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《Web版》岸波通信 another world. Episode11

この世ならぬもの/後編


(BGM:「DEEP BLUE」 by Luna Piena
【配信2003.7.6】
   (※背景画像は、「エンタープライズ号」)⇒

  The Dark Material 2

 前回の another world. では、反物質の大量生成に道が拓かれ、人類の新たなエネルギー源として「実用研究」が始められようとしているところまでをお伝えしました。

 でも、エネルギー源としてばかりではありません。反物質を活用した「対消滅エネルギー」は、新たな宇宙テクノロジーの可能性をも拓いたのです。

 こうした技術開発に成功した東大グループの研究成果に、今、最も注目しているのは、他ならぬ米国航空宇宙局(NASA)です。

NASA

NASA

 2000年の10月のこと、NASAの研究チームが「反物質駆動エンジンは数十年以内に実現できる」とする論文を『Journal of Propulsion and Power』誌に発表しました。

 そうです、反物質の生み出すスーパー・エネルギーを最も必要としていたのは、恒星間宇宙船という文字通り宇宙的スケールのプロジェクトだったのです。

 

 

1 恒星間宇宙探査

 反物質駆動エンジンと言えば、米国の人気SFドラマ「スター・トレック」に登場する宇宙船「エンタープライズ号」は、燃料に反水素を使うという設定だったことを記憶されているでしょうか?

(←エンタープライズ号の乗組員スポックさんの母星“バルカン星”は、地球から見て、常に太陽の正反対の位置を公転しているため、その姿を決して見ることができない太陽系第10番惑星という設定でしたね。)

エンタープライズ号

エンタープライズ号

(スター・トレック)

 また、スター・トレックに登場する様々なアイディアをヒントに、多くの新たなテクノロジーが開発されて来ました。

 現在も、寝ているだけで患者の生態データを観察できるシーツ~ハイブリッド・ポリマー、直径80センチ、長さ2メートルの円柱形で、30年間も燃料無補給で1万キロワットを発電できる超小型原子炉、完全埋め込み型人工心臓、フェザー銃など、間もなく完成されようとしているテクノロジーが数多くあります。

 それにもかかわらず地球上では、いったいあと何年間、旧式の“重厚長大型原子炉”の取り扱いを巡って、困難な議論を重ねて行かねばならないのでしょう?

 どこかの国では、エネルギー技術のライフサイクルを展望できず、思いのほか寿命が短かった技術に回収できないほどの投資を行ってしまった故、敢えて新技術から目を背けていると思えるのは、僕の考え過ぎでしょうか?

 他にも、スター・トレック的な超技術には、さらに驚くべきものもあります。

◆ 超音波ビームで「ねらい定めて」音を伝える新技術
http://www.hotwired.co.jp/news/news/20020225301.html
◆ 人工のブラック・ホールが間もなく
http://www.economist.com/science/displaystory.cfm?story_id=953495
◆ 英BAEシステムズ社、反重力研究を開始
http://www.astroarts.co.jp/news/2000/03/29bae/index-j.shtml
◆ テレポーテーションの実用化に向けた実験に成功
http://www.hotwired.co.jp/news/news/20011227306.html

(※確認したところ既にリンクが切れているのでURLリンクを省略します:表記のみ。)

 現在の技術でも惑星間航行は可能ですし、火星への有人飛行が計画段階にあり、「火星殖民計画」さえまじめに議論されていることは、Episode1“mission to アレス”でもお伝えしました。

 仮に、現在の化学燃料ロケットで木星まで往復航行すると、少なくとも3年はかかりますが、NASAが設計中の「核分裂エンジン」を用いれば、1年か1年半まで短縮することができます。

 では、最果ての惑星「冥王星」までならばどうでしょう?

 冥王星は、木星までの距離より10倍以上も遠くにあり、核分裂エンジンを用いても人間を乗せた往復航行は難しいと言わざるを得ません。

ニューホライズンズ号

ニューホライズンズ号

(無人・冥王星探査機)

 まして、「恒星間宇宙船」となれば、最も近い、隣のプロキシマ・ケンタウリまで、地球~冥王星間の1万倍以上も遠いのです。

 そこで登場するのが、NASAが開発しようとしている「反物質駆動エンジン」です。

 従来のロケットに使われる化学反応エンジンのエネルギー密度に対し、核融合エンジンでは数千万倍のエネルギー密度を達成できるのですが、反物質エンジンならば、何と100億倍ものエネルギー密度が達成可能なのです。

 ほんの1グラムの反物質から、スペースシャトルの外部燃料タンク23個分に相当するエネルギーが得られ、NASAが想定している“重量0.1トンの最新型深宇宙探査機(無人)を50年間加速するのに必要な「反物質」”なら、僅か1万分の1グラムで間に合うのだそうです。

 残された反物質エンジン実現のための課題は、「貯蔵技術」、「大量生成技術」、「生成コスト」など。

 しかし「貯蔵」に関しては“真空中の磁力制御”が有力視されており、今回の東大チームによる反物質大量生成技術の発見によって、このエンジンの実用化の可能性は大きく高まったと言えるでしょう。

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2 エンタープライズ号は実現するか?

