昨年のクラシック音楽業界で最大の話題だったのは、佐村河内守(さむらごうち・まもる)の交響曲第1番「HIROSHIMA」の大ブレークだろう。
(※右の背景画像:佐村河内守)⇒
なんといってもNHKスペシャル(3月31日放送)で「魂の旋律~音を失った作曲家」で「全聾の被爆二世は現代のベートーヴェン」と紹介されたのが大きく、広島交響楽団、京都市交響楽団、東京交響楽団などが演奏会で取り上げ、日本コロムビアによって販売された同曲のCDは18万枚を売り上げ、クラシック業界では異例の大ヒットになった。
また義手の少女ヴァイオリニストのために作曲された「ヴァイオリンのためのソナチネ」が話題になり、ソチ五輪で髙橋大輔・選手のフィギュアスケートのバックミュージックとして使われることになった。
さて、2014年のクラシック音楽業界で最大の話題になりそうなのが、2月6日発売の週刊文春2月13日号で「佐村河内はペテン師で耳も聴こえるしゴースト作曲家が代わりに作曲していた」という8ページの暴露記事が出たことだろう。
この週刊文春の発売前にゴースト作曲家の新垣隆(にいがき・たかし、桐朋音楽大非常勤講師)が記者会見を開き「佐村河内の指示をうけて実際に作曲したのは私。彼は耳も聴こえるのではないか」と発言。
一体、この交響曲第1番「HIROSHIMA」ブレークは何だったのだろうということになった。
この作品を芥川作曲賞に強く推した(最終選考作に残れず)三枝成彰や大絶賛した作曲家の吉松隆、ライナーを書いた長木誠司などが批難・嘲笑の的になっているという大茶番劇の様相まで呈しているのだ。
実は、私も騙された音楽ファンの一人であることを告白しておく。ただNHKスペシャルで放送された交響曲第1番よりゲームの背景音楽として作曲された「鬼武者」の音楽の方が面白いなあと思ったのは覚えている。
まあ、誰が作曲しようがどういう背景があろうが、聴いて感動すれば、それはそれで良いのではないか。作曲家の生い立ち(嘘で固められたとしても)が、その感動の大きな要因になっていて、純粋な音楽感動ではないとしてもまあそれは個人の問題だろう。
翻ってファッション業界に目を転じると、例えば「セリーヌ」のクリエイティブ・ディレクターのフィービー・ファイロは「カヴァ」や「トラペーズ」といった大ヒットバッグを生み出したとされるけれども、デザインチームのA氏が「いや、『トラペーズ』を最初に考案して、フィービーのところに持って行ったのは私だ!」と記者会見を開いたら、「バッカじゃなかろーか」と一笑に付されるのがオチだろう。
「そんなことみんなわかっている。それを採用したフィービーが偉い!」というのでオシマイである。
いわゆるクレジット・デザイナーとシャドー・デザイナーの違いと言うのもある。たぶん、シャドー・デザイナーは「これを口外してはならない」という契約書を書かされているはずだ。
「私は、○○○のシャドー・デザイナーをやってました」というのは、再就職の際のメリットになるぐらいではないのだろうか。まあ、楽譜の書けないピアノがほとんど弾けないと言われる佐村河内のように、デザイン画が書けないクリエイティヴ・ディレクターなんて、ゴロゴロいるのがファッション業界なわけだが、こうした事件は、ファッションの世界では起こりそうもない。
というか、たぶんイケ面や美女が圧倒的に多いこの業界のファッション・デザイナーの世界も、いずれ「ブランド」だけが生き残って、デザインは集合知というか匿名の集団(アノニマス)が手掛けるようになるのも、そう遠い未来ではないと思うのだが。
(2014.2.26「岸波通信」配信 by
葉羽&三浦彰)
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