岸波通信その56「桜伝説 Sakura Legend」

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Present by 葉羽
勿忘草」 by TAM MUSIC FACTORY
 

岸波通信その56
「桜伝説 Sakura Legend」

1 言葉の力

2 古典文学等に見る桜

3 謡曲桜川

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  Sakura Legend  【2018.4.15改稿】(当初配信:2003.4.6)

明日ありと思ふ心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは。
  ・・・親鸞

 暖かな日差し、小鳥のさえずり・・ようやく本格的に春めいてきましたね。 2003年も4月に入り、ここ福島市の桜の開花もいよいよ秒読みの段階になって来ました。

 この通信は、今を遡る少し前、一カ月ほど前の話です。

 3月の初め、海外技術研修員の皆さんもそれぞれお国に帰国されました。帰る時期が近づいてくると、皆さん、待ちわびたうれしさが表情に出ていました。

桜並木

 2月末、バリ島からの海外技術研修員アリサさんが日本料理の研修をしている福島駅の西口、ホテルグリーンパレスのとある一室でのこと。会食も盛り上がってきた頃、K公室長がふいに不思議なことをおっしゃいました。

「桜の花が咲く時は、桜の樹液がピンクに染まるから、花びらがあの美しい色になるんだ。桜の木は、一年に一度、花びらを染めるために、一生懸命エネルギーをためているんだ。」

 とても不思議なイメージ…私の隣に座っていた秘書課のK嬢も尊敬のまなざし。

「ほ、ホントですか?」という疑心暗鬼の表情をする人も。

 ということで、今回の通信は“桜”の話、そして“言葉の力”。

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1 言葉の力

 で、早速、K公室長のおっしゃった話について調査したところ、「昔、そんな話が教科書に載ってなかった?」という話が・・・。

 それをヒントに調査すると、海外で日本語教師をしている方が、ホームページでその話を紹介をしているのが見つかりました。

 実は、中学校の国語の教科書に採り上げられている俳句作家大岡信さんの「言葉の力」という文章がその出典でした。

(出典は、中学校『国語2』、光村図書出版、平成3年版です。)

詩人・俳句作家 大岡信

詩人・俳句作家 大岡信

 この日本語教師の方は、その文章を座右の銘として「言葉の大切さ」を胸に刻んでいるとのことでした。

 とても素敵な文章なので、原文のままご紹介します。

「言葉の力」  大岡 信

 人はよく美しい言葉、正しい言葉について語る。しかし、私たちが用いる言葉のどれをとってみても、単独にそれだけで美しいと決まっている言葉、正しいと決まっている言葉はない。

 ある人があるとき発した言葉がどんなに美しかったとしても、別の人がそれを用いたとき同じように美しいとは限らない。

 それは、言葉というものの本質が、口先だけのもの、語彙だけのものだはなくて、それを発している人間全体の世界をいやおうなしに背負ってしまうところにあるからである。

 人間全体が、ささやかな言葉の一つ一つに反映してしまうからである。

 京都の嵯峨に住む染織家志村ふくみさんの仕事場で話していたおり、志村さんがなんとも美しい桜色に染まった糸で織った着物を見せてくれた。

 そのピンクは淡いようでいて、しかも燃えるような強さを内に秘め、はなやかで、しかも深く落ち着いている色だった。その美しさは目と心を吸い込むように感じられた。

「この色は何から取り出したんですか」

「桜からです」と志村さんは答えた。

 素人の気安さで私はすぐに桜の花びらを煮詰めて色を取り出したものだろうと思った。実際はこれは桜の皮から取り出した色なのだった。あの黒っぽいごつごつした桜の皮からこの美しいピンクの色が取れるのだという。

 志村さんは続いてこう教えてくれた。

 この桜色は一年中どの季節でもとれるわけではない。桜の花が咲く直前のころ、山の桜の皮をもらってきて染めると、こんな上気したような、えもいわれぬ色が取り出せるのだ、と。

 私はその話を聞いて、体が一瞬ゆらぐような不思議な感じにおそわれた。

 春先、間もなく花となって咲き出でようとしている桜の木が、花びらだけでなく、木全体で懸命になって最上のピンクの色になろうとしている姿が、私の脳裡にゆらめいたからである。

 花びらのピンクは幹のピンクであり、樹皮のピンクであり、樹液のピンクであった。

 桜は全身で春のピンクに色づいていて、花びらはいわばそれらのピンクが、ほんの先端だけ姿を出したものにすぎなかった。

 考えてみればこれはまさにそのとおりで、木全体の一刻も休むことのない活動の精髄が、春という時節に桜の花びらという一つの現象になるにすぎないのだった。

 しかしわれわれの限られた視野の中では、桜の花びらに現れ出たピンクしか見えない。たまたま志村さんのような人がそれを樹木全身の色として見せてくれると、はっと驚く。

 このように見てくれば、これは言葉の世界での出来事と同じことではないかという気がする。

 言葉の一語一語は桜の花びら一枚一枚だといっていい。一見したところぜんぜん別の色をしているが、しかし、本当は全身でその花びらの色を生み出している大きな幹、それを、その一語一語の花びらが背後に背負っているのである。

 そういうことを念頭におきながら、言葉というものを考える必要があるのではなかろうか。そういう態度をもって言葉の中で生きていこうとするとき、一語一語のささやかな言葉の、ささやかさそのものの大きな意味が実感されてくる
のではなかろうか。

 美しい言葉、正しい言葉というものも、そのときはじめて私たちの身近なものになるだろう。

 どうでした? 全身の色が花びらに現れる。私たちの言葉もそうありたい・・・K公室長の提供してくださった美しい話の奥に、更にもう一つの宝物を見つけた気分です。

 じゃあ、嘘かまことか百聞は一見、おまけに樹液の写真もお見せしましょう!