 では、恒星間有人航行は実現するのでしょうか?

 直近のプロキシマ・ケンタウリ星系まで4.2光年。光の速さで4年以上・・・とにかく、宇宙は広いのです。

 また、むやみやたらに加速すればいいというものでもありません。

 太陽系の中にも多くの小惑星や宇宙塵、太陽系の外縁には「オールトの雲」というやっかいな彗星の巣が取り巻いています。

オールトの雲

オールトの雲

 こうした「宇宙の障害物」を避けつつ航行するためには、「速すぎる」スピードではコントロールが困難なのです。

 エンタープライズ号は、反物質エンジンだけでなく、空間のゆがみを用いた「ワープ航法」で、瞬時に別の空間へと移動しましたが、このような技術が現実に開発可能なのでしょうか?

 実は既に、NASAの別のチームが「先端宇宙輸送計画」という名で、“恒星間有人航行”に関する新技術開発を進めており、その代表であるマーク・ミリス博士は次のように語っています。

 Marc Millis@NASA

「我々の計画は三つの挑戦を含む。

 まず第1に、我々は推進における推進剤の必要性を完全に無くすか、または大幅に減らすことを目指す。

 今日のすべての宇宙船は、背後に質量放出を行う反作用で前方への推力を得ている。この方式は大きなペナルティを持つ。

 なぜなら、宇宙船自体の重量を加速するだけではなく、宇宙船に搭載された残存推進剤の重量を加速する必要があるからだ。

 我々は、他の方法で宇宙船の推力を得る方法を探そうとしている。

 第2に、我々は宇宙航行に必要な時間を大幅に短縮するため、究極的に可能な最大の速度を達成するための方法を見つけることを目指す。

  これは、それが理論的に可能であることがわかれば「超光速航行」の実現さえも含む。亜光速航行でさえ、人間は、銀河中を飛び回ることはできない。人間の一生は短いのだ。

  そして第3に、我々は我々が目指す推進力を作り出すのに必要な根本的に新しい方法の発見を目指す。我々にはこのためにエネルギー交換の物理の理解が必要だ。」

  そして、ミリス・チームのテーマの一つには、対消滅エネルギーを更に超える巨大エネルギーを“無限に汲み出す”という夢のような技術も含まれているのです。

  それは一体、どのようなエネルギーなのでしょうか?

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3 ゼロ・ポイント・フィールド

 「まあ、一つ示唆的な事実がある。あんまり怖くて話す気にもなれないが、さそり座新星のことは聞いているかい?」

 「いや、記憶にない」

 「新星はどこでも生まれてる。これは、そんな目だったやつではなかった。しかし爆発を起こす以前、これには惑星がいくつかあることが知られていた。」

 アーサー・C・クラークが打ち立てたSF小説の金字塔「2001年宇宙の旅」は、キューブリックの映画によって広く世界に知られるようになりましたが、先年、その完結編である「3001年終局への旅」が刊行されました。

(←例の「モノリス」の謎もやっと明かされました。)

3001年終局への旅

3001年終局への旅

(アーサー・C・クラーク)

 その中で、さそり座に起きた「超新星爆発」について、上述のような会話が交わされています。そして・・

「運良く、オートマチックの新星パトロールが、爆発の様子を最初から追いかけていた。ところが、これの始まりは星からじゃなかった。
惑星の一つが最初に爆発して、恒星に飛び火した・・」

「オー・マイ・ゴッド!」

「意味は判るね、惑星がノヴァ(超新星)化することは有り得ない。・・ある一つの“方法”を別にすればね・・」

 実を言えば、ポール・ディラックによる「陽電子」存在の予言は、ほんの副産物に過ぎなかったのです。

 その理論の核心は、“完全真空(ゼロ・ポイント・フィールド)”は、本当は何もない空間ではなく、物質の元となる虚数エネルギーを充満させた“豊饒の空間”であるという考え方でした。

(←この理論を「ディラックの海」と呼びます。記念すべきanother world.の第一作prologue「宇宙~この豊饒なる海」というタイトルは、この理論から名付けたものだということに、お気づきでしょうか?)

 “完全真空”には、観測できない虚数エネルギーがぎっしりと貯め込まれ、その限界を超えると、突如“真空”の臨界面を突き破って、「電子」と「陽電子」が『対(つい)生成』し、同時に莫大なエネルギーを放出するのだと言います。

 量子力学では、これをエネルギーの「相転移」と呼びます。

 「相転移」は、から(質量)を生じさせるものではありません。また、エネルギー保存の法則に反して、エネルギー・ゼロの状態からエネルギーを生み出すものでもありません。

 「ゼロ・ポイント・フィールド(完全真空)」の空間には、現在の技術では観測できない形でエネルギーが閉じ込められていると考えるのがいいでしょう。

 その意味では、虚数エネルギーという観念的な呼び方も便宜的なもので、「質量」や「」や「」という形態をとらないエネルギーの姿を単にそう呼んでいるに過ぎません。

 つまり、相転移エネルギーは、実在はするけれども未だ観測技術が発見されていないエネルギーの一形態なのです。

 そして、この「相転移」をコントロールし、真空からエネルギーを汲み出そうとする研究がNASAでスタートしているのです。

(←かつて世を騒がせた「白い服の集団」・・・最近あまり報道されませんが、スカラー波を信じる例の集団の中にも、相転移エネルギーを研究しているメンバーがいるそうですね。)

