いわゆるベルカント・オペラというカテゴリーがあって、誤解を恐れずにごく簡略に言うとロッシーニ(1792~1868、生涯に作曲したオペラ39作)とドニゼッティ(1797~1848 同78作)とベルリーニ(1801~1835 同10作)の3人のオペラのことだ。
(ガエターノ・ドニゼッティ)
歌手が揃わないとなかなか上演できないからなのか、同じような作品が多いためか、世界のオペラ劇場では主流にはなれないで、イタリアオペラと言えば、ヴェルディ(1813~1901 同28作)とプッチーニ(1858~1924 同12作)の天下が続いている。
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恋仲のネモリーノとアディーナを囲む村の若者たち
(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
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開場20年を迎えた新国立劇場でもそうした傾向が続いていて、今後はもう少し増やしていただきたいものだと思っている。歌手が揃って演出が面白い上演だと、深刻なヴェルディや映画音楽みたいなプッチーニよりもベルカント・オペラのほうが、本家本流なのではないかと思うことが少なからずあるからである。
歌手が揃わないとなかなか上演できないと先に書いたが、アジリタ(早いパッセージで細かい音符を歌う)の技巧や高低ムラなく歌えることに加えて、声自体が良くないと話にならないように私は思っている。
さて、今回新国立劇場でドニゼッティのオペラ「愛の妙薬」の公演が3月14日から3月21日まで8日間で4回あったが、私は14日の初日公演を観た。このドニゼッティという作曲家、51年の生涯で78のオペラを作曲しているオペラ職人である。
悲劇では「ルチア」、喜劇ではこの「愛の妙薬」が代表作ということだろう。新国立劇場では、昨年は新制作で「ルチア」の素晴らしい公演を観ることができた。
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アディーナに横恋慕するベルコーレ軍曹
(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
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今回の「愛の妙薬」は、スペインのバスク地方を舞台にした他愛のない恋愛オペラだが、テノール、バリトン、バス、ソプラノの4人が揃わないと上演はうまくいかない。
まず、村の若者のネモリーノ役は、パバロッティにも師事したことがあるというテノールのサイミール・ピルグ。なかなかの美声で若さを前面に出して恋心を歌い上げて好感が持てた。しかもハンサムガイ。
しかし、最大の聞かせどころのアリア「人知れぬ涙」は期待外れ。いわゆるソットボーチェが上手くない。ああ、パバロッティだったらなあと思うことしきりであった。
そのネモリーノが慕うコケティッシュな村一番の美女アディーナ役はソプラノのルクレツィア・ドレイ。なかなかの美形だ。13歳でスカラ座にデビューした注目の新進とのことだが、どうしたことか高音に余裕がなくてヒステリックな叫びのようになってしまって、可哀そうなことこの上なかった。
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インチキ薬売りのドゥルカマーラは飛行機でド派手に登場
(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
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その2人に横恋慕する軍曹のベルコーレ役は大沼徹。無難にこなしていたがアジリタがあまりうまくない。結局、前回2013年にも登場していた村に薬を売りに来た商売人ドゥルカマーラ役のレナート・ジローラミがアジリタの技術も巧みで、演技も達者なので、一番の拍手を集める結果になった。さすがに年の功である。
そして、チェーザレ・リエヴィの演出が、2人の若い男女の心理のアヤを巧みに表現していたのが特筆される。ネモリーノはよく描かれるように決して愚鈍なだけの男ではないのだ。加えて、ルイジ・ペーレゴの舞台が見事である。
新国立劇場では、前回の「ホフマン物語」のフランス人フィリップ・アルローの色彩美を褒めたが、今回は一転イタリアの色彩美。黄色と緑をベースにした実になんとも美しい舞台である。
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アディーナとドゥルカマーラの劇中劇
(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)
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なおフレデリック・シャスラン指揮の東京フィルは少し景気が良すぎる嫌いはあったが、及第点の出来。
いずれにしても、この「愛の妙薬」はさわやかな後味の名作オペラである。さわやかだが、なぜか哀しい一陣の風も吹いているが。
(2018.4.20「岸波通信」配信 by
葉羽&三浦彰)
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