「windblue」 by MIDIBOX


※【こちらが「演出」に関する別稿分】

初台の新国立劇場で11月15日(土)から11月24日(月・祝)まで上演されるオペラ「ヴォツェック」(アルバン・ベルク作曲)のゲネプロ(最終リハーサル)を見て来た。

 「ヴォツェック」はベルリンでの1925年の初演から100年の今年、これを新制作するのを前々から考えていたと大野和士・新国立劇場オペラ芸術監督は語る。このため自ら指揮台に上がり、オーケストラもこの劇場の専属オーケストラの東京フィル&東京交響楽団ではなく、自身が音楽監督を務める手兵東京都交響楽団を招いた。

 

 このオペラがこの劇場で上演されるのは、2009年、2014年(アンドレアス・クリーゲンブルク演出)に続いて3度目。このクリーゲンブルク演出は舞台に水を張って、この水溜まりを登場人物たちがバシャバシャと駆け回る演出で賛否両論あった。私はいずれの年も見ているが、トーマス・ヨハネス・マイヤーがヴォツェックを演じた2009年の深い悲劇性がいまだに忘れられない。

 今回の指揮者、演出家、主なキャストは以下の通り。ヴォツェック役にそのマイヤーが16年ぶりにこの劇場に戻って来た。

 さて今回の新制作はイギリスを代表する演出家のリチャード・ジョーンズが演出。舞台設定は20世紀後半のオーストリア・ドイツ。かなり興味深い演出になっている。以下気になったことを箇条書きで列挙しておく。

1.冒頭の上官である大尉の髭をヴォツェックが剃るシーンでは剃刀ではなく電気シェーバーが使われている。ちょっと笑える。

2.冒頭の髭剃りシーンは、通常の個室ではなく、その脇ではビリヤードに興ずる兵士(鼓手長が玉を突いている)たちがいる。将校は赤い軍服でカーキ色の兵士と差別化されている。

3.設定が20世紀後半だから、当然マリーの家にはTVがあって、戦争のドキュメンタリー風のモノクロ映像をマリーの幼い男児がいつも見ている。

 

4.1幕2場では、友人のアンドレスと2人で上官の靴を磨いている。台本では上官である大尉の杖を作るために林の枝を折っていることになっている。その後マリーにも「靴を磨いていたの?」と尋ねさせている。ただし2人に枝を折る以外の作業をさせている例はある。バレンボイム映像での床拭きなど。

5.医師は、町医者ではなく軍に所属する軍医で上述した赤い軍服組。ヴォツェックは医師の指示を厳格に守り盛んに貯蔵庫にある缶詰の豆をスプーンで掬って食べては空き缶をゴミ箱に捨てている。この貯蔵庫とゴミ箱の頻繁な往復が実にコミカルに描かれる。

6.2幕5場は兵士たちが兵舎で寝ているところに酔った鼓手長がやってきてヴォツェックをいたぶるシーンだが、今回は兵士たちは娯楽室で3人の下着姿の女が踊っているのを椅子に座って興奮して見ていてここに鼓手長が乱入という設定になっている。

 

6.普通の演出では「ナイフ」という言葉がライトモチーフのように重要な意味を持ち、ヴォツェックによるマリー殺害の凶器もナイフなのだが、今回の凶器はなんと缶詰の蓋。ドイツ語のナイフ(メッサー)と言う言葉は変えられていたのかな?字幕では「凶器」になっていたと記憶するが。

7.アバド、バレンボイム(日本語字幕付き)、マデルナの映像とベーム、ブーレーズのオペラ日本語対訳付き音源で予習したが、3幕2場でヴォツェックの「俺たちが初めて会ってからどれくらい経つ?」の質問にマリーは「3年よ」とどの演奏でも答えるのだが、これがいつも疑問だった。3年前の出会いからすぐ妊娠したとしたら、この子供は2歳。3幕5場最終場面の木馬の形をした棒に跨って遊ぶという場面をはじめ、2歳児にはとても無理なことがいろいろある。それが、今回のジョーンズ演出では「8年よ」とマリーに答えさせている。納得である。

8.通常3幕4場でヴォツェックが池で溺れる音・声を聞いて会話するのは大尉と医師の2人なのだが、今回はそこに無言の鼓手長も加わり3人連れになっている。これはヴォツェックをいたぶる3悪人という捉え方のようで、鼓手長の存在が他の演奏に比べて大きいことを示しているようだ。

 

9.3幕1場のマリーの部屋で、マリーが自らの不倫を後悔し聖書の「マグダラのマリア」の部分を読むシーンでは、赤い制服を着た教誨師?神父?のような男が登場する。これも見たことがない演出でびっくり。マリーにはそうした助けなしには自らを救済することはできないということか。

10.そして3幕5場。大団円である。これはネタバレになるから書けない。今回の演出の最大の目玉だ。これは劇場で実際に見て欲しい(笑)。なるほどジョーンズがこのオペラのキモであるとしている「連鎖」を見事に表現している。

 

 演出は上記のように様々な試みがなされていて実に面白い。ただし場面転換が多くてそのたびに舞台係が人力でセットを押して動かしているのは見ている方も疲れた。もう少し整理されないものか。

 今回は演出のことを書いたが、演奏のことは本番を見てから書きたいが、間違いなく高水準だ。しかしこのオペラは聞けば聞くほど見れば見るほどよく出来ている。演出にはまだまだいろいろな可能性が残されていそうに思う。

  初日11月15日(土)14時、11月18日(火)14時、11月20日(木)19時、11月22日(土)14時、11月24日(月・祝)14時の5日間公演だ。演奏時間は約1時間40分で途中休憩はないのでご注意。

(2025.11.14「岸波通信」配信 by 三浦彰 &葉羽

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