわゆるベルカント唱法による高難度歌唱が続出するのだが、ヴェルディ、プッチーニなどの「リアリズム」の歌唱が当たり前になっている現在、実に新鮮。ロッシーニを始めとしたベルカント・オペラ上演はやはり日本では少な過ぎると思えてくる。

イタリアのトルコ人

(※提供:新国立劇場)

 こうした外人勢に比べると、ザイーダ役で熱演した但馬由香は頑張ったが周りが凄すぎた。

 可哀そうだったのはザイーダの命を救ったこともある友人で付き人みたいなアルバザール役の山本康寛大。唯一のアリア(ナンバーでいうと12番。ロッシーニの作ではないようだ)はカットされていた。このアルバザール役はいなくてもいいように思うが、ザイーダの背景を理解するのには必要な存在ではある。

 30歳のアレッサンドロ・ボナート指揮東京フィルは、序曲などもう少し軽さや洒脱さが欲しかった。しかし序曲のリズムに合わせて詩人プロスドーチモがタイプライターを叩くアイデアは実に秀逸だった。ボナートは若さに似合わないソツのない指揮で東京フィルを牽引した。また合唱(冨平恭平指揮新国立劇場合唱団)はいつも通りの手堅さ。

  
  指揮者:アレッサンドロ・ボナート

 そして、ロラン・ペリーの演出、シャンタル・トマの舞台が素晴らしかった。その発想力と完成度に脱帽だ。「このオペラは実はフィオリッラが『フォトノベル』の読み過ぎによる妄想でした」という裏解釈も可能な作りになっている。

 ちょっと不満だったのは、トルコ王子セリムの登場シーン。このオペラの舞台は海に面したナポリ。海を感じる演出が定番なのだが、このセリムの登場は船ではなく、フォトノベル「Non posso AMARTI(君を愛することはできない)」の拡大された表紙に乗って出て来るのだ。全体にこの海を感じさせない演出には意図があるような気もする。

 一方異常なほどこだわりを見せたのが「椅子」だ。端役に至るまで身体の一部として「椅子」を持って行動する。「椅子」は人間の本質とは関係のない何かを表しているのだろうか。

 

 舞台装置はかなり忙しく転換される。また「フォトノベル」を意識して、額縁が降りてきて人物をフレーミングする作業がかなりある。ほとんどが人力で行われるからスタッフは大変だろう。

 また細部にまで手が加わっているのに驚く例がひとつ。ジェローニオ&フィオリッラ夫妻と詩人は隣り合わせの家に住んでいる。その家の前には生垣があり、その生垣の中に出入り用の鉄製の青い門が両家に設置されている。

 ジェローニオ家の門はきれいに手入れされているが、詩人の家の家の方は塗装が剥げている。へえ、こんなところにまで気配りされているのに驚いた。万事がこんな調子なのだ。

 
 ホワイエに置かれた拡大された舞台写真。この前で記念撮影できる。

 この公演は2026-27シーズンの開幕公演だが、すでにシーズンのベスト公演候補だと思う。

(2026.10.16「岸波通信」配信 by 三浦彰 &葉羽)

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