色づく桜の樹液

色づく桜の樹液


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2 古典文学等に見る桜

 日本にいらした外国の方は、皆さん、日本のイメージと桜を結びつけているようです。

 ということで、これほど日本文化と切っても切れない関係となっている桜を古典の和歌や文学などから「順不同」で集めてみました。まずは、あの有名な歌から・・。

【日本の古典文学等に見る桜】

世の中にたえてさくらのなかりせば 春の心はのどけからまし

   「古今和歌集」在原業平朝臣

 あまりにも有名な歌です。でもちょっとキザですね。

匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ

   「風雅和歌集」慶政上人

 どちらかというと、こちらの「もののあわれ」の方に共感します。

とし月をこゝろにかけてよし野山 はなのさかりをけふみつるかな

   太閤秀吉

 なんと言うことのない歌ですが、豊臣秀吉の作ということなので取り上げてみました。ま、秀吉はこの程度でしょうか・・・

花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは。雨に向ひて月をこひ、たれこめて春の行方も知らぬも、なほあはれに情深し。咲きぬべきほどのこずゑ、散りしをれたる庭などこそ、みどころおほけれ。

   「徒然草」兼行法師

 咲きぬべきほどのこずゑ、散りしをれたる庭・・・日本では、移ろい行く様々な姿に美を見い出して来たのですね。

清水(きよみず)へ祇園をよぎる桜月夜 今宵逢ふ人みなうつくしき

   「みだれ髪」与謝野晶子

 うきうきする恋心・・・確かに伝わってきます。

絵にかきおとりするもの

   「枕草子」清少納言

 絵にも書けない美しさ、ということでしょうか?

桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。

   「桜の樹の下には」梶井基次郎

 この絢爛たるイメージ!桜を描写した表現の歴代ナンバーワンでしょう。

散る花もまた來む春は見もやせむやがてわかれし人ぞこひしき

   「更科日記」菅原孝標女(たかすえのむすめ)

 更級日記には、桜を詠んだ歌がたくさんあります。これは亡くなった乳母を思い出しながら詠んだ歌です。


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3  謡曲桜川

色づく桜の樹液

 思ひ渡りし桜川の 波かけて常陸帯の
 かごとばかりに散る花を
 かごとばかりに散る花を・・・

 徒になさじと水を堰き 雪を湛えて浮波の
 花の柵かけまくも 忝しやこれとても

 木花開耶姫の御神木の花なれば
 風も避ぎて吹き水も影を濁すなと

 袂を浸し裳裾も萎らかして
 花によるべの 水せき留めて桜川になそうよ・・

    【謡曲「桜川」世阿弥元清】

 この謡曲「桜川」は、室町時代の将軍足利義教の頃、関東管領足利持氏が世阿弥元清に作らせたものと言われています。

 桜川は、茨城県岩瀬町の磯部桜川公園の一帯をかつて流れていた川の名称で、この地は古来から、「磯辺の百年桜」として西の「吉野」に次いで名高い桜の名勝地でした。

 日向の国(現在の宮城県)に住む母のもとに、ある日人買いの男が尋ねて来て、お金と手紙を置いていきます。

 そのお金は、貧困に苦しむ母を救うために、娘の桜子が自ら「身売り」をした代金だと知って、悲しみの余り故郷をさまよい出る母・・・。

 桜川にさしかかると、水面に散る花びらに娘桜子を重ねて狂気となり、花びらをすくいながら舞い踊る狂乱の舞が圧巻の見せ場となる悲しくも美しい物語です。

 現在は、桜川公園にあったシロヤマザクラなど学術的に貴重な桜の木は殆ど枯死し、桜川自体も河川改修工事によって往時の姿は失われ、磯部稲村神社の馬場跡にかすかに面影をとどめるのみとなっています。

 このように、一つの自然と一つの物語があっけなく失われていく・・・。この地の桜伝説は、謡曲桜川の悲劇と文明の悲劇が二重写しになって、我々に何かを訴えているような気がします・・・。

 さくら さくら はな吹雪

 燃えて燃やした肌より白い花

 浴びてわたしは夜桜お七

 さくら さくら 弥生の空に

 さくら さくら はな吹雪・・・  

    【坂本冬実:艶歌「夜桜お七」】

 舞い散る桜、夢一夜…。

 

/// end of the “その56「桜伝説 Sakura Legend」” ///

 

《追伸》

 来日日程の関係で、日本の桜を見ることができなかった海外技術研修員の皆さんですが、フェアウェル・パーティの時に、三浦さんの御厚意でスカルティさんへ桜の切花が贈呈されました。

 アリサさんには、ホテルグリーンパレスからおいしい桜茶のプレゼントがありました。皆さん、よかったですね。

 最後に、読者の皆さんには、桜をテーマにした「春暁(しゅんぎょう)」という名カクテルのレシピをご紹介します。

 これは、名バーテンダー上田和男さんがホームページで紹介しているオリジナルカクテルです。抹茶に桜の花びらが浮いているように見えるいかにも日本的なカクテルです。

 

 では、また次の通信で・・・See you again !

カクテル【春暁】

カクテル【春暁】

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To be continued⇒“59”coming soon!

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