いわゆるラグジュアリーの分野において、ヨーロッパのラグジュアリー・ブランドに匹敵する存在を日本で見出すのは難しい。
ある程度の歴史・伝統があり(当然語るに足る伝説が含まれる)、職人の手作業による他社にはまねできないクラフトマンシップがあり、現在もグローバルに認められ、販売されているブランドということになると和菓子の「とらや」くらいしか思い浮かばない。
一部の着物、帯、陶磁器はそうしたラグジュアリーの条件をほぼ満たしているが、世界的に販売されているとは言いがたい。
それらは、骨董品という美術品になってしまっているケースも少なくない。そうした日本の伝統のクラフトマンシップが、何とか陽の目を見ないものか。
そんな思いから生まれたのが、今回紹介する京都の西陣織メーカーである細尾の新プロジェクトである。
(※背景画像:町家作りの細尾本社の入り口⇒)
細尾は元禄年間の1688年、大寺院御用達の袈裟の織屋として創業した。爾来、帯、着物の西陣織素材メーカーとして324年の歴史を積み重ねてきた。
もちろん長引く着物不況で現在の業容は盛時に比べるべくもない。しかし、その細尾に転機が訪れている。
細尾は海外進出に意欲的で、近年パリのメゾン・ド・オブジェ、ミラノのサローネなどに出品して来たが、なかなか成果は上がらなかった。
が、その転機は2009年にやってきた。
2009年のニューヨークでのインテリア展示会ICFFの特設会場に出展した細尾の帯とクッションが、あるインテリアデザイナーのアシスタントの目に留まったのだ。
その報告を受けたインテリアデザイナーは即座にコンタクトしたいと細尾に連絡。見本織を納品することになった。
そのインテリアデザイナーとは、全世界でルイ・ヴィトン、シャネル、ディオールなどのラグジュアリー・ブランドのブティックを手掛ける斯界の第一人者ピーター・マリノ。
もちろん琳派風の蔦柄が織り込まれたその帯とクッションにOKが出たわけではない。
「言ってみれば、我々はてんぷら蕎麦のてんぷらのことばかり考えていたのです」と語るのは細尾哲史・細尾常務。
織り込む柄にいかに京都風を盛り込むかばかりを考えていたのだ。
ピーター・マリノが注目したのは織りの繊細で多彩な表現力そのものだった。
西陣織とは、シルク糸によるジャカード織である。簡単にジャカード織と言っても、創業以来324年間、細尾は西陣織で様々な技法を生み出し、現在まで伝承して来た。
細尾真生・現社長の長男で新プロジェクトを担当する細尾真孝・取締役(34歳)は「西陣織の醍醐味は本来織りの組織を設計する過程であって、その柄ではない」と話す。
マリノからの注文も柄は水の流れる水面とか溶解する金属など抽象的なものだったという。
たとえば、水面柄は糊入りの糸を織り込んだ後にスチームで糊を溶かして凹凸をつけるような凝った工程を経る。
むしろ西陣の伝統など全く知らないマリノがその素材の本質を見抜いたのはさすがという他はない。
マリノは細尾の西陣織をラグジュアリー・ブランドのブティックのインテリアに使おうと考えたのだ。
採用が決まったのはいいが、細尾が持っている織機は帯用の32㎝幅が主力で、これでは椅子用には対応できるが、ソファーや壁紙には対応できない。
150㎝幅でかつデリケートな風合いを出すために低速の織機の開発が急務になった。
この課題もクリアし、細尾の西陣織は晴れて世界中のラグジュアリー・ブランドのブティックを飾っている。
ラグジュアリー・ブランドだけではない。今年1月のパリ・メンズコレクションで、三原康裕は「MIHARAYASUHIRO」で細尾の西陣織を使ったアイテム(メンズ、ウィメンズ両方)を発表して好評を博している。
細尾が現在進めているもうひとつの新規プロジェクトは、上海を拠点にするインテリアメーカーのファニチャーラボとの取り組みだ。
元商社マンだった堀雄一朗・社長(39歳)が2008年に設立した同社のサクセスストーリーは「ガイアの夜明け」などで紹介されているが、ホテルやラグジュアリー・ブランドのインテリア事業で、すでに従業員200人を数える同社が、昨年9月から始めたオリジナルブランド「ステラワークス」で大きく取り上げているのが、細尾の西陣織だ。
両社の出会いは、両社がともに出品した2011年のミラノ・サローネ。
「ステラワークス」のクリエイティブ・ディレクターはデンマーク人のトーマス・リッケだが、細尾の西陣に寄せる関心は高く、要求もどんどん高度なものなっているという。
10月26日には京都の細尾本社にこのコラボ商品を含めたショールームがオープンした。
細尾の再生ストーリーは、まだ緒に就いたばかりだ。
しかし道半ばだとしてもそのストーリーには、今後グローバルなビジネスを目指すファッション・アパレル企業にとって貴重な教訓が隠されているような気がする。
自分たちの本当の強みとは何か冷静に考え抜いて、最良の理解者を得るまでたゆまぬ露出を持続する。
ゴールは意外に遠くないように思うのだが。
(2012.12.4「岸波通信」配信 by
葉羽&三浦彰)
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