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《Web版》岸波通信 another world. Episode10

この世ならぬもの/前編


(BGM:「DEEP BLUE」 by Luna Piena
【配信2003.7.6】
   (※背景画像は、「粒子加速器」)⇒

  The Dark Material 1

 こんにちは。「ロマンサイエンスの夢先案内人」岸波です。

 貴方をまたも“the roman science of the cosmos”の世界へご案内します。

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 「ならぬものはなりませぬ。」・・・これは八重の桜ですっかり有名になった会津藩『什の掟』。

 では、「あってはならぬ、なくてはならぬ。」・・・これは?

会津藩「什の掟」

会津藩「什の掟」

 実はこれも、会津若松にある“葬儀社”のキャッチ・コピーなのです。大変、良くできたコピーですね。

 さて、今回のanother world.は“この世ならぬもの”のお話。

 この世界にあるはずのない、いや、あってはならぬものが我々の身近に潜んでいたとすれば・・・?

 

 

1 “この世ならぬもの”発見!

  夜空に煌めくあまたの銀河。そして、遥かにそれを凌ぐスケールで銀河宇宙の燭光を包み込んでいる漆黒の闇・・・。

 果たして、我々の半径130億光年の宇宙だけが、この悠久の時空間に唯一存在し得た宇宙なのでしょうか?

 そしてまた、半径130億光年の宇宙の遥か彼方には、いかなる世界も存在していないのでしょうか?

 そうした謎を解く鍵は、思わぬところにありました。

 宇宙の巨大さとは対極にある極小の世界・・・そうです、素粒子研究の成果によって宇宙の全貌が解明されつつあるのです。

スーパー・カミオカンデ

スーパー・カミオカンデ

 1932年のことでした。

 アメリカの宇宙物理学者カール・デイヴィッド・アンダーソンが、宇宙から降り注ぐ「宇宙線」を観測していて、“この世ならぬもの”を発見しました。

 それは何とプラスの電荷を持った陽電子・・・現在では「反物質」と呼ばれているものの構成要素です。

 その大発見は、当時のアカデミズムを震撼させるに十分なことであったに違いありません。

 しかし、その発見は大きなセンセーションこそ巻き起こしましたが、それは意外性によるものではありませんでした。

 何故なら、当のアンダーソンを含め、それを探していた科学者は大勢いたからです。

 そうです・・・「反物質」の存在は、既に予言されていたのです。

カール・デイヴィッド・アンダーソン

カール・デイヴィッド・アンダーソン

(陽電子の発見者)

 僕が、「反物質」というものの存在を始めて知ったのは、まだ中学校の頃だったと記憶しています。

 当時、福島市のデパート中合はまだ県庁近くの大町にあり、その隣にあった西沢書店に立ち寄って「反世界」というとても魅力的なタイトルの本を目にしたのです。

 その頃の我々「悪ガキ隊」のメンバーは、少しでも早く仲間の知らない知識を入手して自慢することに燃えていまして、「宇宙科学」に関する話はその格好の“草刈場”でした。

 そして、我々の話題のハイライトは、たいてい「膨張宇宙論」か「ブラックホール」。

 宇宙は「有限」だが果てが無く、急速に膨張しつつある。

 この宇宙には、全ての物質やエネルギー、光さえも呑み込む「ブラックホール」があり、どうやらその一つは我々の住むこの銀河系の中心部にあるらしい。

ブラックホール

ブラックホール

(イメージ)

 全てを呑み込むブラック・ホールとは逆に、「異空間」から無限のエネルギーを放出し続ける「ホワイト・ホール」というものもあるんだそうだ。

 そして、ブラック・ホールとホワイト・ホールは、別の次元を介するトンネル・・・「ワーム・ホール」(時空の虫食い穴)で繋がっており、こうしたワーム・ホールを人工的に作り出すことで、「ワープ(超宇宙空間航法)」が実現できるらしい。

 また、ブラック・ホールが周囲に作り出す「時空間の歪み」を利用することによって「タイム・トラベル」が可能になるらしい・・・と、この辺までが僕らの到達していた「常識」だったのです。

 でも“反物質”というのは、まだ誰も触れたことが無い。

 燃えましたネ! 早速、なけなしの小遣いをはたいて書籍を購入しました。

反物質

反物質

←う~む、これではなかったような・・。


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2 反物質世界

  似たような言葉で、「反重力」というのは、既にSFなどにも登場していました。

 また、UFOの推進力は「反重力エンジン」である、なんていうことも言われていました。

 でも、そうした「反重力」と「反物質」というものは全く別の概念だったのです。

(←反物質が斥力(反重力)を持つということはなく、それ自体ではやはり「正の重力」を持っています。)

 我々の知る物質は、微細な「分子」の集合体。その分子は「原子」から構成されている。

 そして、その「原子」はプラスの電気的性質を持つ「原子核」と、その周囲を廻るマイナスの電気的性質を持った「電子」から構成されている。

 その辺までは理解していました。

反物質

原子と反原子

←電気的性質が逆になる。

 プラスの電荷を持った電子(陽電子)が発見された・・・これはいったい何を意味するのでしょうか?

