「windblue」 by MIDIBOX


(注:今回の記事は2018年1月に書かれたものです。)

1月にふさわしいオペラといえば、やはりヨハン・シュトラウスの「こうもり」ということになろう。

 毎晩パーティで遊んでいたいというのがこのオペラのテーマだろうから、正月ボケして「このままずっと正月が続かないかな」と思っている日本人にもぴったりなのである。

(※「仮面舞踏会で自分の妻だとは知らずに言い寄るアイゼンシュタイン男爵」撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)⇒

 小生は1月21日14時の回を観た。第3幕でクドイぐらい繰り返される「どうにもならない事を忘れられる人は幸福である」の歌詞がどういう背景を持っているのか、いろいろ調べてみた。

    

 このオペラの初演が行われた1874年は、大失敗に終わったウィーン万博(日本が初めて参加)とオーストリアの株式市場が大暴落した1873年の翌年だ。「どうにもならない不幸」というのは、たぶんそんなことなのではないだろうか。

 主人公のアイゼンシュタインは、仕事らしい仕事はしておらず、今でいえば投資家ということらしい。イライラして(警官を侮辱したり殴ったりしている)いるのは、株の暴落とは無関係ではないだろう。

 また今回ユダヤ人帽をかぶっているので、アイゼンシュタインはユダヤ人の投資家であることに初めて気づいた。誰かが言っていた。「シュタインやマンがつく苗字は大概ユダヤ人なんだよ」と。

 ついでに、このオペラを作曲したヨハン・シュトラウスも血の薄いハンガリー系ユダヤ人だということをウカツにも初めて知った。

刑務官と刑務所長のとぼけた会話

(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

 ヒトラー時代は、そのワルツやポルカは当然演奏禁止だったのだろうなと思ってWikipediaを見たら、ヒトラーが大のシュトラウスファンだったために遠祖について言及されることはなく、普通に演奏されていたという。いい加減なものだ。

 しかしヒトラーがワーグナーとヨハン・シュトラウスのファンとはなあ。

 ついでに受け売りだが、このオペラの舞台はウィーンではなく、ウィーン郊外の小さな街のバーデンらしい。

 さて、今の日本人も、鼻先に核ミサイルを突き付けられても、どうすることもできないのであるから、「こうもり」初演当時のウィーンに似ていないこともない。

 せめてこの喜劇でも観て、大笑いして時を忘れるしかないのではないか。

    

 私は前回(2015年2月)の舞台も観ているが、演出(ツェドニク)、指揮者(エシュヴェ)、オーケストラ(東京交響楽団)、合唱、バレエ団、主役アイゼンシュタイン(エレート)、その召使アデーレ(オローリン)、妻の愛人アルフレード(村上公太)、ファルケ博士(ザンダー)がその時とまるで同じ。

 これでは出来がそんなに大きく変わるわけはないが、前述したように新しい発見もあり、十分楽しめた。特に、エレートは当代随一のアイゼンシュタインではないだろうか。スマートで、喜劇のセンスがあって、もちろん歌がうまくて、申し分ない。

 これで新国立劇場では「ドン・ジョヴァンニ」の題名役もやってしまうのだから、ワーグナー・オペラではよく主役を歌うステファン・グールドと並んでこの劇場の「主」みたいなものである。

 予告の写真を見て、往年の美人ソプラノヤノヴィッツみたいな美人だなあと期待大だったアイゼンシュタインの妻ロザリンデ役のフレヒルは、歌唱は悪くなかったが、容色はもうピークを過ぎていてちょっと残念。昨年に続いてアデーレ役を演じたオローリンも似たような印象だった。

 退屈で死にそうなロシア貴族オルロフスキー役のアタナソフは歌に説得力がなかった。この役は難役だ。ただしアタナソフは宝塚風のすごい美人。

美人歌手が男装して演ずるオルロフスキー公爵

(撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場)

 アルフレード役の村上公太が主要な役では唯一の日本人歌手だったが、合格点以上だった。刑務所所長、ファルケ博士、弁護士、刑務官も不満はなかった。というか、「こうもり」みたいによくできたオペラは上演を失敗するのが難しい。

 ならばオペレッタに分類されることの多い「メリー・ウィドウ」(レハール)とか「チャールダーシュの女王」(カールマン)あたりまでは、このオペラパレスのレパートリーに加えてもいいのではないかと思うのだが、日本語上演を基本にしている二期会などとの兼ね合いもあるのだろう。

 ギリギリ「こうもり」が正統派オペラハウスでも上演可能な限界なのだろうなあ。私は、これでなんの不満もないけれども。

    

 終演は午後5時10分。ちょうどいい時間である。なんか無性に一杯飲みたくなって、新宿の街に繰り出すハメになる。

 そういえば、今回休憩にシャンパンをホワイエで飲んでいる人がやたら多かった。

 嫌なことは、酒でも飲んでさっさと忘れましょうよ。「こうもり」というのはそんなオペラである。それは刹那主義ではなくて、人生の知恵である。

 ああ、酒が飲めてよかった。飲み過ぎには気を付けましょう!!

                

(2018.3.17「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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