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その591 金曜のカリスマ彰コラム・シリーズ


8月11日(月・祝)に初台の新国立劇場で細川俊夫(1955年10月23日生まれ69歳)作曲のオペラ「ナターシャ」の世界初演に立ち会った。

 このオペラはドイツ在住の細川が作曲で、台本はやはりドイツ在住の作家である多和田葉子(たわだようこ、1960年3月23日生まれ65歳)が書いた。

 これは、新国立劇場のオペラ芸術監督の指揮者大野和士(1960年3月4日生まれ65歳)から2019年7月、細川に委嘱され、細川と大野は新作台本を多和田に依頼したのが2021年4月。その後「ナターシャ」は台本段階からこの3人の共同作業で進められた。

 台本の完成は2023年3月。その後も修正が加えられ、作曲開始は2024年1月。多和田の創作の原点には人間の自然破壊への怒りや警告が根底にあり、広島出身の細川もやはりそうした傾向の作品が多い。スコアの完成は2025年4月。

 現存する日本の作曲家では最も著名な細川俊夫と村上春樹よりもノーベル文学賞受賞の可能性が高いと言われる多和田葉子をよくぞ結びつけたものだとまず新国立劇場の熱意に大拍手だ。

 

 恐らくチェルノブイリ原発事故で難民になったと思われるウクライナ人ナターシャと福島原発事故で難民になった日本人アラトが出会い、メフィストの孫と自称する男の導きで7つの地獄(森林地獄。快楽地獄、洪水地獄、ビジネス地獄、沼地獄、炎上地獄、旱魃地獄)をめぐる。当時読んでいたダンテ「神曲」が影響していると多和田は話している。

 その過程でナターシャとアラタは愛を感じたり、生そのものに絶望したりする。最後は、彼方に見える微かな光を求めて人間たちがうごめいている。それは人類の滅亡を意味するのか再生の可能性の暗示なのか。

 多和田の台本が詩的で多義的であり、理解は簡単ではない。さらに多言語で書かれ、多言語で歌われる実験的な試みもなされている。

 しかし、現在、人類が置かれている困難な状況を2幕7場2時間40分(休憩30分含む)にまとめ上げていて、不思議な感動が残る。鑑賞前には予習は必要だと思う。

 理解を助けるのが、CGによる圧倒的映像、客席にもスピーカーが配置された刺激的なサラウンド音響(有馬純寿)だ。

 そして快楽地獄でのポップ歌手A、ポップ歌手Bのアリアや炎上地獄でのアラト、メフィストの孫、ナターシャの各アリア、全編でのナターシャとアラトの2重唱などはきわめて耳になじみやすく書かれている。またビジネス地獄でのミニマル・ミュージック風の音楽は実に愉快な曲で笑ってしまった。

  演奏(大野和士指揮東京フィル&新国立劇場合唱団)は相当の練習量を感じさせる高水準な仕上がり。主役の3人も熱演だった。演出・美術(クリスチャン・レート)は大変だったろうなあ(笑)。これはMVPだろう。

 

  歌詞がまさに詩で、また多義性があり、これを字幕で深追いせずに、感じることが大切なオペラのようだ。

(2025.8.29「岸波通信」配信 by 三浦彰 &葉羽

新国立劇場で「ナターシャ」の世界初演に
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