 「陽電子」が存在するといことは、“物理原則の対象性”から考えて、他の素粒子~すなわち「原子核」にも同じように反対の電気的性質を持ったものが存在するはずです。

 マイナスの電荷を持った「反原子核」と「陽電子」が組み合わされば、「反原子」が出来上がります。そうすると・・

 「反原子」によって構成される「反分子」、それが集まった「反物質」、反物質によって恒星された「反生物」や「反人間」も存在するかもしれません。

 さらに・・・この広い宇宙のどこかには、反物質だけで出来た「反世界」、そして「反銀河」さえ存在する!?

 手塚治虫の「W3(ワンダースリー)」には、反陽子爆弾が登場しました。

 銀河連盟よから地球の存亡を決定すべく送り込まれた3人の調査員。それが銀河パトロール第四分隊所属「ワンダースリー」でした。

  彼らの任務は地球に潜伏して、1年間地球を監視すること。もしも地球人が銀河系世界全体に危機を及ぼすような危険な生物である場合、反陽子爆弾によって地球を爆破するのがその使命でした。

 地球に降り立った三人は地球の動物に姿を変えて監視を始めますが、途中、事故にあい、一人の少年に助けられます。・・・さあ、地球は本当に滅ぼすべき星なのでしょうか?

 さて「反世界」の可能性さえ拓いたアンダーソンの大発見。

 彼はいったい、どのような「予言」に基づいて陽電子の探索を行っていたのでしょうか?

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3 対(つい)消滅エネルギー

1920年代、シュレディンガーが確立した「波動力学」は、既に確固たる地位を築いていました。

 しかし、同じ時期に発表されて物理学の標準理論になって行くアインシュタインの「相対性理論」についての考慮はなされていませんでした。

 イギリスの物理学者ポール・ディラックは、現代物理学の基礎となるこれら二つの理論を統一しようと試み、1927年に特殊相対性理論を取り入れた量子力学の運動理論を「波動方程式(ディラック方程式)」として発表しました。

 ところが・・・ディラック方程式を解いてみると、“不可解な答え”が出て来たのです。

エルヴィン・シュレディンガー

エルヴィン・シュレディンガー

 方程式からは、同時に独立した四つの正しい「解」が。

 しかし、そのうちの二つは、何と「負の値」をもつエネルギーの存在を示唆していたのです。

 現実の物理世界で存在するはずのない「虚数エネルギー」・・・。

 しかも、アインシュタインの相対論によれば、E=mc^2ですから、「負のエネルギー」が存在するということは、「虚数の質量を持つ物質」が存在するということになるのか?

 でも実際は、その解の本当の意味は、負のエネルギーや虚数の質量を持つ物質をあらわすものではなく、電気的性質が通常物質と反対になっている物質~陽電子の存在を予言するものだったのです。

 その後の研究で、ディラックの「四つの解」は、「通常物質」とその“電子スピン”が逆方向である「逆物質」、電気的性質が通常物質と反対である「反物質」、反物質の「逆物質」であることが論証されました。

電子スピン

電子スピン

 アンダーソンは、このディラック理論による陽電子の予言に基づいて宇宙線を観測し、最初に陽電子の捕獲に成功したのです。

 ディラックは、理論の正しさが証明されたことで、アンダーソンが陽電子を発見した翌年(1933年)、ノーベル物理学賞を授与されました。

 陽電子の発見は、単に、我々の住む宇宙にもう一つの物理的性質を持った世界が存在することを示唆するばかりでなく、新たな“エネルギーの可能性”も示唆しました。

 通常物質と反物質が衝突すると、瞬く間に両者は莫大なエネルギーを放出して消滅する「対(つい)消滅」現象を起こすことが分かったからです。

対消滅現象

対消滅現象

 理論上、反物質と通常物質が各1グラムあれば、自動車1台を10万年間、走らせ続けるエネルギーが得られます。

 もしもこの巨大な「対消滅エネルギー」をコントロールすることができたなら・・・人類はエネルギー問題から、ほぼ永久的に解放されることでしょう。

 でも、見つかったのは、極々少量の陽電子が宇宙線の中に存在するということだけ・・・。

 ところがっ!

