昨年3月11日に発生した東日本大震災は死者・行方不明者2万人を超す大災害になった。その後福島で原発事故が発生し、東日本は大混乱に陥った。
春物の立ち上がりにあたっていたファッション業界にとって打撃はさらに甚大なものになった。
当時を振り返ってほとんどの業界人は「この先どうなるのか。大変な事態になる」と企業の存続さえ危いと感じていたという。
しかし結論から述べると、事態はそれほど深刻なものにはならなかった。
もちろん、一大縫製基地である東北地区の縫製工場に中には、閉鎖・廃業に追い込まれるケースもあったし、震災による盛岡店の事故を機に民事再生法を申請した中三(本社:青森市)のような百貨店がなかったわけではない。
が、たとえば4月以来11月まで全国10大都市において唯一被害を受けた仙台の百貨店(三越仙台、藤崎の2店)だけが前年売り上げを9ヵ月連続で上回っているのである。
東北地区についても、店舗調整後ではあるが、仙台地区ほどではないにしても堅調な推移になっている。
不謹慎であることは十分承知の上で述べれば「こんなに売れるのは入社以来初めて」と語る仙台の百貨店若手社員の声に代表されるように、「震災特需」に沸いているとも言える。
パパ・ママストア的な旧態の商店が被災して復活できずにそのまま閉店して、その消費が大手の百貨店やショッピングセンターに向かったというような事態はあったかも知れない。
また初期の段階では、保険金の満額の1割が無審査で支給されたことなども消費の後押しをしたという分析があった。
しかし、それだけでは依然として続くこうした異常な消費の盛り上がりを説明するのは難しい。
たとえば、仙台の百貨店では、特に換金性の強い高額品を始めとした高級ブランドの動きが良かったり、結婚件数が増えたことによる関連需要が大きな商いにつながっているなどというちょっと理解を超えた現象が見られているのである。
何か耐えに耐えた辛抱の「タガ」が震災を機に一気外れてしまったような観さえあるが
それはどうも刹那的で衝動的な消費として簡単には片付けられないものがある。
少なくとも1995年の阪神大震災の時には全く見られなかった現象であることは注意を要する。
何か消費することの本質的に持っている「喜び」というものが、エモーショナルに湧き上がっているという感じがする。
慢性的なデフレスパイラルに陥った現在の日本がハマっている底無しの不況下で、日本人の老若男女の最大の関心事は「将来の不安に対する備え」であるという。
ファッション消費の大いなる担い手である若者にとっても同様で、「100万円宝クジで当たったとしたら何に使いますか?」の問いに対しては、「貯金」の答えが圧倒的多数を占めている。日本の個人金融資産は今や1500兆円に及ぶという。
一方減り続ける衣料消費はそれに比較しては年間小売価格に換算して9兆円にも満たない水準だ。
オーバーストア、供給過剰というサプライサイドの問題が依然として解決しない状況ではあるが、それ以上にこうした「将来不安貯金病」を忘れさせ、消費に向かわせるような「後押し」が必要なのではないか。
「需災特需」を冷静に見ると、ここには確かに現在の日本の萎縮する消費を考える上での重要なヒントが隠されている。
「倹約は美徳」「消費は罪悪」というムードは、デフレスパイラルという悪循環の原動力にすらなっている観がある。
東京の百貨店も、震災直後は売り上げが半減。入店していた外資系ブランドは早々と閉店し、日本法人のトップもヨーロッパに帰ってしまうというような有り様。
さらに追い討ちを掛けるように原発事故の影響による節電で十分な照明や空調ができないままの営業を強いられ「万事休す」と言えるような窮地に陥った。
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しかし現在は前年には及ばないにしても、前年並みと言えるまでの水準まで回復した店舗が多い。ある百貨店バイヤーは「都心の一等地に店を構えているが、ある意味我々のお客様の消費の底固さというのを感じて感動さえ覚えた」と語っている。
またもう一人の百貨店バイヤーは「久方振りの危機感に直面して、死に物狂いで、やれることは何でもやった。その結果なんとか前年並みの数字を作れるところまで来た。ホッとするというより、今までは何をやって来たのかなあと反省することしきり」と話す。
9月1日付でオンワード樫山社長に43歳の若さの就任した馬場昭典氏は今年印象に残ったこととして、東日本大震災復興のチャリティイベントとして10月15日開催された読売新聞社主催のSTEP
WITH FASHION(オンワード樫山が手掛ける6ブランドによるファッションショー)と11月5日に「ヴォーグ ジャパン」によって開催されたFNO(ファッションズ・ナイト・アウト)の2つを上げている。
「前者では入場料を支払ってまでもファッションショーを見たいという若者が数多くいたのに驚いたし、後者では表参道という街がファッション誌の呼びかけであれだけ盛り上がったという事実に驚いた」と馬場氏。
「特に若者のファッション離れが言われているが決してそんなことはないことを両イベントを通して実感した。要は仕掛けているかどうかということだ。我々が主要チャネルにしている百貨店でも、エンタテインメントの発信基地として、まず人を呼び寄せなければ話にならない。そのためにはまず我々自身が『高揚感』を持つこと。そしてお客様に対してダイレクトに仕掛けていくこと、それが重要だ。ファッションには人を動かす力があると信じている」と馬場社長。
「将来不安貯金病」という巨岩は最初は押しても引いてもなかなか動かない。が、絶えざる揺り動かしでいつかはグラリと動き始める。
もちろん各企業の自助努力は必要だが、加えて大同団結し生活者を高揚させて消費に向かせる大がかりな「仕掛け」が今こそ求められている。
(2012.1.4「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)
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