「windblue」 by MIDIBOX


コラボ流行りのご時勢である。なんかもう昔風に言えば、猫も杓子もコラボである。なにかに助けてもらわなければ立ち行かないというのだろうか。「1+1=2じゃないよ。2.2にも2.3にもなるのです」という声も聞こえてくるが、なんとなくその了見がイヤだ。

 弱者と弱者のコラボはお互いに害になる場合だってある。情けない話である。自力・独力で市場や消費に立ち向かえないものなのか。

 しかし、かく言うコラボ嫌いの私も、「え!?」という超弩級コラボが登場した。スイスの高級時計「ジャケ・ドロー」とベジャール バレエ ローザンヌ(BBR)のコラボである。これは私のような天の邪鬼も唸らせる。

 しかも、18世紀を代表する天才時計師ピエール・ジャケ・ドロー(1721~1790)と20世紀最大のバレエ振付師モーリス・ベジャール(1927~2007)を結びつけたのがあのルードヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827)というのだから、これは時空を超えた超驚級の「結合」というべきだろう。

ジャン=ルイ・シェレル

ピエール・ジャケ・ドロー

 スイスのラ・ショード・フォンに本拠を構える「ジャケ・ドロー」が、同じスイスのローザンヌに本拠をおくBBRをスポンサードするのは別に不思議でもない。

 すでに「ジャケ・ドロー」は、モーリス・ベジャールが創り出した2つのポーズを文字盤に描いた2つのモデルを発表した。それは当然だろう。

 そしてBBRはベジャールが1964年に振付したベートーヴェンの「第九」をその50年後にあたる今年、東京を皮切りに(11月8日、NHKホール)世界各地で公演するコラボ・イベントをスタートしたのだ。

    

 この「第九」」はベジャールの代表作にあげられるものだが、巨大なスケールのために1999年のパリでの公演を最後になかなか上演されていなかった。

 しかし少数精鋭主義のBBRでは、この「第九」の上演は難しく、今年創立50周年の東京バレエ団との合同上演になったもの。

 付記すれば、日本とスイスの国交樹立150周年に今年はあたるのだという。50周年、50周年、150周年とまさに屋上屋を重ねるようなモニュメンタルである。

 しかも、オーケストラは、ズービン・メータが指揮するイスラエル・フィルハーモニー。2011年の東日本大震災の時に、いち早く日本に駆けつけチャリティ・コンサートとしてベートーヴェンの「第九」を演奏したのがこのインド・ボンベイ生まれの名指揮者である。

ジャン=ルイ・シェレル

モーリス・ベジャール

 たぶん、ベジャールは、「第九」を振付けるにあたって、ニーチェの「悲劇の誕生」を参考にしたはずである。ベジャールの「第九」は、オーケストラの演奏が始まる前に、その一節が朗読される(今回の公演ではBBR芸術監督のジル・ロマンが朗読)。

 ベートーヴェンの華々しい「歓喜の歌」を一枚の絵に描いてみるがよい。想像力を存分に駆け巡らせながら、人々が感動の戦慄を覚え、地面にひれ伏すのを凝視するがよい。そうすれば、ディオニソスの陶酔に触れることができるだろう。そのとき、奴隷は自由の身となる。そして人々の間に作られてきた、堅牢で敵意溢れる障壁はすべて打ちひしがれるのだ。今や人々は、宇宙的調和の教えによって結合し、和解し、融合していると感じているばかりではない。同胞の自分自身を平等の立場で見るようにさえなってきている。まるで世俗の鎖から解き放たれるかのように......。まるで神秘の源に見えるものは、もはやちぎれた鎖の輪とでも言うかもように......。(フリードリッヒ・ニーチェ「悲劇の誕生」より)

 この最後の「~まるで世俗の鎖から、解き放たれるかのように......。まるで神秘の源に見えるものは、もはやちぎれた鎖の輪とでも言うかもように......。」の部分が80分に及ぶベジャール「第九」の大団円のイメージになったようだ。

聖なる愚か者パルジファルを誘惑しようとする花の乙女たち

 そして、たぶん「ジャケ・ドロー」の関係者もこのベジャールの「第九」を見たことがあるはずである。なぜなら、手をつないだ男女が急激な速さで円を描くこの大団円のシーンは、どう見ても時計にしか見えないからだ。

 なぜ、「ジャケ・ドロー」は、BBRとコラボし、なぜBBRはそのコラボ・イベントとして「第九」を選んだのか、そこには実に深淵な理由があったのである。

 こういうコラボになら、コラボ嫌いの私も、納得せずにはいられない。それはすでにコラボの枠を越えた「結合」と呼ぶにふさわしいものだからだ。

 実際に、もう聞き飽きた「第九」がこれほどの感動を持って迫ってきたのは久しぶりのことだった。

                

(2014.12.7「岸波通信」配信 by 葉羽&三浦彰)

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