Insect
Technology
こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。
貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。
♪黄金むしは金持ちだ 金藏建てた藏建てた♪と言えば、ごぞんじ野口雨情の詞による有名な唱歌です。
僕達の年代ならば、すぐにメロディが浮かんでくるのではないでしょうか。
でも、ここで歌われている「コガネムシ」というのは、実はゴキブリのことだってことをご存知ですか?
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コガネムシ |
野口雨情の出身地である茨城県では、チャバネゴキブリのことをコガネムシと呼び、家にたくさん棲みつくと裕福になるという言い伝えがありました。
雨情は、まさにそのことを詞に書いたのです。
雨情ばかりでなく、日本人というものは虫に対してことさら愛着を持っている民族なのかもしれません。
平安時代の“堤中納言物語”の中に「蟲愛ずる姫君」という話があります。
この姫君、たいへん気高く美しいお姫様でしたが、お化粧にはまことに無頓着。
「これで化粧をしたらどれだけ美しくなるものか」と、世の男性を嘆かせました。
そして彼女は“花鳥風月”など優雅なものには一切関心を示さず、美しく変態する毛虫が大好きだったのです。
ということで、今回のanother world.は「虫」の話、特に「虫の能力」を民生技術に応用しようとしているインセクト・テクノロジーについてご紹介します。
1 虫の惑星
昆虫は、分類されたものだけで現在85万種以上生息すると言われ、生物の約8割を占めています。
この地球が別名「虫の惑星」とも呼ばれるゆえんです。
人類は、あたかも地上の王者であるかのごとく振舞っていますが、その種類や数において、昆虫には遥かに及びません。
その昆虫の祖先が地上に出現したのは約3億7千万年前のデボン紀のことで、トビムシと呼ばれる体長3ミリほどの虫が地上のいたるところに生息していました。
トビムシが4枚の翅と6本の脚を持つ昆虫に進化したのは2億5千万年前頃で、超大陸パンゲアが形成されていた時代でした。
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超大陸パンゲア(2億5千万年前の地球) |
その後、地球上が厚さ1キロメートルの厚い氷で多い尽くされたスノーボール・アースの時代や、3度にわたる大絶滅を乗り切って現代まで生き残っているのですから、まさに凄まじい生命力です。
昆虫がこれだけ長い期間を生きながらえ繁栄を勝ち取った理由は、「体型が小さいこと」、「空中を飛べること」、「外部骨格を持つこと」など様々挙げられますが、何と言っても生命力それ自体が強靭なことです。
【驚異の生命力~クマムシ】
昆虫の直接の祖先ではありませんが、その近縁種である体長1ミリほどのクマムシは、何と5億年も前の化石から現在と同様な姿で発見されています。
(モヨウニセトゲクマムシ)
このクマムシは、マイナス260度という極低温や摂氏100度の高温にも耐え、放射線への耐性も人間の100倍以上という強靭な生命体です。
高真空状態にしばらく晒しても常圧に戻せばすぐに動き出しますし、120年前の土器に水をかけたところ、一緒に乾燥して付着していたクマムシが蘇生したと言うのですから驚きです。
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クマムシ(短時間なら真空中でも死なない!) |
【昆虫DNA宇宙飛来説】
このような強靭な生命力を持つがゆえ、昆虫は宇宙から飛来した生物ではないかとする説もあります。
生物が進化する過程の化石が見つからないことを“ミッシング・リング(失われた鎖)”といいますが、体長3ミリのトビムシと多様な大きさ・形態を持つ昆虫とを繋ぐ化石は全く発見されていないのです。
英国カーディフ大学のウィックラマシンゲ博士は、「昆虫は、トビムシの子孫が隕石によって運ばれた地球外生命のDNA と結びついて変異したものだ」と主張しています。
ハエなどの昆虫が地球上には存在しない単独の紫外線を感知できるということも、こうした説の論拠になっているようです。
この性質を利用した「紫外線殺虫灯」が市販されています。
しかし、DNAを持つバクテリアが太陽系外の遠い宇宙からやって来たとは考えにくく、移動できるのはせいぜい太陽系の内部だと思われます。
それが火星であっても金星であっても、結局、“生命誕生の謎”は未解決のままですし、もし“最初の生命”が誕生するとすれば、やはり地球の環境が一番マシではないかと僕は思うのですが。
おっと、話が大きく脱線してしまいそうです…。
夏の紫外線なら、ウチのケイコも敏感に感知しますしね(笑)
2 昆虫模倣工学の成果
話を本題に戻しまして、昆虫の持つ得意な能力を民生技術に応用する研究の成果についてご紹介しましょう。
【瞬間滅菌物質】
まず最初は、蛆虫です。
排泄物や腐敗物にたかる汚らわしいものと言うなかれ。
見方を変えれば、そうしたものを消化してくれる有用な昆虫でもあるのですから。
ところでこの蛆虫、ばい菌だらけの排泄物の中でどうして病気にならないのでしょうか?
