HOT HOUSE 2
こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。
貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。
最初に一つ、貴方に質問です。
貴方が明日、どんな一日を過ごすのか想像してください・・・かなり、具体的なイメージが湧きますね。
では、一ヶ月後ならどうですか?・・・おそらく、現在の生活の延長上で予定や可能性を組み立て、何とか想像することができるでしょう。
では、100年後なら・・・?
僕が大学生の時に、(通信の読者でもあるケニア在住の)同級生の潤の影響で読んだ筒井康隆の「幻想の未来」には、“一億年後の地球”が描かれていました。
一億年後の未来では、人類は既に死に絶え、その記憶は「残留思念」として空間にとどまってガイア生命体である「大陸」や「海洋」がそれらの記憶を共有しています。
そして、半鉱物生命体バリバリなど、奇怪な生物を描きながら、人類世界のノスタルジアや愛といった記憶も鮮やかに表現しているその描写力に感動を禁じ得ませんでした。
しかし、今回の通信でご紹介するのは、さらに遠い未来・・・地球は既に自転を止めています。
今回は、たそがれの地球で生きる人類の子孫たちの話をお届けしたいと思います。
1 断末魔の地球~緑の魔界
「月」は現在も、地球の自転を遅くさせながら、毎年数センチメートルづつ地球から遠ざかっています。
一方、数億年も過ぎれば地球の自転は止まり、片側だけを太陽に向けたまま静止してしまうでしょう。
そうした世界を描いたSFの不朽の名作に、ブライアン・W・オールディスの著した1961年度ヒューゴー賞受賞作品「地球の長い午後」(原題「HOT HOUSE」)があります。
数億年後の地球・・・既に地球は自転を止め、片側は常に太陽の光に晒され、反対側は永遠の闇の世界。
太陽もまた寿命が尽きようとしており、赤色巨星へと巨大化しつつ、地表には強烈な紫外線が降り注ぎ、異形の植物たちが地上を支配する緑の魔界と化しています。
(←このあたり、「風の谷のナウシカ」に似ている?
いいえ、ナウシカの世界観に影響を与えたものこそ「地球の長い午後」なのです。)
もう少し時間がたてば、太陽は超新星爆発を起こし、惑星たちを一呑みにして吹き飛び、中心火球のみが白色矮星と化して死の星にならんとする、その直前の地球・・・。
地球の重力異常も加わり、引力のくびきから解き放たれた植物たちは巨大な姿に進化し、天空に向かってそびえ立っています。
地球の昼のサイドは、全てむせかえるような「温室」の世界。
林立する異様な植物が支配する世界の中で、人類は猿のような姿に退化し、1/5の身長になって、食人植物や巨大アリから逃れながら細々と生活する哀れな種族に。
この異様な世界の中で、植物たちは驚くべき進化と遂げ、とんでもない姿に変化しています。
かつて、動物たちがそうであったように、地上を自由に動き回り、獲物を捕らえるために、飛行する能力を持ったものまでいます。
ベンガルボダイジュは、たった一つの個体が一つの大陸を覆うまでに巨大化し、天空に伸びた巨大なツタは、静止した地球の重力空間を突き抜け、月までツルを伸ばしてこれを捉え、地球と月を網の目のように結び付けています。
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ベンガル菩提樹
←この樹木は実在しています。
もちろん月までは伸びません(笑)
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そして、さしわたし1マイルもある巨大蜘蛛のような歩行植物ツナワタリは、その架け橋を渡って地球と月の間を自由に行き来しているのです。
この断末魔の地球の信じられない光景・・・。
僕は、最初にこの話を読んだ時、めくるめくイマジネーションの奔流に呑み込まれ、茫然となったことを昨日のように思い出します。
2 夜の世界への果てしのない旅
哀れな人類の子孫たちは、放射能と紫外線に汚染された温室の世界で群れをなして生活をしていますが、大人たちは老年期の到来を悟ると歩行植物ツナワタリに乗って月へ向かう死地への帰らぬ旅へと巣立っていきます。
残された主人公のグレンと彼を慕ってついていくヤトマーは、ある事件から群れを追われ、昼の世界から夜の世界の狭間までを否応(いやおう)無しに冒険することになります。
