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弊紙(6月18日号P.5)にも登場していたが、高校生企業家による買い物レシートを1枚10円で買ってビッグデータ解析のベースにするというアプリが注目されているという。

 高校生が注目するくらいだから、ファッション&アパレル業界でもビッグデータによる企画・流通などの効率化は着々と進行しているのではないかと思う。

山内奏人ワンファイナンシャル最高経営責任者:2001年、東京生まれ

 なにせ個人情報を扱うわけだし、最高度の機密事項だから、マスコミに公開されることはないだけのことだろう。「ビッグデータの時代到来」と威勢はいいが、私は手放しでは賛同できない。

 最近ベテランの業界人と昔話をしていたら、エスシステムというアパレル企業の話になった。1980年代末期にすい星の如く現れ「ファイナルステージ」というブランドを企画・販売して当時話題を独占した。

 余談だが、このブランドに投資していたのは、宮本雅史(まさふみ 1957~)氏で、生家は四国で電線工事を手広く営んでいた。

 宮本氏のもう一つの投資先はスクウェア社による「ファイナルファンタジー」というゲーム(1987年初登場)だった。言うまでもなくその世界で金字塔を打ち建てたゲームである。

宮本雅史氏

 その後スクウェア社はエニックス社と合併し今年3月決算では年商2500億円、当期純利益250億円の時価総額6600億円の東証1部企業としてゲームの世界で君臨している。

 「ファイナルステージ」も従来のアパレル業界の古い体質に一石を投ずるべく、「モニター制」という新手法を導入していた。

 これは一般の女性たちをモニター登録し、同社が企画した商品を試着してもらい、感想や改善点を聞き出し、その声を企画に反映させていくというものだった。

 これにより商品のヒット率が格別に上がって夢のようなプロパー消化率が実現できるというふれこみであった。

 アパレル業界ではちょっとした脅威になって、このモニター制に似たシステムを導入したメーカーもあった。

 しかし、バブル経済が崩壊して、超低成長時代がやって来て、特にアパレル市場が大低迷時代に入ったタイミングの悪さもあってか、この画期的なモニター制も、大きな成果を上げることもなく、ブランドは市場から忘れ去られてしまった。

 しかし、こうしたデータ主義、消費者の声を主眼にしたマーケティングは、多くの追随者を生んで市場の同質化を招き、市場自体の衰退を招くのは周知の通りだ。

 ゲームの「ファイナルファンタジー」は大成功したが、ファッション&アパレルの「ファイナルステージ」の方は成果を上げられなかったということになる。

ファイナルファンタジー

 出資した宮本氏が1980年代末期に、最も将来性のある2大ビジネスとしてゲームとファッションをピックアップしたのはさすがだと思う。

 前者について多言は無用だろうが、後者についてはその後30年でSPAとラグジュアリー・ブランドという2つの巨大ビジネスが生まれている。

 ただ、宮本氏が出資したエスシステム社が採用した「モニター制」は消費者には決定的な決め手にはならなかったということだ。

 思い起こせば、デザイナーのクリエイティビティを柱にして商品企画を組み立てるということが徐々に言われなくなったのが、「ファイナルステージ」が登場した1990年前後だったように思う。

 バブル崩壊と同時に、大手アパレルが採用したのは、売り上げ数字の徹底分析を基にしたQR(クイック・レスポンス)システムだった。これと同時に、生産地を中国に移転して原価率を極小化する戦略が進められた。

 いずれにしても、前述したモニター制も含めてバブル経済崩壊後に行われた変革と称されたのは効率化、最適化を求めたシステム追求であった。

 現在のビッグデータ・システムは、90年代の最大公約数的データ主義・効率最優先データ主義とはかなり異なり、さらに高度化している。

「え、私に似合うブランドって本当はこれなの?」などということがよくあるのだが、その本質は変わらない。

 こういうことが一概に悪いとは思わないが、ファッション&アパレルの世界を著しくつまらないものにしていることだけは間違いない。

 最近AGFA(Apple, Google, Facebook, Amazon)の功罪ということがよく言われるようになった。

 こうした4大企業は、インターネットによる通信革命をベースにした消費者の様々なニーズと企業のニーズのマッチングを最適化している企業であって、本来の意味での創造的な企業ではないという見方だ。

 こうしたマッチング企業がたかだか30年の間に世界の富を搾取して、巨大な格差社会を生んでいるという批判は沸々と湧き上がっている。

 ファッション&アパレルの世界でも、本当は魅力的な商品を前提として、この流通最適化のシステムがあるべきなのに、まず最適流通が前提としてあるという主客転倒が起こっているような気がする。

 とにかくファッション&アパレルの世界で見たこともない本当に魅力的な商品や才能を発掘しないと今の閉塞状況はずっと続いていくだろう。

「ファッション?私たちにはこんなに面白いゲームがありますからご心配なく」。そんな閉塞状況にはストップをかけなければならない。

                

(2018.12.8「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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