The
Twin Pluto
こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。
貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。
英国のグスターヴ・ホルストの管弦楽曲「惑星」は、七つの楽章から構成され、それぞれに惑星の名前が付けられています。
この曲は、エイドリアン・ボールトによって1918年に初演されましたが、第4楽章「ジュピター(木星)」は日本でも特に有名ですね。
さて、七つの楽章を順に見ていきますと、第一楽章が「火星、戦争をもたらす者」、以下「金星、平和をもたらす者」、「水星、翼のある使者」、「木星、快楽をもたらす者」、「土星、老いをもたらす者」、「天王星、魔術師」、「海王星、神秘主義者」となっていまして・・・あれ?
冥王星が無い・・・。
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ロイヤル・アルバート・ホール(ロンドン)
←「惑星」が初演された音楽堂。 |
実は、この当時、冥王星はまだ発見されていなかったのです。
1930年にクライド・トンボーによって冥王星が発見されると、冥王星を含まないホルストの「惑星」は“科学的に内容が古い”という中傷を浴びることになりました。
←(なんて理不尽な中傷だろう。)
しかし、何故かホルストは「冥王星」を書こうとはせず、彼の死後、英国ホルスト協会の理事コリン・マシューズによって「冥王星、再生する者」が加えられました。
ところがっ!
2006年の国際天文学連合による“惑星の再定義”の結果、冥王星は「準惑星(dwarf
planet)」に分類され、太陽系第9惑星の地位を剥奪されてしまったのです。
結局は、ホルストの原作どおりの“惑星”に戻ったわけです。
何という運命の皮肉でしょう。
ということで、今回のanother
world.は数奇な運命を辿った冥王星の話です。
1 惑星
X
1840年代に、天王星の軌道のブレの分析から海王星が発見されました。
ところが、海王星もまた、理論上の軌道と現実にブレがあることが分り、海王星も未発見の“惑星X”によって影響を受けていると推論されました。
このため、天文学者のパーシヴァル・ローウェルは、1905年以降、アリゾナに自ら設立したローウェル天文台において惑星Xを捜索するプロジェクトを開始しました。
ロ-ウェルは、火星の縦縞を“運河”ではないかと発表した人物です。
数次にわたるプロジェクトも空しく、ローウェルは存命中に冥王星を発見することができませんでしたが、1930年になって、彼の意志を継ぐ若干24歳の青年クライド・トンボーが快挙を成し遂げます。
トンボーは当時の新技術であった天文写真比較法を導入し、日時をおいて撮影した複数の写真を丹念に見比べて、位置が変化した星(=惑星)を発見したのです。
驚くべき緻密な作業! ・・・そして、凄い忍耐力です。
まるで、ローウェルの執念がトンボーに乗り移ったようです。
さらにトンボーは、冥王星の軌道を検証するために過去にさかのぼって写真を確認していきました。
すると!
何ということでしょう・・・師のローウェルの最晩年、1915年に撮影された写真に冥王星が写っていたのです。
ローウェルは、冥王星の姿を捉えたにもかかわらず、それが惑星Xだと気付かなかったわけです。
しかし、こうして発見された冥王星の質量はとても小さなものでした。
これで天王星の軌道のブレを説明するには、辻褄が合わないのです。
やがて、天文学者による検証が進むと、天王星の軌道のブレと思われたのは、実は単なる計測ミスであったことが判明しました。
トンボーは、それ以降も師の予言した惑星Xの探索を続けました。
しかし、遂に発見には至らないまま、1997年に、師の情熱に捧げた生涯を閉じました。
最後まで師に義理立てした律儀な人物です。
2 少女のひらめき
「ねえ、おじいちゃん。今度発見された惑星の名前だけど、プルート(Pluto)なんてどうかしら?」
世界中が“太陽系第9惑星発見”の報に沸き立つ中、イングランドのとある町で少女が言いました。
新たに発見された惑星に名付ける権利は、トンボーが所属するローウェル天文台のスライファー所長にありました。
しかし、誰かが言い出した名前が世論の支持を得れば、無視するわけにもいきません。
トンボーは「誰かが言い出す前にネーミングするように」と、スライファー所長を急き立てました。
事実、各方面から新天体の名称案が殺到したのです。
ニューヨーク・タイムスは“ミネルヴァ”を提案し、レポーター達は“オシリス”、“バッカス”、“アポロ”などを提案しました。
何せ、米国人が発見した初めての惑星ということで、米国内の関心は大きかったのです。
“アトラス”や“アルテミス”、“ペルセウス”なども候補に上がりました。
また、ローウェル未亡人のコンスタンスは、最初に“ゼウス”を、次に“ローウェル”を提案し、最後には「自分の名前である“コンスタンス”を挙げました。
←(あらららら・・・。)
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地球との大きさ比較 |
こうして、大人たちがアレコレ考えを巡らせている中で、冒頭の少女の話です。
彼女の名前はヴェネチア・バーニー、まだ11歳の小学生です。
天文学やギリシャ・ローマ神話に興味を持っていた彼女は、オックスフォード大学の図書館の司書であった祖父に提案したのです。
その名前が気に入った祖父は、知り合いの教授を通してこの提案を米国に伝えました。
やがて“Pluto”は多くの人の支持を得、ローウェル天文台のスライファー所長に採用されたのです。
Plutoは、ギリシャ神話の冥界の王ハーデスのこと・・・凍てつく太陽系最果ての惑星の名前としてはピッタリのネーミングです。
考えてみれば、ギリシャ神話の三大神、地上と天空を統べる長兄のゼウス(ジュピター:木星)と海洋を統べる次兄のポセイドン(ネプチューン:海王星)が存在するのですから当然かもしれません。
でも、もっと大きな理由があると思います。
それは、Plutoの最初の二文字「PL」に、功労者パーシヴァル・ローウェルの頭文字が入っているから・・・というのは考えすぎでしょうか?