作者の卓越したイマジネーションによって描き出される緻密な世界観。
行く先々の異様な風景がときに美しく、ときに哀愁さえ感じさせて胸を打ちます。
タンポポの種のように、種を蒔く場所を求めて空中を浮遊し、人間を乗せるほども大きな飛行果実のダンマリ。
口から根を出して土壌の栄養分を吸い取る植物鳥のツチスイドリ。
熱帯の沸騰を続ける海に生息する火を吹く植物、長い触手を伸ばして人間を捉え、その背骨と一体化して人間を繋ぎとめ、自分のために操り働かせる共生植物のボンボン。
重力の小さい月に繁茂する巨大セロリと巨大パセリの森・・・。
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実在する巨大な草
(英国のエデン・プロジェクトより)
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グレンは、冒険の途中で、他の生物に寄生してその頭脳となって生きるアミガサタケに取り付かれます。
実は、人類が知恵を得たのは、遠い昔、アミガサタケに取り付かれた原始的な猿の仲間が進化したためで、人類の凋落は、太陽の有害な紫外線がアミガサタケ(脳)を殺したことから始まっていたのです。
グレンは生き残ったアミガサタケから「知恵」を得る一方で、精神を支配しようとするアミガサタケと内面の戦いをしながら、「長い午後」の世界の様々な様相を見ることになります。
そして、ツタをたどって月へ向かった大人たちの運命をも・・・。
この作品が書かれたのが1961年。40年以上たった今も決して古びていないばかりか、筒井康隆、手塚治、宮崎駿、星野之宣をはじめ、多くの日本の作家にも大きな影響を与えました。
しかも、この作品の最後には、驚くべき形で人類の未来への希望を暗示する結末が用意されています。
果たして地球が育んだ人類の末裔たちは、母なる太陽と運命を共にしてしまうのでしょうか?
そうでないとするならば、彼らは、いったいどのような方法で、新しい命の鎖を繋いでいくのでしょうか?
・・・いつか、この不朽の名作をあなた自身でご覧になられることをお奨めします。
3 人工ツナワタリ:宇宙エレベーター
「地球の長い午後」に描かれた異様な地球生命の末裔たちの中でも、最も度肝を抜くのは地球と月を結び付けてしまう巨大植物「ツナワタリ」でしょう。
このツナワタリに発想を得て、新たな人類のテクノロジーを提案したもう一人のSFの巨人がいます。
それは「2001年宇宙の旅」を書いたアーサー・C・クラークです。
クラークが著した「楽園の泉」の主人公、地球建設公社の技術部長であるモーガンは、宇宙空間へ出て行くのにスペースシャトルのような宇宙船を使わないで、エレベーターで昇っていく方法を実現しようとしています。
その高さ、なんと10万キロメートル・・・地球と月の距離の1/4以上。
いったい、どのようにしてそんなエレベーターが建設できるのか?
その秘密はツナワタリにありました。
ツナワタリは地球と月を結びつけていますが、モーガンの構想は、地球と人口の月、つまり赤道上の静止衛星を結ぶエレベーターを建設しようというのです。
しかし、そんな高いところまで建築物を立ち上げていく強靭な構造など有りはしません。
そこで彼は、建築物を立ち上げるのではなく、静止衛星からエレベーターを引き上げるワイヤーだけを垂らすことを考えています。
ワイヤーが地上に到達すれば、後はそこにエレベーターを繋いで引き上げればいいだけです。
でも、そんな長いワイヤーをぶら下げれば、当然、その重みで全体の重心が下がり、衛星は地上に落下してしまいます。
ならば、どうするか? アニメ:自転する惑星 自転する惑星
地上5万キロメートルに静止している衛星は、地球の引力と公転の遠心力がちょうどつり合っています。
だから、地上に向けてワイヤーをたらした分だけ、逆に上空にワイヤーを繰り出せば、そのワイヤーは遠心力で上空に伸びて行き、上のワイヤーと下のワイヤーの重さがつり合って、人工衛星は静止軌道を回り続けることができるのです。
このシステムの利点は、地上から宇宙空間に様々な物資や人間などを極めて安価に送りこめること、さらに、宇宙空間側の端っこにシャトル発着場を作れば、そのシャトルは遠心力を利用し、“留め金を外す”だけで、宇宙空間に旅立つことができることです。
名付けて「宇宙エレベーター」・・・もう、シャトルを打ち上げるための膨大なエネルギーや装置は必要なくなるのです。
何故、僕がこのような荒唐無稽な話をご紹介しているのか?
