かなり暑くなってきた。冷房の効いたオフィスにいる時間も徐々に長くなってきた。
インターンの男の子がドサッと机の上に雑誌やら郵便物を置いていく。いつもは、ゴミ箱に直行する展示会の案内状やらパーティへの招待状である。
招待状や案内状は「インヴィ」とか「インヴィテ」とか言われているが、最近は受付がうるさくなって「招待状はございますか?」と聞いてくる。
「忘れました」
「名刺などはお持ちでしょうか?」
「先ほどのパーティで使いきってしまいました」
大抵はここで入場させてくれるが、大使館などでは「運転免許証など御身分を確認できるものはお持ちでしょうか?」と来る。
「TSUTAYAの会員証しかありませんが?」
この会員証の名前を出席者予定リスト(ちゃんと出席予定であることを事前にメールなりFAXした者のみがリストアップされている)で探すのであるが、そんな面倒なことを私がするわけはないからいくら探しても私の名前はない。そのうちに受付嬢はあきらめて入場を許可してくれるという寸法である。
こういう場面で追い返されたことは今まで2度しかない。
「残念ですが、非常に混み合っておりまして入場が難しいようです。」
「今回のパーティは非常にチェックが厳重でございまして、お客様の入場は難しいようです。」
そこで「君、責任者を呼んで下さい」とか、恐いオニイさん風に「おい、俺を誰だと思ってるんだ」とやってしまっては、業界内で長年培ってきた評判が台無しになってしまいます。
大人しく帰路に着いて、その辺の安酒場で安酒を煽ってください。
それだけ重要度を増しているインヴィだが、冷房の効いたオフィスで丁寧に開封して、じっくり見てみると、いろいろな発見がある。
ファッション業はやはりセンスが決め手である。センスのないインヴィを見せられては、その展示会やパーティに行く気になれないのだ。その中で最近面白かった2通のインヴィを紹介したい。
「sacai」の2016年春夏ものメンズウエア展示会の「インヴィ」をしげしげ見ていたら、これはコンセプチュアルアートの第一人者の河原温(1933.1.2~2014.7.10)の日付絵画のモジリだということに気が付いた。
河原温の日付絵画
いかにも阿部千登勢らしいウィットではないかと思った。余計なことだが、この人からオフィスに届けられるお中元、お歳暮がまた考え抜かれた逸品ばかりで、とにかく彼女の洋服同様センスが素晴らしいのである。
もうひとつ驚かせてくれた「インヴィ」を紹介する。「matohu(まとふ)」の表参道本店5周年記念パーティの招待状である。
裏に私の宛名が書いてある。きっと間抜けなPR会社のオネエさんかドジなアルバイトがやらかした間違いだろう。粗忽なのか、常識が無いのか。
しかし、封筒の表を見て、「ああ、この封筒の表に、印刷された絵をしっかり見せたかったんだな」とその真意に気付いた。
中の招待文を読むと、敬愛する木版画家の立原位貫(たちはらいぬき、1951~2015)が昨年急逝したが、今回はその展覧会も店内で行っていることの案内でもあった。封筒の表はその立原氏の木版画だ。
ほう、なかなか見事な「インヴィ」ではある。行ってみようかという気になる。
やはり、デザイナーというのはセンスがないと駄目な職業らしい。
(2016.9.3「岸波通信」配信 by
葉羽&三浦彰)
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