 アーサー・C・クラークは、「3001年終局への旅」の後書きである「典拠と謝辞」のコーナーで、次のようにコメントしています。

アーサー・C・クラーク アーサー・C・クラーク

 いわゆる「空っぽ」の空間は、実際には沸きたつエネルギーの大釜であるという、驚くべき・・そして物理学者たちの象牙の塔の外では、殆ど知られていない事実、これが「ゼロ・ポイント・フィールド」なのである。

 ゼロ・ポイント・フィールドから汲み出される相転移エネルギーは、その巨大さ故に、一つ誤れば太陽系などあっという間もなく消滅させることができる極めて危険なエネルギーだと言うことができるでしょう。

 クローン技術など、比較的分かり易い生物学的研究には世間の耳目が集まりますが、こと物理学や量子力学の話になると大衆マスコミは口を閉ざします。

 しかし、考えてみて欲しいのです。  通常物質である原子核の分裂によって、大きなエネルギーが生み出せることなど、果たしてあの第二次世界大戦の末期、世界でどれだけの「一般大衆」がその“事実”を知っていたでしょうか?

 「知らない」ということは「存在しない」こととは違うのです。

 少なくとも、物理学的真理をどこまでも追究し続けるサイエンティスト達の研究が、人類に破局をもたらす可能性もあるとするならば、その研究が説明され、しっかりとした社会のコントロールが機能するシステムくらいは必要なのではないでしょうか?

 「3001年終局への旅」は警鐘を鳴らします。

「さそり座超新星爆発は“工場事故”だと言うんだ。一番広く認められていた説は“誰かが真空エネルギーを汲んでいた”ということだ・・」

 オー・マイ・ゴッド!

 原子炉の放射線漏れどころのレベルではありません。星系そのものを吹き飛ばしてしまう「工場事故」なのですから・・・。

 さらに「終局への旅」では、このような独白が続きます。

「いったい、超新星爆発のうち、どれくらいが“工場事故”なのだろうか・・」

超新星爆発

超新星爆発

(工場事故?)

 ある意味、大変恐ろしい、そしてまた魅力的でもある「相転移エネルギー」。

 ゼロ・ポイント・フィールドのエネルギーは、先頃、実験的にも確認され、既に宇宙物理学の標準理論となっています。

 宇宙の始まり~ビッグ・バンの起源も、巨大エネルギーをため込んだ空間の特異点が「相転移」し、一瞬のうちに、この宇宙にさえ匹敵する巨大な質量を放出したものだと言われます。

 しかし、ここで一つの大きな疑問に突き当たります。

 観測できない真空のエネルギーが相転移し、膨大なエネルギーとともに通常物質と反物質が“この世”に対生成されたとしますと、“物理原則の対象性”から、通常物質と反物質は半々であったはずです。

 そうすると、同じ量だけ生成されたはずの「反物質」は一体どこに行ってしまったのでしょう?

燃えつきた反宇宙

燃えつきた反宇宙

←(読んでないけれど、こんな本も。
ただ、僕の考えは違います。)

 この地球上に降り注ぐ宇宙線は、そのほとんどが通常物質。・・・ということは、我々は、たまたま通常物質に偏ったエリアに生きているのでしょうか?

 この疑問を解くことが、宇宙の誕生や成長、そして宇宙の大構造と終末の運命を理解する大きな鍵になることでしょう。

 失われた「反物質」・・・そして今、アカデミズムでは、その謎に対するあらゆる仮説が議論されています。

 その議論の行方は、また章を改めてご紹介することにいたしましょう。

 この宇宙の片隅で誕生した我々の銀河、そしてその中で“奇跡”のように育まれた我々の“命”・・・。

 何故、この奇跡の命が我々に与えられたのか?

 全ては「神のみぞ知る」・・・。

 

/// end of theEpisode11「この世ならぬもの/後編」” ///

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《追伸》 2003.7.5

 「スター・トレック」は、この本編でも述べましたが、単なるエンターテインメントとしての役割を超越し、米国の科学技術の進歩に大いなる示唆を与え続けて来ました。

 アマチュアのスター・トレック研究家ポール・オブライエン氏は、次のように述べています。

 「スター・トレック」は米国の“神話”の仲間入りをしている。

  ギリシャ人にとってのギリシャ神話、北欧人にとっての北欧神話と同じく、米国人にとってこの物語は大変重要だ。

 さて、我々日本人は、国の未来を指し示し、そして人類の「種の未来」を拓く“神話”を、果たしてこの手にしているのでしょうか?

 

 では、また次回のanother world.で・・・See you again !

CERNにある粒子加速器の全貌

粒子加速器の断面

←中央が粒子ビーム経路。
その周囲を四極の超伝導コイルが取り囲む。
この装置で「反物質」が人工的に生成される。

 

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To be continued⇒ “Episode12 coming soon!

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