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今から25年ほど前のことである。大阪本社のファッション企業の創業者兼会長に招かれて、その会長室に通されたことがある。本社ビルではなく、そのすぐ近くにある小さなビルの最上階である。

 その部屋の左の壁にはシャガールの50号ほどの油絵が掛かっている。尋ねるまでもなく本物であろう。私がその絵をシゲシゲと眺めていると「ホンマモンですよ。絵、お好きですか?」と言って、立ち上がり右側の壁の本棚の隠しボタンを押した。

 すると、その本棚が左右に音もなく開いて、その奥にいわゆる泰西名画と呼ばれる絵が10点ほど壁に掛かった部屋が現れた。秘密の私設美術館と言っていい部屋だ。

62億円でバスキアの絵「Untitled」を落札した前沢氏

(Photo by 現代芸術振興財団)

 ルノワールとかコローとかモネといった私のような素人でも作者がわかるような絵ばかりである。ファッションでも本物志向の会長であるから、贋作や複製であるわけはなかろう。

 だとすると合わせると100億円はゆうにするのではないか。自分の金で買ったのか?会社の金で買ったのか?いずれにしても同じことと考えているのであろう。

 どうも、この秘密部屋を見せられたということは、私はかなり信用されているということだろう。意味もなく、柄にもなくちょっと緊張したのを覚えている。

「この絵をパナマに運んでもらえまへんか?」と言い出しそうな雰囲気だったのである。もちろんそんな話ではなく、齢80をとっくの昔に超えた会長は、その名画たちがどれだけ値上がりしているかを延々と話し続けた。

 もちろん専門のアドバイザーはいるのだろうが、名画の売買は本業以上に儲かるらしい。

河原温・バスキアの絵の前に立つ前沢氏

(Photo by Takashi Yoshida)

 あれから25年。時代はめぐるのか、ファッション業界の若き(といっても40歳台から60歳代前半だが)経営者たちの絵画収集が話題になっている。

 20年前と違うのは、ラファエロやゴッホなどのいわゆる泰西名画ではなく現代美術が対象であること。中には収集だけにとどまらずその振興や若き芸術家の育成を目的にしている経営者がいることだ。

 ファッション週刊紙WWDジャパン6月30日号P.27には、現代アートに魅せられた3人の経営者が登場している。

「アース ミュージック&エコロジー」で若い女子に絶大な人気を博するストライプインターナショナル(旧社名クロスカンパニー)の石川康晴・社長は岡山県人。

 岡山と言えば、古くは倉敷紡績(クラレ)の大原美術館、最近ではベネッセホールディングス(かつての福武書店)の直島(香川県にあるが岡山県からも近い)がメセナで有名だがこれに負けじと石川社長は「パトロン文化の基本は生きている作家を支援すること」と同紙で発言。

 今年10月には岡山県を舞台にした芸術祭「岡山文化交流(Okayama Art Summit)2016」を初開催し総合プロデューサーを務める。将来は「石川ミュージアム」を岡山に設立したいという。

石川康晴氏

 またユニークなファッション企業集団であるアシュ・ペー・フランスの村松孝尚・社長はニューヨーク在住だが、「デヴィッド・ホックニーの作品に20歳代に魅せられたのが現代美術にハマッタきっかけ。ビジネスでもアート感のある商品、アート感のあるライフスタイルを大切にしてきた」と同紙で語っている。

 またキャリア女性人気のスープ専門店「Soup Stock Tokyo」やリサイクルファッション専門店の「パス ザ バトン」を運営するスマイルズの遠山正道・社長は絵画の個展を開いたほどの人物だが、収集するラファエル・ローゼンタールの作品を挙げて「われわれと同じ感覚を持ちながら、方向性やこだわりが常に先に行っている作品を見ると励みになる」と同紙で話している。

 7月18日に始まる「瀬戸内国際芸術祭2016」にアート作品兼宿泊施設として参加・開業する「檸檬ホテル」が大いに注目される。

檸檬ホテル

 そしてアートブームの真打はスタートトゥデイの前澤友作・社長である。

 日本最大のファッションネットショッピングサイトのZOZOTOWNを運営する、といった方がいいだろう。いろいろと毀誉褒貶あったが、そのたびに企業が成長していまや独り勝ち状態になっている。

 今年5月10日、ニューヨークのクリスティーズ・オークションでジャン=ミッシェル・バスキア(1960年12月22日~1988年8月12日)の作品を62億円で競り落として大いに話題になった。

 バスキアの作品の売買では史上最高値だった。が、急に思い立ったわけではない。すでに前澤氏は2012年に自ら公益財団法人現代芸術振興財団を設立し、会長として現代芸術の振興を行ってきた。

 またコンセプチュアル・アートの第一人者と言われる河原温(かわはらおん、1933年1月2日~2014年7月10日)のコレクターとして世界的に知られている。

河原温作品

 もともとロックミュージシャンでメジャーデビューもしたこともある前澤氏は、変わり者の経営者が多いこの業界でも異彩を放つ存在である。

 その前澤氏が事業で成功した金で、好きな河原温やバスキアを蒐集したからといって、タレントの紗栄子との交際同様何の不思議も感じないのである。

 少なくとも河原温やバスキアで金儲けを企んでいるとは思えない。ただ好きなのである、ただ所有したいのである。

 上記の3人がファッション・ビジネスでは満たされず、自分の夢をアートに仮託して語っているのに比べ、前澤氏はもっと天真爛漫な印象だ。

    

 前澤さん、心の赴くままに生きてほしい。

 その生きざまで我々を魅了してほしい。

 前澤友作は久方ぶりにファッション界に登場したスーパースターなのである。

 (※右の背景画像:シャガール作のステンドグラス)⇒

                

(2016.9.25「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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