タイムマシンでヨーロッパのある時代に行けるとしたら、いわゆるベル・エポック(1870年あたりから第一次世界大戦勃発の1914年まで)のパリというのは、行ってみたい時代のひとつではある。なにしろ「享楽」という2文字がピッタリの爛熱の時代だからである。
ファッション的にも数度のパリ万博で「ルイ・ヴィトン」「エルメス」「バカラ」などのラグジュアリー・ブランドが賞を得て台頭を始める時期だし、王侯貴族の宮廷服に代わってブルジョアジーたちの近代的装いが生まれた。
そして馬車から蒸気機関車、自動車への大移行期にもあたる。ベル・エポックは近代と現代の間で、人類のもっとも幸福だった時ではなかったのだろうか。
さて、そのパリで「シャンゼリゼのモーツァルト」と呼ばれた異形の天才作曲家がジャック・オッフェンバック(1819.6.20-1880.10.5)であった。
ドイツ・ケルンに生まれ14才で花の都パリにやって来た容貌怪異な彼が一世を風靡したのが50作にも及ぼうかというオペレッタ(軽歌劇とも呼ばれ風刺と艶笑の喜劇)である。
「天国と地獄」が最も有名だが、当時のパリッ子たちを熱狂させたようだ。しかし、晩年には一時の人気を失い、復活を賭けて作曲したのが、歌劇「ホフマン物語」。オペレッタではなく、詩人ホフマンの数奇な恋愛譚をつづった大作である。
しかし、そこはさすがにオッフェンバックである。機械仕掛けの美女人形に求愛をさせたり、亡き母の亡霊に操られる病弱の女性歌手がホフマンの相手になったり、ホフマンの「影」を狙うヴェネチアの高級娼婦が登場したりする。原作は怪奇文学の祖とも言われるE.T.A.ホフマンである。
前置きが長くなったが、今年この歌劇「ホフマン物語」を2度観た。8月の二期会公演と12月の新国立劇場公演である。
このオペラなかなか楽しめる内容なのに、人気演目というわけではないので、1年に2回も観られたのは幸運だった。
いずれの上演も充実していたが、いわゆるフランスの香りと舞台のパレットの豊富ということになると新国立劇場に軍配が上がる。とにかくウットリするほど舞台が美しいのである。
歌手(人形を演じた幸田浩子が大熱演)、オーケストラも充実した出来(特に指揮者のフレデリック・シャスランが東京フィルを見事に統率していた)だったが、フィリップ・アルローの演出・美術・照明が圧倒的だった。
自慢するわけではないが、ファッションの世界で長らく仕事をしているから、色使いの巧拙は見分けられると思っているが、このアルローの色使いには完全に一本取られた。
私は「本場物」というレッテルを容易に信じないし、あらゆるものから国籍がなくなっている時代だが(今回公演にフランス人歌手は1人もいない)、やはり、フランス人の演出家とフランス人の指揮者が作る舞台の美しさには脱帽させられた。
オペラというのはいろいろな楽しみ方があるのだ。
(2013.12.31「岸波通信」配信 by
葉羽&三浦彰)
|