それは、今年(2003年)の2月4日、NASAが宇宙エレベーターの建設計画に着手し、15年以内の完成を目指すことを発表したからです。
これまでは、延長10万キロメートルに及ぶワイヤーの強度を維持し、かつ極めて軽い材料といところがネックで、到底不可能と考えられて来ましたが、その条件をクリアする「カーボン・ナノ・チューブ」の発明によって実現の見通しがついたのです。
NASAの先端構想研究所(NIAC)は、「技術的には既に可能で、物理学的に何の問題もない」とし、エクアドルの西の赤道上に浮かぶ移動式の海上プラットフォームから静止衛星を経由し、約10万キロ上方の宇宙空間までエレベーターを建設するとしています。
推定建設費用は約100億ドル。
エレベーターで宇宙へ・・・まるで、人工の「ツナワタリ」。
いいえ、現代の「ジャックと豆の木」でしょうか・・・。
/// end of the “Episode7「地球の長い午後/後編」”
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《追伸》
これでもか、というイマジネーションのアイディアを次々にぶつけてくる「地球の長い午後」・・・現代でも全く色褪せない“奇跡の作品”だと想います。
また、『HOT HOUSE(温室)』という原題を「地球の長い午後」と翻訳した伊藤典夫氏のセンスにも脱帽です。
さらには、ツナワタリをヒントに「宇宙エレベーター」を構想したアーサー・C・クラーク、それを本当に実現しようとする米国の底力・・・人類のイマジネーションは限りがありません。
かつて日本には、「国家百年の大計」などという言葉がありました。
しかし、2080年に、直径約1キロメートルの小惑星1950DAが、0.3%の確率で地球に衝突する・・・NASAが発表したこのニュースを聞いて慌てた人は、おそらくこの日本に殆どいないでしょう。
評論家の野口悠紀雄さんが、「タイムホライゾン」ということを説明するのに取り上げた例ですが、人間は、無限に長い時間を想定して行動しているのではなく、一定期間内の最適な目標を想定して行動するのだそうです。
その行動を決める時の想定する期間の終点をタイムホライゾンといい、80年後に衝突する小惑星は、この想定を超えた時点の危機だと言うのです。
(←現在、生きている人の殆どは既に死んでいますので。)
そして、経済政策などでは、この問題が大きく顕在化します。
「こんなことをしていたら10年後の日本は大変な事になる」と考える人は稀。
政府の政策担当者は、せいぜい数ヶ月をタイムホライゾンと考えて、それまでを何とか乗り切ろうと政策を立案します。
・・・そこから生じた悲劇が現代日本の姿なのでしょうか?
宇宙開発や環境問題など地球規模の問題にも同じことが言えます。
己のみの業績や立身出世にとらわれることなく、後進を信じて「志を託す」ということなしには、決して大きな問題は解決できないでしょう。
「通信」の読者の皆さんには、「タイムホライゾン」の頚城(くびき)を超越した発想と“人類という種の未来”を考える想像力を、是非、持っていただきたいと思います。
では、また次回のanother
world.で・・・See
you again !
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宇宙エレベーター
“エンデュミオン”
(劇場版)
「とある魔術の禁書目録」より |
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