私が大学生のころだからもう40年以上前のことになるが、国分寺の南口に「ピーター・キャット」というジャズ喫茶店があった。
コーヒーの旨いこぎれいな店だった。この喫茶店をよく私は待ち合わせに使っていた。
店主(マスター)がいわゆる「とっちゃん坊や」というやつで小柄で童顔のアメリカントラッド志向の洒落者だった。
その後、その店のことはすっかり忘れていたが、小説が売れてベストセラー作家になった村上春樹の写真を見ていたら、「ん、どこかで見覚えがある?」ということになって、Wikipediaで経歴を調べるとやはりあのとっちゃん坊やだった。
村上春樹@Wiki
国分寺の「ピーター・キャット」はビルの立ち退きで、千駄ヶ谷に移転し、その後村上は喫茶店を経営しながら作家を目指し、1981年には店を手放し専業作家になることを決意したという。
そのきっかけは店からほど近い神宮球場の外野の芝生にねっころがりながらプロ野球観戦していた時だったという。その後の人気作家ぶりについて説明は要るまい。
その村上ももう72歳になった。最近は毎年ノーベル文学賞の候補になっているが、なかなか受賞できない。
ノルウェイの森
その村上の小説のタイトルが「ユニクロ」のTシャツの柄になって3月8日登場して話題になっている。
「ユニクロ」を手掛けるファーストリテイリングと村上の関係は2019年に遡る。
早稲田大学政経学部卒業のファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が今年10月1日に開館する早稲田大学国際文学館(通称村上春樹ライブラリー)の改装費用の全額約 12億円を個人として寄付したのだ。
村上は学生結婚した夫人と前出の「ピーター・キャット」を経営しながら早稲田大学文学部映画演劇科を7年かけて卒業している早稲田ボーイである。ちなみに卒業論文は「アメリカ映画における旅の系譜」だ。
さてこの村上ライブラリーには、村上本人から50言語以上に翻訳された小説作品のすべて、個々の作品の書評、直筆原稿、数万枚のレコードコレクションなどが寄贈される。
Don't let appearances fool you.
※「1Q84」の一節
地下1階から2階は一般公開されるが、カフェが併設されるが、村上の人生を考えれば実に微笑ましい。
この村上春樹ライブラリーは隈研吾が設計している。隈研吾は東京大学卒業だが現在早稲田大学の特命教授である。
柳井会長は、言うまでもなく一流好みである。CMに起用する人物は金に糸目をつけずに大物を選んでいるという印象だ。
DANCE・DANCE・DANCE
2019年時点でこうした寄付をしたというのは、なんとなく村上が近い将来ノーベル賞を受賞するのを見越した上でのことなのではないかと思う。
柳井会長が村上春樹の小説を愛読しているとは私にはとても思えないからである。
さてそのTシャツは8パターンあって、8サイズ展開でいずれもコットン100%で半袖で、価格は1500円(税込み)である。
Just about anything looks better from a distance.
※「1973年のピンボール」の一節
HARUKI MURAKAMI/村上RADIO UTグラフィックTシャツという商品のシリーズで、「1973年のピンボール」 「ノルウエイの森」「ダンス・ダンス・ダンス」「スプートニクの恋人」「海辺のカフカ」の小説Tシャツのほかに、小説のモチーフは入っていない村上RADIOのイメージグラフィックというタイプがある。そのほかピンバッジ(ピンズ)やステッカーもある。
この村上RADIOとは、TOKYO FMで村上がDJ(パーソナリティはほかにいる)を務めるラジオ番組で、この村上Tシャツの販売に合わせたわけでもないだろうが、従来不定期放送だったのが、4月25日からはレギュラー番組として日曜の19時からの1時間放送されている。
村上RADIO
音楽を橋渡しに、喫茶店のお客やリスナーと楽しくやりとりするというのが村上は好きなのだろう。立ち退きがなかったら今でも国分寺のジャズ喫茶のマスターをやっていたのではないだろうか。
村上は4月1日、早稲田大学の文学部と文化構想学部の入学式でスピーチを行い、その後芸術功労者として同大学から表彰された。日本風に言えば母校に錦を飾ったことになる。残す名誉はノーベル文学賞受賞だろうか。
村上のノーベル賞受賞を一番望んでいるのは、実はファーストリテイリングの柳井会長かもしれない。