もう20年も昔のことだったろうか。1990年に日本のバブル経済が弾けて、ファッション業界も辛酸をなめたが、某アパレルメーカーも破綻の憂き目に合って、その営業部長のA氏も失職して、奥さんの実家のパン屋に再就職した。
そのA氏から年賀状が届いた。
「早朝から夜まで休みなく働いて疲れますが充実しています。何よりも夢にまで出てうなされた大量に残った洋服の在庫に悩まされなくていいのが嬉しいです。パンは残ってもタカが知れています。毎日パン食で健康そのものです(笑)」というような内容だったと思う。
アパレルビジネスとは在庫と不断の戦いである。
そう言えば、あるイタリアの大手カジュアルブランドの日本法人社長もイタリアに戻ってパン屋を経営しているというから、アパレルとパンには密接な関係があるのかもしれない。
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WWD
JAPAN
(2012/06/18
vol. 1694)
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閑話休題。「WWD
JAPAN」今号の特集(P.8-P.13)は「ファッション企業の飲食店は美味しい?儲かるか?」である。
ファッション業界と飲食のただならぬ関係が本格的に始まったのは1980年代であろう。
日本のファッション&アパレルビジネスは、80年代のDC(デザイナー&キャラクター)ブランドブームで急拡大した。その代表格がビギグループとニコルグループだった。
いずれも、ブランドビジネスの成功とともに、飲食ビジネスにも進出を果たした。
前者による「ル・ポアソン・ルージュ」「イ・ピゼッリ」「シェリュイ」「パパス
カフェ」や後者による「ル シノワ」「バスタパスタ」といった飲食業界からも高い評価を得たレストランが誕生した。
このビギ・ニコル以外にも、ハナエモリビルにオープンした「オランジェリー・ド・パリ」、アルファキュービックの「エルトゥーラ」など本格的なレストランもオープンした。
ホテル内の店舗が主流だったレストラン業界にも、街場のビストロブームが巻き起こった時期でもあった。
これらのDCメーカー系の飲食店は、その企業の多角化というよりも、オーナーたちのある意味ではステータスシンボルという意味合いが大きかった。
中世の王侯貴族が天才シェフをお抱えにするような趣きである。
とは言っても、それでもバブル期は十分な需要があって、それらの店が十分に潤っていたことも事実だ。
しかし、バブル崩壊から20年を経て、上記の店舗のうちで、生き残っているのは「シェ
リュイ」「パパス カフェ」ぐらいだ。
さらに90年代の不景気で、レナウンが73年から経営していた「レナウン ミラノ」をJTに96年に売却するなど、不採算事業の見直しや「本業回帰、本業専念」がこの業界のトレンドになりファッション業界の飲食ビジネスは下火になった。
が、ここに来て2000年代の「カフェ・ブーム」を反映させるような形で、ファッション企業の飲食ビジネスがまた活況を呈するようになった。
もちろん、従来とは発信企業も狙いも全く異なる。
発信元は主にセレクトショップ。ライフスタイルを表現する手段として導入されている。
セレクトショップが2000年代になって、セレクトがファッションリーダーとして圧倒的な地位を確立したのは、洋服を売るのではなく、ライフスタイルをきちんと売って来たためだろう。
もちろん「結果として」、洋服は一番売れるアイテムだし、メシの種であることに変わりはないのだが、洋服を売ろうと汲汲としている百貨店やアパレルメーカーとは、そのスタンスがあまりに異なる。
セレクトショップは、「ユナイテッドアローズ」でも、「ビームス」でも、企業名・ショップ名が、その提案するライフスタイルと一体化して、ブランド化している。
「ライフスタイル」という表現が陳腐ならば、「スタイル」「ムード」「アトモスフィア」と書けばもっとわかりやすいかもしれない。
その「スタイル」「ムード」「アトモスフィア」を醸し出すのに、カフェは絶好の「アイテム」だということに、セレクトショップはいち早く気付いていたように思う。
客を来店させることが、小売業にとって最大のテーマのひとつであるならば、その起爆剤・誘因剤は、残念ながらすでに洋服のアイテムやブランドではなくなった。
洋服が売れないならハンドバッグなどの雑貨を売ろうということになったが、大魚を得たのは海外のラグジュアリー・ブランドばかりで、思恵を得た日本ブランドは数えるほどだった。
ファッション係数という指標があるが、年々ファッションに振り分けられる可処分所得の比率(当然絶対額も)はここ20年減少の一途を辿っている。
携帯電話(昨今ではスマートフォン)が本格化した2000年以降の通信費が大きな足枷になっているのが見逃せない。
加えてスターバックスを始めとしたカフェ・ブームも2000年以降の日本人のライフスタイルの変化を反映する大きなポイントになっているかもしれない。
最近のトレンドである、ロンハーマンや代官山 蔦屋書店などを見ても、その「スタイル」「ムード」「アトモスフィア」の中核イメージはカフェ(特にオープン・カフェ)だというのは異論のないところではないだろうか。
(※右背景写真「ロンハーマン千駄ヶ谷店のRHカフェ」)⇒
オープンカフェでスマートフォンをいじっている女子を明確にイメージできてそのスタイリングが目に浮かぶようでないと昨今のファッションビジネスの成功はおぼつかないようだ。
(2012.6.19「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)
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