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4 反物質生成プロジェクト

 昨年(2002年)の9月19日、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」オンライン版で驚くべき記事が報道されました。

 欧州合同原子核研究機構(CERN)で活動する東京大学などの国際研究グループが、「反物質」の水素原子の「大量生成」に世界で初めて成功したと言うのです。

CERN

CERN

 反物質の生成自体は、その6年前にドイツやイタリアの研究チームが成功していました。そのこと自体も「歴史的な出来事」だったのですが。

 しかし、「反物質」は通常の物質に触れると、大量のエネルギーを放出して、「対消滅」してしまいますから、その時は3週間の実験で僅か9個の「反水素」しか生成できず、生成から1億分の1秒で消滅してしまったのです。

 原子レベルの「対消滅」程度であれば、地球が消滅する、といようなことはありませんが、1億分の1秒で消滅してしまうのでは、とても実用研究などはできそうにありません。

 東京大学のグループは、「反陽子減速器」を用いて反水素原子核を極低温状態で容器内に閉じ込め、ナトリウムから生成した反電子と反応させて「反原子」を作ったのです。

 こうした工夫により、約20時間の実験で5万個以上の反水素を生成し、独伊のグループに比べて1万倍も長い時間、存在させることに成功しました。

反陽子減速器

反陽子減速器

 この地球上における「反物質生成」の成功により、いよいよ「対消滅」から得られる巨大なエネルギーの「実用研究」に道が拓かれました。

 そして、この「対消滅エネルギー」は、地球のエネルギー問題に一つの選択肢を与えたばかりでなく、宇宙テクノロジーの分野にも新たな可能性を拓いたのです。

 果たして、対消滅エネルギーがなければ実現できない宇宙テクノロジーとは何なのでしょう?

 その答えと、「対消滅」をさらに凌駕するスーパーエネルギーの話を「後編」でお伝えします。

 

/// end of theEpisode10「この世ならぬもの/前編」” ///

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《追伸》 2003.7.5

 another world.に関して、皆様に二つほどご紹介したいレスがあります。

 まずはその一つ目。

ついに来たかという感じです。
わくわくしてます。

宇宙生成の謎とは、宇宙以外に世界があるのか、どんなに長くてもいいです。

 メール・エッセイ版のこの前編では、後編で「宇宙生成の謎」にも迫ると予告していましたが、実際に後編を書いたら、あまりにも長くなりすぎてしまい、「宇宙生成」や「宇宙の終末」、そして「終末の先の未来」に関する話は、いずれ章を改めてFinal Episode「果てしなき流れの果てに」でご紹介することにしました。

 で、次がprologue前・後編「宇宙~この豊饒なる海」についてです。

 返信が遅くなりました。すごいですねえ!あっという間に素敵なHPを作ってしまうなんて、いつもながら主幹の集中力には頭が下がります。私の集中力は1時間くらいしかもたないもんですから・・・

 特に、FT好き(ハリポタではなく、サトクリフリンドグレーン)の私としては、右上の動画や、左下の宇宙のイラスト(写真?)が気に入りました。another worldも改行が多くなったせいか、読みやすくなったような気がしました。

  ただ、後編になってnextという部分を見て思いました。webで得る情報量というのは、総体としては少ないのだな、と。

 大体、webの上だと、1ページを読めば結構「読んだ」気になってしまうのです。だから、今までのメール配信では苦もなく読んでいた量が、多く感じられてしまうのではないでしょうか。

 「岸波通信」は、実は(?)硬質な、一種壮大な読み物であって、HPにはなじまないのかもしれませんね。

  そういう意味で、まだ、「書物」は不要にならないのだな、と思いました。HPは、活字と映像の丁度中間に位置する媒体なのですね。

 それでは、良い週末をお過ごし下さい。

 『HPは、活字と映像の丁度中間に位置する媒体なのですね』ということですが、Web化にあたって、単にメール・エッセイをホームページに置き換えるのではなく、Webの利点を最大限に活かして、写真での解説やズームアップ、時にはアニメーション、そして、作品の雰囲気をサポートするビジュアルな壁紙やアイテム等を導入したのです。

 でも、嬉しいですね、『「岸波通信」は、実は(?)硬質な、一種壮大な読み物』というところ。

 この言葉で、またまた貴女の感性を見直しました。今後ともよろしくお願いします。

 

 では、また次回のanother world.で・・・See you again !

CERNにある粒子加速器の全貌

CERNにある粒子加速器の全貌

 

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To be continued⇒ “Episode11 coming soon!

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