3 異端の第9惑星
さて、現在では惑星の地位を追われ、準惑星とされた冥王星ですが、実は、発見当初から“惑星”らしからぬ性質を持っていることが指摘されていました。
まずはその大きさ。
直径が2,320
km たらずで、太陽系にある七つの衛星~月、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト、タイタン、トリトンよりも小さく、質量は月の1/5以下しかありません。
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冥王星より大きな衛星
←左上から右へ、月、イオ、エウロパ、
ガニメデ、カリスト、タイタン、トリトン、冥王星。 |
次に、その奇妙な公転軌道です。
太陽系の惑星は、黄道面と呼ばれる太陽の赤道を延長した平面上を、ほぼ真円で公転しています。
しかし、冥王星は、この黄道面から17度も傾いて公転しているのです。
また、公転軌道そのものも真円ではなく、大きく歪んだ楕円形になっています。
このため、冥王星は近日点(太陽に最も近づく点)では、海王星の軌道の内側に入ってしまいます。
最近では、1979年2月7日から1999年2月11日まで、こうした位置関係にありました。
←(さらに、自転の方向も太陽系の大部分の惑星と逆向きなのです。)
このように奇妙に振舞う異端の星が他の惑星と峻別されたのは、ある意味、当然かもしれません。
また、冥王星が惑星から除外されたもう一つの理由は“エッジワース・カイパーベルト”の発見です。
エッジワース・カイパーベルトとは、海王星から外側にドーナツ状に広がる小惑星帯のことで、冥王星の発見以降、冥王星より大きな準惑星エリスをはじめ、一千個以上の天体が発見されています。
そして、冥王星と類似の性質を持つ“冥王星型天体”も存在していました。
つまり、冥王星は別名“彗星の巣”と呼ばれるエッジワース・カイパーベルトの代表的な天体であったわけです。
しかし、冥王星の最もユニークな点は衛星カロンの存在でしょう。
4 双子の冥王
冥界の川の渡し守の名をとったカロンは、J.クリスティによって1978年に発見されました。
カロンの発見以前は、冥王星とカロンは一つの星だと考えられていました。
何故なら、二つの星は至近距離にありますし、像がぼやけて重なって見えていたからです。
カロンの直径は1186kmと主星である冥王星の半分以上もあり、太陽系の中では、その主星に対して最も大きな衛星です。
そして、実は・・・
冥王星とカロンは、お互いの共通重心を中心に廻り合っているのです。
惑星の周りを衛星が公転するという“常識”を超越しています。
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冥王星とカロン
←廻り合っている! |
また、この両者は19,640 kmの至近距離にあり、まるでロープ結ばれたように同じ面を向け合う同期回転をしています。
もしも冥王星の上に立つことができたとすれば、中空に静止した巨大な月が見えることでしょう。
逆に、カロンから見ても同じですね。
こうしたことから、冥王星とカロンは、主星・衛星と言うより、むしろ二重星と考える科学者たちもいます。
そう・・・冥王(Pluto)は双子だったのです。
さらに、2005年5月・・・ハッブル宇宙望遠鏡が大発見をしました。
冥王星系に、カロン以外の衛星を同時に二つ見つけたのです。
これら二つの新衛星は、それぞれ“ニクス”と“ヒドラ”と名付けられました。
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二つの新衛星
(ニクスとヒドラ)
←ハッブル望遠鏡の生画像。 |
そんな謎に満ちた冥王星系を初めて探査するために、NASAは2006年1月に人類初の冥王星・太陽系外縁天体探査機ニュー・ホライズンズを打ち上げました。
新衛星ニクスとヒドラの名称は、このニュー・ホライズンズの頭文字N・Hにちなんだものです。
やがて2015年には冥王星系に到達し、水の地下海を持つというカロンの氷火山や太陽系で二番目にコントラストが強い冥王星表面の謎を解き明かすでしょう。
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ニュー・ホライズンズ
(冥王星・太陽系外縁部探査機) |
そして、このニュー・ホライズンズには、もう一つ大切な物が積み込まれているのです。
それは・・・
冥王星発見者であるクライド・トンボーの遺灰です!
冥王星が「惑星ではない」と定義された2006年8月24日は奇しくも彼の生誕100年でした。
1997年に90歳で死去した努力の天文学者トンボーは、どのような想いで宇宙船から冥王星を眺めるのでしょうか・・・。
/// end of the “Episode28「双子の冥王」”
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《追伸》
ホルストの「惑星」の楽章は、火星、金星、水星、木星・・・と、一見、地球から近い順番になっているように見えますが、実際には、火星と金星の距離は逆になっています。
ホルストが間違ったのでしょうか?
いえいえ、この順序は“惑星の順番”ではないのです。
実はコレ、占星術による黄道12宮の守護惑星の順番になっているのです。
ホルストは、「惑星」の作曲にあたって、著述家のクリフォードから占星術の手ほどきを受け、占星術とローマ神話の研究を行ったと言われています。
「地球」が含まれていないのも、そのためなのです。
冥王プルート(ギリシャ神話のハーデス)は、ゼウスらと同格の三大神でありながら、唯一オリュンポス12神に名を連ねることはできませんでした。
惑星の座を追われたプルート(冥王星)との因縁を感じるのは僕だけでしょうか。
では、また次回のanother
world.で・・・See
you again !
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