毎シーズン自らのコレクション「コムデギャルソン(Comme des Garçons)」についてデザイナーの川久保玲は短い言葉を書き添えるようになっている。
今回の2023年春夏ウィメンズコレクションについてはこう記している。「今の世界を憂い嘆く、そしてそれに寄り添いたい気持ち」
憂い嘆きながら寄り添いたい気持ちというのはどういう気持ちなのか。
今回の2023年春夏ウィメンズコレクションは2020年2月29日にパリで発表されて以来、コロナ禍でパリでの発表を自粛していたため実に2年半ぶりのパリでの発表になった。
v話題や驚きが少なく低調だった今回のパリコレで「川久保玲の帰還」としてその再開が特筆大書されたのは当然かもしれない。
しかし、そうしたコレクションだったにもかかわらず「憂い嘆き、寄り添いたい気持ち」とはどうしたことか?「諦念」という事だろうか。あるいは「無常」という日本語がある。
以前の川久保玲ならこうは記さなかっただろう。不条理に対して怒り、拳をあげていたはずだ。たとえそれが無意味な抵抗であったとしても、前に進まなければならない。
そんな風に闘い続けてきたこの大芸術家にも間違いなく晩年の様式と心象が支配するようになったのを感じてしまう。
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南青山の「コムデギャルソン」本社で10月25日から3日間行われた展示会初日にショーに登場した全18体を眺めて見た。
照明も音楽もなしで対峙すれば、そこには10月11日に80歳になったこの大芸術家が追求している衣服におけるフォルムがさらに突き詰められているのが分かる。
ファッションというのは布の分量を極大化しても絶妙なバランスさえ獲得していればその美しさはさらに輝きを増すのだということが痛感されるのだ。
川久保玲が繰り返し求めていたのはこのことだったのではないか。
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まるで大地に根を生やしたように微動だにしない造形は禅寺の石庭を思わせる。
最初の白黒の作品は虚無僧や托鉢僧に見えてくる。川久保玲が求めてきた究極のバランスがそこにある。これは日本人にだけ浮かんで来る心象風景なのかもしれない。
続く純白2体もマリエではなく平安末期の白拍子に見える。最後を飾るバラ色の3体。それはもはや涅槃の花園なのかもしれない。なんとも美しい。
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これを音楽入りでモデルのウォーキングで見直してみる。これは欧米人にも分かりやすい世界に変わる。
少し感傷的である音楽は80歳の川久保玲より1歳年上のギリシャ出身の作曲家でピアニストのエレニ・カラインドルー(Eleni Karaindrou、1941年11月25日生まれ)の曲だ。
やはりギリシャ出身の映画監督のテオ・アンゲロプロス(1935年4月27日〜2012年1月24日)の遺作になった「エレニの帰郷」まで晩年の映画の音楽は全てを彼女が担当している。