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記念樹 ~故・石井次男さんに捧ぐ~(詩:葉羽)
「昔はお母さんとよく一緒にね…」でいつも始まる父の話。
母との思い出を語るとき、
父はいつしか故郷の言葉になり、遠くに目をやる。記念樹に報告に行こう。
そして、私の結婚を一番喜んでくれるはずだったお母さん、
あなたが愛した風景をみてこよう、と父にせがんだ私。父と一緒に、ダムを見下ろせる丘に続く林道を登る。
白樺の枝を揺らして吹き抜ける風が心地よい。父が若き日の情熱を傾けたダム。
水没した小さな村は、母の生まれた場所。
その山あいにはきっと、子供の頃の母を包んでくれた
穏やかで平凡な毎日があったのだろう。母は父と一緒に村の人々を説得したのだという。
その静かな佇まいを誰よりも愛した母は、
完成を待たずにこの世を去り、
父もまた新しい事務所へと転勤が決まる。母との思い出を後にする日、
水没する村が見下ろせる小高い丘の上に
まだ四歳だった私が父と植えた桜の記念樹。「お母さんは、この村の鎮守様にあった桜の木が
とても好きだったんだよ…」
そう言った後、急に立ち上がって空を仰いだ父。
その時、父はいったい何を見ていたのだろう…。「大きくなっているかしら?」
私は父の顔を見上げる。
「あれから二十年だからね」
言葉をかみしめるように父がつぶやく。セキレイのさえずりを聞きながら歩くうち
いつしか木漏れ日がまばゆさを増してくる。
「もうすぐだよ」
私は思わず駆け出していた。「見て! お父さん…」
「どうした!」
父は、立ち尽くす私に駆け寄ってくる。母の桜は、ひとりぼっちではなかった。
そこには…
村人たちが植えたのだろう数千本の桜があった。突然の風が吹き、花びらが空一面に舞い上がる。
(※岸波通信その23「オリオンよ永遠に」 より)
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