「windblue」 by MIDIBOX


ジャック・オッフェンバック(1819~1880)という作曲家は、残された写真を見るとちょっと容貌怪異だが、「狼目の男」と呼ばれていて、彼に長時間凝視されると寿命を縮めるという迷信、今でいうところの都市伝説が当時のパリでまことしやかに語られていたという。

 そのオッフェンバックの畢生の大作がオペラ「ホフマン物語」だ。

(ジャック・オッフェンバック)

 オペレッタの作曲として大人気だったオッフェンバックはちゃんとしたオペラを後世に残そうとしたが、その完成目前に死んでしまう。

 もしかしたら、作曲中に鏡で自分の目を長時間凝視していたためかもしれない(怖!)。

 そのオペラ「ホフマン物語」の原作は、E.T.A.ホフマン(1776~1822)の3つの怪奇小説だが、大審院判事にして小説家、劇作家、演出家、作曲家、指揮者でもあったこの才人ホフマンは、亡くなる前の1年間は脊髄カリエスで足腰が立たないという悲惨な最期を遂げている。

(E.T.A.ホフマン)

 何故、作曲家と原作者のことを長々と書いているかというと、なにかこの2人の出会いというのが、偶然には思えないからだ。

 オッフェンバックが生きたベルエポックのパリには、近代文明の訪れとともに、そういう怪奇と幻想を呼び覚ます異様な空気がまだ流れていたに違いない。

 こんなことを言うのは特に今回の観劇前の予習用に観たオリヴィエ・ピィ演出のジュネーブ劇場&スイスロマンド管弦楽団(パトリック・ダヴァン指揮)の「ホフマン物語」(2008年上演)に度肝を抜かれたためかもしれない。このDVDは必見です(注:18歳未満鑑賞不可)。

 そういう目で今回の新国立劇場のオペラ「ホフマン物語」をみると(2月28日初日公演)、怪奇と幻想の世界というよりも、フィリップ・アルロー(演出・美術・照明担当)の天才的な色彩の舞台をベースにしたチャーミングなおとぎ話と言えるだろう。

第2幕:ホフマンが恋する人形(安井陽子)と
博士の使用人のコシュニーユ(青地英幸)

(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

 ホフマン役のコルチャックとリンドルフなど悪党4役のコニエチュニーが実に素晴らしい出来だったので、もう少しそういうアダルトな味わいが出るかなと思ったのだが、やはりどちらかといえばおとぎ話。

 それはそれでいいのだが、ホフマンの親友ニクラウス&ミューズ役でこのオペラを仕切る存在のレナ・ベルキナが歌も芝居ももうひとつだった。

 ベルキナはこの新国立劇場では、ロジーナ(「セビリアの理髪師」)もケルビーノ(「フィガロの結婚」)も好印象だった(簡単に言うと美人!)だったので残念。

 このニクラウス役はオペラの成否を決めかねない難しい役だが、ベルキナは不安げな演技でウロウロ。有名な第4幕のジュリエッタとの「舟歌」の二重唱も全然酔わせてくれなかった。

 また登場と最後の場面で、白いパンツスーツの上に白い燕尾服を着てブカブカになるのも見苦しかった。2日目以降は立ち直ったかもしれない。

第3幕:ニクラウス(べルキア)、ホフマン(コルチャック)、
胸を病んだアントニア(砂川涼子)

(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

 アンドレ役など道化4役で登場した青地秀幸は、アリア(フランツ役)は良かったが、4役早変わりの面白い描き分けを期待していただけに残念。

 ホフマンの恋の相手になる3人とアントニアの母&ステラ役の日本人歌手4人はなかなか良かった。ただし、ジュリエッタ役の横山恵子の眼帯と胸の大きな黒子は意味不明。

 その第4幕の赤を基調にしたベネチアのシーンは息を飲むような色彩だった。さらに影をなくした男と鏡像をなくしたホフマンが決闘し、いつの間にか第5幕になだれ込むのだが、このあたりはちょっと幻想的で楽しめた。

 第5幕でピストル自殺したホフマン(同役のコルチャックは一昨年4月の新国立劇場初登場になった「ウェルテル」でもピストル自殺する主役のウェルテルを演じている)の亡骸を前にした合唱(「人は涙だ大きくなり愛でいっそう成長する」)はなくもがなだと思う。

 オッフェンバックの遺稿がのちに色々と発見されて、様々な版が出回っているが、そのひとつのようだ。

第4幕:ベネチアを舞台にした恋の鞘当て

(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

 リヨン歌劇場で首席指揮者を務めた大野和士氏が来期から新国立劇場オペラ部門芸術監督に就任するが、「ホフマン物語」は新制作を期待したい演目のひとつだ。

 いろいろ注文を付けたが、ホフマン役のイケメンテノールのコルチャックの美声に聞き惚れ、悪党4役のコニエチュニーのドスの効いた低音にシビれ、そしてなんと言っても舞台・演出のフィリップ・アルローに大喝采だ。

「劇場のドラクロア」といってもいいほど素晴らしい色彩だったのだ。

                

(2018.4.13「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

PAGE TOP


banner Copyright(C) Miura Akira&Habane. All Rights Reserved.