実は、蛆虫は体に細菌が侵入しても、体内でザルコトキシンという細菌を殺す物質(抗菌ペプチド)を瞬時に生成する能力を持っているのです。
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抗菌ペプチドの構造模型
←蛆虫の写真はいらないよね? |
このザルコトキシンは、1ミリグラムの1万分の1という微量で細菌類を滅菌できるのに、人や動物の細胞に対しては全く害を及ぼしません。
そんなわけで、東京大学薬学部の名取俊二教授によって発見されたこのザルコトキシンは、消毒薬や食品添加物、治療薬に活用されようとしています。
【黄金の繭】
わが国の伝統産業として長く主要な地位を占めてきた養蚕業ですが、衣料原料であるシルクは最近別の効用で見直されています。
東京農工大の平林潔教授がシルクから開発した「シルク・プロテインパウダー」は、悪玉コレステロールを減少させ、高血圧や脳卒中、心筋梗塞に効果があることが突き止められたのです。
また、解毒作用もあり、アトピー性皮膚炎の改善、糖尿病の予防、UVカット機能、さらにはアルコールの代謝促進(二日酔い防止!)と様々な効用があるのです。
さてそのシルクですが、広い世界を見渡せば、さらに驚くべきシルクを作る蛾が存在していました。
(クリキュラが作る黄金の繭)
愛知万博でも東京農大の長島孝行助教授らによって紹介されましたが、インドネシアのジャワ島に、黄金色の繭を作るクリキュラという野蚕がいるのです。
クリキュラのシルクは、その色の豪華さばかりでなく、繊維に無数の孔が開いていることから非常に軽く、吸水性・放水性にも優れているスグレモノです。
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クリキュラの繭(これでドレスが作れる。) |
この繭で作った黄金色のドレスは、インドネシア王室による国家事業としてわが国でも販売が開始されました。
【虫で水素を製造する】
環境に負荷を与えないクリーンな次世代エネルギーとして、水素と酸素の反応で電気を生み出す燃料電池が脚光を浴びていますが、問題は水素の調達方法です。
北里大学とINAXは、何と、昆虫を利用して生ゴミから水素を発生させる画期的な技術を共同研究しています。
その昆虫とは、世間の嫌われ者…シロアリです。
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ヤマトシロアリ(下は兵隊アリ) |
シロアリの体内に寄生する嫌気性細菌は、生ゴミや家畜の糞やパルプ廃材などを分解して水素を作り出す機能を持っていたのです。
りんごの搾りカスを用いた実験では、500グラムのカスから36リットルの水素が生成されました。
1日1トンの搾りカスであれば5キロワットの電力を得ることができ、住宅5軒分の電力をゆうに賄える計算です。
ゴミを分解して、同時に燃料電池のエネルギー源である水素を作り出す…まさに夢のような技術ではありませんか。
【色ではない色~玉虫の構造色】
旗色不鮮明な言動を玉虫色といいますが、玉虫(ヤマトタマムシ)の翅は光を当てる角度によって深緑や紫に色を変化させます。
これは、玉虫の色素が変化しているのではなく、翅表面の微細な構造によって光が干渉し、色が変化したように見えるのです。
このような「色ではない色」を構造色と呼びます。
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タマムシ(色ではない色) |
新潟県の中野化学は、この玉虫の翅の構造をメッキの技術に応用することに成功し、ステンレス製品の表面を玉虫色に輝かせた製品開発で話題をまいています。
色素でありませんので色褪せがなく、溶かせば純粋なステンレスに戻るという素晴しい技術開発です。
さて…インセクト・テクノロジー(昆虫模倣工学)の成功事例はまだまだたくさんありますが、最後にご紹介するのは、昆虫の機能が宇宙技術に応用された話です。
3 瞬時に広がる太陽電池パネル~ミウラ折り
カブト虫やクワガタ、蛍、テントウムシがどうやって飛ぶのか見たことがありますか?
カブト虫は、あの二枚の堅牢な翅で羽ばたくのではなく、その裏側から瞬時に薄い翅を広げて飛び立つのです。
普段はコンパクトに収納されていて、必要な時に瞬時に広げる事ができる翅…この機能を宇宙工学に応用したたのが、元・東京大学宇宙工学研究所の三浦公亮教授です。
応用したのは、宇宙ステーションや人工衛星の太陽電池パネルでした。
太陽電池パネルは巨大過ぎて、そのままではスペースシャトルに積み込むことができません。
分解して積む事もできるのですが、そうすると宇宙での作業がたいへん難しいものになってしまいます。
そこで三浦教授は、カブト虫など鞘翅目(しょうしもく)の昆虫たちの翅のたたみ方を研究し、「ミウラ折り」という収納方法を考案しました。
この「ミウラ折り」の考案によって、太陽電池パネルを瞬時に開閉することが可能になり、既に宇宙ステーションなどに応用されています。
今回見てきたように、昆虫たちの能力には本当に驚かされます。
これからもインセクト・テクノロジーの進歩によって、ますます人間社会に“虫の能力”が応用されていくことでしょう。
そして喜ばしい事は、これらインセクト・テクノロジーの多くの技術が“日本オリジナル”であることです。
「技術立国・日本」の面目躍如ではありませんか。
もしかすると、日本人が虫の生態に興味を持って研究を進めたのは、“蟲愛ずる姫君”のように古来からの民族の特性なのかもしれません・・・。
/// end of the “Episode27「インセクト・テクノロジーの未来」”
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《追伸》
日本人と昆虫との関係は、実際、独特なものがあるようです。
秋の夜長に庭先でリーン、リーンと啼くスズムシの声、日本人なら誰しも心を癒されるのではないでしょうか。
大脳生理学の角田忠信教授が著わした「日本人の脳」によりますと、我々日本人は、こうした虫の声を言葉と同じ左脳(言語脳)で聞いているのだそうです。
ところが多くの外国人は、これを騒音などの環境音と同じ右脳(イメージ脳)で聞いているということです。
つまり、我々日本人には虫の声をメッセージとして聴く能力が備わっているということです。
同じ聴き方をするのは、ニュージーランドのマオリ族と一部のポリネシア人だけです。
日本人の虫に対する愛着というのは、こんなところに原因があるのかもしれません。
では、また次回のanother
world.で・・・See
you again !
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スズムシ |
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